第30話 兵隊

 酒で満たされた硝子の洋杯がカタリと音を立て、目の前に差し出される。冷えた躰を暖める様に、俺はそれを飲み干し、彼は口を切った――始めは質問だった。


「先ずは質問をさせろ。お前は何だ? その話が本当だとしたら、大事に関わる職種は自然と限られる……差し詰め聯邦捜査局FBIか、国際刑事警察機構インターポール。若しくは仕事を依頼された“何でも屋“といったところか……」


「――特捜だ。」


俺がそう食い気味に答えると、彼の表情は嫌悪感を示し、少しばかり強張った。


「ハッ――“特捜“か。警察と共に虐殺を繰り返す野蛮人か……にしても特捜の小僧が、何故この様な大事に関わっている?」


「先程話した通りだ。技術者の謀策を探り、凶悪犯指定された特捜殺しの処刑を請け負い、モーテルへ。そこで済めば良かったんだが、不審な点が多くてな。調べていく内に、それが大事だと気付いた訳だ。」


「“大事“だけで済む話じゃないな。最早、神話にすら近い――だが、俺もこんな生活を死ぬ迄続けたいとは思っていない。


こんな脚でも生きるのには必要だ。


俺に出来る事は少ないが、それでも良ければ協力しよう……出会って一時間半程だが、他に信頼する奴も居ない。」


「有難う。では早速……エグカ・ジンスと連絡が取れなくなったのは?」


俺はそう話ながら、携帯端末のメモ機能を開き、彼の話の要所を走り書きした。


「“サクラ“が分断されてから、彼とは2ヶ月に一度程度しか連絡を取り合っていなかった。これでも仲間よりは多いんだ。そして丁度一年半前……話があると言われ、彼と一緒に飲む事になった。


その時、『新しい仕事に就く。外国での仕事だから連絡は取れなくなるだろう』と話されたんだ。以降、連絡は取っていない。」


「就職先については何か聞いたか?」


「勿論、聞いたさ。“Great Curyros Ascent“ ――GCA民間軍事警備会社PMSCだ。」


「あの軍警察擬きか……厄介だな。」


GCA民間軍事警備会社――近年の宇宙産業に伴う技術革命に伴い、先端技術を用いた軍事会社として国外展開した、大企業の一。“軍事会社“と謂うが、実際には軍警察にも近い事をしており、警察と同じくらい見かける頻度の高い組織だ。


組織アルカンジェリ“は政治家や企業とも繋がっていた。GCAと繋がっていても不思議じゃない。


組織の技術的特異点である『義体化技術』には、確かに目を見張るものが在る。特に、軍事組織には魅力的に映るだろう。


然し、問題はそこじゃない。


例の技術的特異点シンギュラリティには、俺の父達が取ってきた“ルーツ“の他に、開発する為の技術力と人員・施設……そして何より“資金“が必要になる。


加えて一年半前にエグカ・ジンスが蒸発し、今になって例の“怪しい技術者“が現れた。技術者が政治家達とコンタクトを取っていたのも、資金集め故の所業だったのだろう。


だが、その資金集めにもある程度の実績が必要だ。恐らく、その“実績“が試作機プロトタイプ達なのだろう。となれば、エグカ・ジンス以外にも“素材“は居た筈だ。


それを踏まえた上での見立てでは、GCAは初期の段階で“組織“と繋がり、互いに様々な協力をしていたのだと思われた。


 またもや突拍子のない……されど、現実味を帯びた予想――悪相あくそうで、俺の喉は渇きを幻覚した。


咄嗟にコーヒーテーブルに置かれた酒瓶を取り、その軽さで虚を感じ取る。ケイはそれを見ながら、口を挟んだ。


「悪いが、酒はそれで最後だ。知っていると思うが、隠居中でな。昔稼いだ金と、仲間から残された僅かな遺産で生活している。だから酒も来客用にしかない。尤も、今ではストックも無いがな。」


「いや、気にしないでくれ……それ以外に情報はないか? “サクラ“の分断についてや、“Urb“の背後にあった影については?」


「“サクラ“の分断に組織が関与しているか、については無いと思う。アレは“Urb“との抗争で、後遺症を負ったリーダーが亡くなった際に起きた亀裂が原因だ。


“Urb“に後盾が居たのは事実だが、富裕層相手に人脈や独自の技術を使って仕事をしていた奴等だ。組織かどうかは俺達にはわかりっこない。」


「なるほど……それで終わりか?」


俺が徐にそう問うと、彼は口を湿らせる程度に少量の酒を飲み、落ち着いた様子で答えた。


「ああ。これが、俺が知る全てだ。」


彼がそう言い終える前に、俺はメモ機能を閉じ、言い終えたとほぼ同時に立ち上がった。


「助かった。有難う……」


「もう行くのか?」


「あぁ。用は済んだ……何故だ?」


「――いや、何でもない。仇を討ってくれ。」


「……断言は出来ないが、尽力しよう。」


伸びきった髪から垣間見える彼の瞳は、言いかけた言葉を口以上に物語っていた。


『一緒に。』


そう言いかけていたのだろう。彼は英雄だ。然し、英雄もまた兵士だ――兵士は戦いの中の絆を求めるものだ。


だが、彼自身も気付いていたのだ。その躰で、その歳では足手纏いになると。事実、俺も彼を引き入れる気は毛頭なかった。


何故なら既に、GCAに対する作戦計画が既に頭の中にめぐっていたからだ。だから――


『“彼はそれに付いてこられない“』


 彼は生き甲斐を非日常にしか見出せないと考えている。だが、それは間違いだ。俺の様に生き甲斐や生き方を間違え、“全て“が捻じ曲がってしまったのだ。


俺は、彼がその“成れの果て“に見えてしまっていた。


家を出る際、俺は去り際にその意思を伝えた。


「ケイ。この際だから、現役の殺し屋から助言をしてやる。アンタは仕事をした方がいい。」


「殺しか? 悪いが俺は……」


「いや、違う。真っ当な仕事だよ。そうだな……地区管理局とかがいいんじゃないか? 仕事としては中間管理的な役割だが、ここら辺に詳しいアンタの知識を活かせる場所だろう。」


「……考えておこう。」


彼はそう苦笑しながら扉を閉めた。


 外では霧が少し薄れ、街も若干色付いていた。雲の隙間から差し込む陽は、木漏れ日と謂う程美しくもないが、幾分かはマシになったという印象を受ける。そうして俺は、早歩きで元来た道を戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る