第9話 Re.D

 ソレは鳥にも、ネコ科動物にも似たその歪な脚と大蛇の様にうねる尻尾を、地面に突き刺す様にして立て直す。


そして、角張ったひつぎのような巨頭から紅い異光を放ち、俺を睨みつける。



 『奴の背後から姿を現した尻尾型バランサー。その先端に見えた二股の刃――間には恐らく銃が内蔵されている。それも大口径だ。刃も大きい……やり辛いな。』


異形はかすかに鉄の匂いを漂わせ、そのファイバーチックな刃から灰の光を返す。



 また、後退り――弾詰まりを起こしたHoΔ.55をガンベルトの後ろにあるホルスターにしまい、RSF.357を持ち直す。



――集中しろ。次は無い。



殺気が空気中そこらじゅうに漂っている――息をするだけで纏わり付く程の殺気だ。


以前よりも酷い精神的重圧プレッシャーが、脳髄に伸し掛かる。


『仕留めに来る。』


先程まで混濁としていた頭は漸く明瞭になり、思考が廻り始める。


奴もまた姿勢を低くし、尻尾を不規則に揺らし始める。尻尾に当たった光は乱反射し、動きを読ませまいとする。


そして無い筈の白い歯を、頭いっぱいに映すと闇にけた――。


まずい……!』


咄嗟に銃を構えるも奴を見失う。


奴は姿を現さないまま、尻尾の刃で地面をえぐり、威圧する。刃は様々な物を斬りつけ、そこから切れ味が判り――自分の死を連想させた。


『“死との再会Reunion with Death“だ。』


奴が地面をえぐたびに――外壁を切り裂く度に――フラッシュバックする様に、脳裏に死がチラつく。


そして突如、静寂が訪れる。



 途端に音も破壊も、何もかもが止まり。そこに居た筈の、奴の痕跡が見当たらない。


スマートスキンの微かな歪みも目には映らず、奴の人間性いきづかいも聴こえない。


在るのは闇と静寂、切り裂き抉られた物、奴が堕とした人間性名残。そして、向こう側から聞こえる“死との再会Re.D“だけだった。



 暫くの間。裏通りには恐怖が停滞し、絶え間無い緊張が漂っていた。


寒さと恐怖は集中力を徐々に奪い、奴に付け入る隙を与えてしまった。


『カタリ』


――最初に聞いたあの音だった。建物の外階段から聞こえる。


俺は疑問を抱くことなく咄嗟に振り向き、音の鳴った方に弾を撃ち込んだ。


『着弾音が聴こえない――』


外した? いや、あの躰なら多少ズレても当たる。ならば先程の音は――!


撃った先――外階段の下に、先程ばら撒いたゴミの中に在ったであろう空き缶が一つ、落ちているのを見る。


「――デコイか!」


奴は始めからこの事を予感していたのか。初弾を当たったかのように見せて、その身体をわざと落としたのか。


或いは、俺の焦燥により認識が歪められていたのか。その思考に至った直後、奴は遂に動き出した。


「――BANG」


突如耳元で聴こえたその真似こえと同時に、乾いた音と焦げた鮮紅色が目の前を占め、それに連なり鈍痛が腹を突き抜ける。


俺は思わず膝をついた。


軌跡から飛び出す血と弾丸は、“死との再会Reunion with Death“を際立たせて止まない。


「終わりだ、ゲライン。警察には政治家の息がかかっている。故にこの件には関与しない。


仮に此処から逃げ延びたとしても、通りには人が蠢き、乗り捨てられた車が道を塞いでいる。それにバックアップチームも居る。逃げ果せることは先ず無い。


結局、俺達には敵わなかったって訳だ。もう死んでいいぞ。」


ノイズ混じりの機械音と共に奴は再度姿を現し、俺の背後に立った。


装弾数9発のRSF.357は初弾、HoΔ.55との同時射撃、そして先程撃ったので残り6発。


しかし、この口径じゃあ装甲は貫通出来ない。その上、リロードできる機会もない。腹からは血が溢れ、思考も視界もにじんでいる。


再び――感じるとは。


「――また“博打ギャンブル“か。」


「何?」


どうやら俺は、たぎっているらしい。



 ゆっくりと立ち上がる。


「……お前には解らないさ。解る筈がない。あぁ、解ってたまるか。グフッ――」


鬱陶しい吐血。お前等は、最期の余興すら赦してくれないのか。


「遺言か? 悪いが急ぎなんだ、聴いている暇はない。それに、今更何をしたって――」


「実子を人質にする親。硝煙と鉄の臭いが充満する部屋で穴だらけになった若者、片手には弾切れのショットガンを抱えた老人。


男共に輪姦まわされ、なぶられ、痣と白ヘドロに塗れて心が死んだ女、その手を握り、死と復讐を願う男。」


俺の口からは、絶えずよだれと血の混じった液体が流れている。


「遺言にしてはショボいな。御涙頂戴ってか? それとも正当化か? 殺しには変わらないだろ。」


「あぁ、そうさ。殺した、全員。こんなの日常茶飯事だからな……死を望まない方がイカれてる。元より、この都市に聖人なんている筈ないがな。」


視界がボヤけ始めた。


「じゃあ、さっさと死んだらどうだ? 俺は早く身体直して、報告書レポートを書かなきゃいけないんだ。仕事が山積みってワケさ。」


「あぁ、俺は死ぬべきだ。誰よりも早く死ぬべきだった。


だが、死ねなかった。


死ぬのが怖いんじゃない。痛いのが怖いんじゃない。善人を殺して、悪人を殺して、また誰かを殺して、殺して、殺して。


――だから、まだ死ねないんだ。」


「何言ってんだ? 確実に死ぬんだよ、お前は。お前みたいなイカれ殺人マニア。俺様がブッ殺す。」


「いいや、お前には殺せないよ。俺はまだまだ――お前らクズを、殺し足りないからな。」


「チッ、抜かせよ……死に損ないが!」



 隙だ――振り向き、その歪な両脚に一発ずつ放つ。弾は跳弾し、側をかすめる。


しかし、尻尾型バランサーの所為せいで体幹は崩せなかった。


だがそれでも、多少前のめりになった奴の頭は、引きり込み易く、脱いだコートで奴の頭をおおい、尚も倒れない奴の背に乗り上がり、その首に手を回す。


「グッ……まだか!」


「ちくしょう……鬱陶うっとうしい!」


ノイズを放ちながら、奴は堪らず尻尾のブレードを振り回す。


だが、読み通り奴の尻尾はバランサーとしての機能性が高く。自動的にバランスを取ろうとするあまり、体勢が崩れかけている今ではバランサーとしての機能が働き続け、命中率は著しく減少していた。


然しこの距離だ。当たらない方が珍しい。


剣撃の命中率は下がり、致命傷に至らずとも背中は切り裂かれ、裂傷となり力が更に抜けていった――時間制限タイムリミット付きの戦いだ。


俺は振り落とされそうになりながら残弾4発を、その欠け落ちた人間性あたまに撃ち込む。


うたってみろよ、ラジオ野郎が!」


連なる四発の福音――奴は獣の様に悶え苦しみ、狂うも、まだ倒れない。


義体化新人類恩恵呪いの所為だろう。ぐちゃぐちゃになった奴の体液は外套にすら染み込み、辺り一面に飛散する。


『いよいよ力が出なくなってきた……』


俺は銃を手放し。RSF.357のガンホルスター横に在るナイフを引き出し、その“根源“を抉り続けた――奴が完全に動かなくなるまで。


奴の人間性が跡形も無くなるまで。



 やっと止まったと思った時、俺の出血量も酷く。視界はすっかり薄れていて、力も出なかった。それでも、限られた力で落としていたトランクの方に向かう。


地面を這う中で、外の混濁が妙に鮮明に聴こえる。その中に一つ、近付いてくる足音が聞こえ、俺は『いよいよ』と覚悟をした。


だが、やはり俺の性分では諦め切れず。振り向くことなく地面を這い続けた。そして、辿り着けそうなその瞬間に、荷物はその足音のに奪われた。


「クソ……」


『ロクな死に方はしないと思っていたが、こんな死に方は無いだろう。辞世の句を読める――そんな余裕の在る劇的な最期期待していたんだが……』


悠長に終わりを悟りながら、意識は遂に途絶えた。


「――馬鹿者が。」


その重低音を最後にして。

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