第23話 Katharsis

 霧も薫らず、雨が降ってもいない夜中――冷たく乾いた風が、階段から扉の隙間へと流れ落ち、溢れ出している。


俺は先程、仲間に訣別の意思を示す最後の機会を与えた。


憶測の範疇を出ない暗い未来――宇宙開発と技術進歩の速度も相まって、“冷戦時代の趨勢すうせい“にも似ている未来が、この怪事を介し、現実的な悪夢として思考に食い込む。


だから俺は、核心に佇む俺自身と訣別する機会を設けたのだ――時間は無い。淘汰次第で全てが変わる。


 ハシギルが行かなければ、翌日のセーフハウスを再検討しなければならない――だが、エドの遺したセーフハウスも安全だとは言えなくなっている。行動は更に慎重になるだろう。


ヨハンが行かなければ、敵に怪しまれている者が表へ出る機会が増え、危険度が増す。それにヨハンには仕事を頼みたかった――組織側の人間が警察に圧力をかけているのは、例の人型爬虫類ヒューマノイドとの戦闘で分かっている。警察のデータベースから何か情報が手に入るかもしれない。


ズミアダが行かなければ、ドローンによる上空からの偵察が無くなり、行動に制限がかかる。それに、今手にしている情報の解析は請け負ってくれたが、今後何かしら情報を手にした時、ズミアダの様な技術者が近くに居なければタイムロスになる。


プシエアが行かなければ、俺が最も信頼した人物――アシストや現場の工作に長けた親友が居なくなる事になる。彼には長年、警察組織の歯車として機能していた実績と勘がある。いざという時に、背中を預けられるのは彼しかいない。


だが関与を疑われた時点で終わりだ。上手くいっても、公に追われ身にならないだけで、尾行や監視は絶えないだろう。


俺は既にその段階だ――試作義体兵を二体斃たおし、計画を知るエドウィンとも再会した。然し他四人は、まだ間に合う――その余地は、遅すぎる実感の最中に生まれていた。


 初めに口を開いたのはプシエア。続いてヨハンが動揺を示しながら答えた。ハシギルは尚も淡々として答え、ズミアダもまた、酷くあっさりとした答えだった。


それら全てに“意外“と“蓋然がいぜん“が混じっていた。だが、どうしようと個人の勝手だ。俺達は子供でも、組織に帰属している訳でもない。今ではもう“無法者アウトロー“だ。


 暫し話し合った後。俺とハシギル、ズミアダは、プシエアとヨハンの二人に別れを告げた。


それから、まだ近くに居るであろう車を貸してくれたズミアダの知り合いに、連絡を取り、新たな車を借りた。今度は4ドアのセダンだ。そして、旧水力発電所に置いていた荷物を運び込み、俺達はその場を後にした。


ハシギルが運転席に着き、ズミアダが助手席。俺は相変わらず、荷物の隣だった。


二人には防弾ベストとハーネスを渡し、そのホルダーに無線装置と弾倉武器を入れる様に促した。そして、小銃を荷物の中から取り出し、車内に隠して、その位置を再確認させた――人数が少なくなった分、火器もある程度強力でなくてはならなかった。


確認を終えるとズミアダが、少し心配した様に問い掛けてきた。それに連れてハシギルもまた、質問を投げかけてきた。


「なぁ、ゲン。これで本当に良かったのか? 彼等だって疑われている可能性が有る。それに二人だけじゃ危険だ。ハシギルもそう思うだろ?」


「俺もズミアダに同意だな。彼等は俺達ほど“裏“に詳しい訳でも、知り合いが居る訳でもなさそうだ。


“最悪の事態“に陥ったら、捕まるのは時間の問題……車を出していない今なら、まだ呼び止められる。格好は良くないが、ここは合流して、再度話し合うのが得策だ。


それに今時、反乱分子は支持を得られないだろう。上層からの抑圧は確かに酷いが、許容範囲内でもある。


革命家は極度の抑圧下でのみ実現するんだ――このままでは、ただのテロリストだぞ? お前が話していた“奴等“と変わらない。」


二人の言う通りだ。


この段階での分裂は非常に危険だ。上手くいけば何事も無く日常へ戻れ、下手をしたら抗う前に捕らえられ、志半ばでついえる――謂わば“賭け“。


だが、“賭け“はもう十分だ。俺だって策がない訳じゃない。


蓋然――俺にはある程度確実な事柄に対する、これまで経験から来る一定の自信があった。つまり、確定とまではいかないが、ある程度そうであるだろうという予想……“勘“だ。


「――彼等なら大丈夫だ。特にプシエアは、俺のアシストを担っていた。腕は確かだ。」


ハシギルが悪態をつきながら食い気味に話す。


「腕は確かかもしれないが……お前の話が本当だとして、“奴等“の力量からすればどうってことないだろ。それとも何か策があるのか?」


「――彼の考えは解っている。」 


その呟きに対し、ズミアダが何かに気付いたように――それこそ狂った様に、耳をつんざく程に嬉々として笑い泣く。


「彼ってプシエアの事か? “わかって“って……ん? だとすると、あのタイミングで話をしたのは……はっ、ははは!! なるほど! そうか? いや、お前ならきっとそうだな!」


「おい。いきなり大声を出すんじゃない……いきなり笑って、気持ち悪い。のか??」


「いいや、ハシギル。になんかなってない。それよりゲン、早くを伝えた方が良いぞ――“時間が無いんだろ?“」


「はぁ……話が見えないな。」


ズミアダの奇行に、ハシギルは若干ながらもそれに応じ、手を伸ばして運転席と助手席の間に在るモニターを操作し、目的地検索の画面を映した。


それを横目に、俺は目的地を告げた。


「ズミアダ。お前は若い癖に、まるで狸親父デル署長の様だな?


――目的地はこの街以上に栄え、犯罪者と金持ちが蔓延る“ディタッチメント・シティ“ ――そこに在る、ギャング『サクラ』の根城が目的地だ。だが情報の出元が古い。先ずは情報屋に会い、現在の根城を特定する……ズミアダ。お前確かロシア語を話せたよな?」


俺はそう言いながら、ズミアダに古い通信機器を渡した。


「あぁ、話せるが……」


「それで“彼“と連絡を取るんだ。ロシア語なら多少の秘匿性を持たせられるだろう? 『ディタッチメントに行く、人混みを避けろ』と伝えてくれ。それから、この座標を……」


俺が話を終えようとした時、ズミアダはいつもの言い草で、されど珍しく叱言を言った。


「この座標って――ははっ、変な事をするね。まるで機械の様に淡々で、無情としているが、同時に人間的に、無駄で不可解な事をしている。」


「――無情? いいや、俺は今。人生に於いて、最も感情的センチメンタルだよ。唯ひとつの“純粋な感情“に支配され、目先のソレに全てを賭けている。だから、不可解だし人間的無駄にもなっているだけだ。」


ハシギルが車を出しながら、俺達に向かって反する様に訊く。


「さっきから何なんだ。お前等少し“オカシイ“ぞ?」


「“オカシイ“? 当たり前だろう――この街は狂ってるんだ。狂ってなきゃ“オカシイ“。」


――おっと、ジョークが移ったか。


 車が奔って暫くしても、俺は少しニヤケていた。片側の口角が引きつった様に上がったままだった。口を隠す様に仕草をしていたから、それは判らなかったとは思う。


別段、テレビモニターでコメディードラマを観たり、コミックを読んだりしていた訳でも、風景の中に在る滑稽愚鈍な事象を観て訳でもない。


――思惟しゆいしていたのだ。


“奴等“の人類悪夢的な計画に気付いて、爾来じらい。笑いというより、息をする様に――つまり生理的欲求や、生存する為に不可欠であるかの様に、燠火おきびの如く盛んに、理想的笑顔デュシェンヌ・スマイルが溢れ出て止まない。


頭をもたげる様にして視えた『“未知“が解ける』という悦楽に――暴戻ぼうれいに、刻薄こくはくに、然しこいねがう様にして、歓喜している。


その“解“はきっと、今迄霧雨の様に散々としている謎に光を当て、分光スペクトラムさせた物を虫眼鏡で一点に集める様なものだろう。


それが齟齬そご無く訪れた際の美しさ、神秘は、梗概を見据え、プラスな面のみを淘汰する様に――遡及し、様相を改める様に革新的なものとなる……


“カタルシス“――勝ち筋だ。


それを想像したら、笑わずにはいられまい。俺の口角は遂に両側共上がっていた。

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