第24話 対極 前編

 時を同じくして、まだ日も上がっていない夜中――ゲライン、ハシギル、ズミアダの三人組とは逆方向へと向かい、街灯の光を辿る様にして歩く男達の影が在った。


 ゲライン――お前が何を考えているのかは分からない。だが、俺は思うんだ。


『お前は何かに気付いていたんじゃないか?』


その考えはあの時、あの屋上で浮かび。今、僅かに信憑性を帯びてきた。


“奴等の計画“とはまた違う……別の何かに気付いた上で、敢えて俺達に情報を開示し、情報過多て混乱状態を引き起こしたんだ。


話は信じ難いものだったが、何故あの場面でそれを公にし、意図して分断を図ったのか……俺だって馬鹿じゃない。


この状況で『逃げてもいい』と言われても、結果的には分断されるだけだ。明白さ。


それに、監視・尾行なしで安全に平生に帰れる確率と、奴等に打ち勝つ確率は同じ位だ。


『まったく……とんだ野朗を相棒にしちまったぜ。』


 俺はの煙草“サンファン“の甘い香りで頭を落ち着かせながら、ヨハンと共に数ブロック先に在る地下鉄の駅へ向かっていた。道中、ヨハンは思い詰めた様子で、不意に問い掛けてきた。


「これからどうするんです? たった二人じゃ襲撃者が来た時危険だ……君は何か考えがあるのですか? いや、? でなきゃ君はこんな、あからさまに孤立なんてしない筈です。」


「いいや、ヨハン。俺はそんなタチじゃない。俺は慎重さ――考えが在るのはアッチに居る奴だ。恐らくその内、連絡コンタクトを取る筈だ――」


時折、喉を鳴らしながら『分断には理由が』と、思索している内に俺は一つの可能性を見つけた。


『あの場所で彼は街を見ていた……いや、か?? 道を見て何を……それを気付くには……』


「――まさか、『尾行』か?」


俺がぼんやりと、されど延々に眺めていた街と、その中の通りから一瞬で尾行に気付いたというのか?


有り得ない――と言いたいところだが、彼だってプロだ。追跡も潜伏も俺より長けている。それは人脈が広いデル署長にも認められる程だ。彼なら会話の最中、辺りを警戒し、追跡者を見つけ出しても不自然ではない。


 そう解釈した時、懐に仕舞っていた古い通信機器が振動した――ゲラインだ。


中を見ると、ロシア語で『ディタッチメントへ行く。人混みを避けろ。』という文章の後に、初めて見る座標が載せられていた。


車が無いのを判っている彼奴の事だ。座標には恐らく移動手段である車か、若しくは何か別の補助が在るのだろう。


「誰からです?」


その様子を見ていたヨハンが問い掛けてくる。


「――“彼奴あいつ“だよ。思った以上に早く連絡コンタクトしてきたな……この座標に向かうぞ。その後はキンク・シティの警察署へ行く。」


「えっ、そこって……」


「あぁ、俺達が関与したこの怪事の頭角だ。


俺だって信じたくないが、護送車両及び車列をあそこまで手際良く襲撃するには、やはり護送ルートの把握が必要不可欠だ。


だから一度署に戻り、警察と組織が関与しているかどうかを調べる。情報の出処でどころを知られたなら、奴等へ一歩近付けるだろうからな。」


そう話しながらも俺は周囲に気を配っていた――尾行は恐らく、車で移動した彼奴等ではなく。俺達の方をけているだろう。


尾行が何人かは不明だが、ゲラインの話では組織の刺客はどれも少数だった……今回も少数である可能性が高い。それに多数ならば、俺達が彼処に居るうちに奇襲を仕掛けていた筈だ。


だが、そのむねを今伝える訳にはいかない。追跡者が話に出ていた“試作義体兵“というものなら、音声拡張装置で俺達の会話を盗聴している可能性も高い。


だが、小さな音までは拾えない筈だ。小さな音を拾おうとしたなら、機能を最大にしなければならない。そんな事をしたら、車が近くを通っただけで鼓膜が破れちまう――もっとも“人間ならば“の話だが。


確かめる方法としては、威嚇射撃――幸い今は真夜中だ。街灯を撃てば視界からも逃れられるかもしれない。だが、実行するのには些か危険すぎる。ただの憶測にそこまでのリスクは犯せない。


 安全策としては座標に近付き、且つ入り組んだ地形に誘い込んでから一気に距離をとり逃走。しくは追跡者の確保……確保出来れば多少の情報は得られるだろうが、二人では危険だ。


追跡者が一人だという確証もない。捕らえられても何処かにもう一人が隠れているか、其奴は囮で、発信器を埋め込まれている可能性だって在る。


それどころか、ゲラインの言っていた例の“超技術“を用いた“人ならざる者“だという可能性すらあった。


こういう時は“逃げるが勝ち“だ。謂わば戦略的撤退。若しくは『引き際を弁えろ!』ってやつか。


 「ハシギル。念の為、銃の安全装置セーフティーは外しておけ。」


俺はそっとコート下に在るショルダーホルスターから、相棒で小型拳銃のRS-9を取り出し、安全装置を外し、コートのポケットにその手を入れた。その最中、ヨハンは少し小馬鹿にした様子で忠告に返事をした。


「既に外していますよ。貴方に電話で。それも要件すら言われずに呼ばれた時からずっと、外したままで居ました。だからコートに手を入れていたのです……初対面で“銃の腕前だけ“と言われた時の事は、今でも覚えていますからね?」


「……変な事は思い出さなくていいぞ。」


ヨハンの銃の腕前は確かだ。射撃に関しては警察署内でもトップ。恐らくゲラインと同等かそれ以上だろう。彼の繊細な性格は、その正確無比な射撃にも顕れているという訳だ。


 俺が銃を出せと言った時から、ヨハンは遮蔽物の近くを通り。何処から通っているかも分からない射線を、されど意識した立ち回りをしていた――と言っても、隠れながら移動する訳ではなく。


射線を揺らす様にしてフラフラと、だが直ぐに物陰に隠れられる様に動くというものだった。意外にも彼は切れ者なんだ。

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