第8話 息子と息子

 訓練が終わり、生徒たちは寮へと戻る。

 領となる建物は石造りで、初等部から高等部までの生徒役百八十名が衣食住を共にする。

 新しい六十名の生徒が先輩方との初の顔合わせのため全員が食堂に集まり、ちょっとした宴のようになっていた。


 『カルカサ』に来る前の三日間に行われた祝い事に比べると質素なものであるが、新しい仲間と共にする食事はユーマにとって楽しめるものであった。


 特別に用意された大量の料理も食べ盛りの生徒たちの前ではものの見事に完食されており、そろそろお開きになるかというタイミングで、大柄のいかにも強そうな少年が食堂の一角に立ち声を上げる。


「皆、静かにしてくれ」


 その声に騒いでいた学生たちは静かになる。全員がその少年に注目したところで話始めた。


「ようこそ新入生の諸君、歓迎する。オレは校長の息子で高等部のダルタス、ここの寮長を任せられている」


 校長の息子というだけあって、彼の表情は自信に満ち溢れていたが、

 それは決して親の威厳を借りているからではなく、

 彼自身がそれに見合う人間であるため、誰もそれに対して嫌に思わない。


「これから三年間辛い訓練もあると思うが、仲間と共に乗り越えてほしい。先輩たちも君らが立派な戦士になれるよう力になってくれると思う。遠慮せず頼ってくれ」


 新入生がダルタスの言葉に拍手をすると、次にこう指示してきた。


「そこでどうだ。これから新入生の諸君には、戦士になる決意を表す意味も込めて、先輩と同じ同期に大声で名前を叫んでもらいたい。どうだ」


 ちょっとした催しに先輩の生徒たちは盛り上がる。

 その流れに乗り、ダルタスに近いテーブルの新入生から、促されて立ち上がり名前を叫び始める。


 一人一人が元気に叫ぶたびに拍手は大きくなる。

 途中声の小さかったものはやり直しをさせられたものの、

 それでも場の雰囲気は温かいものであった。



 そしていよいよ、ユーマの番が回ってきた。


「ユーマ・サントです。これからお世話になります」


 名前を叫び終えるとユーマは敬意を込め頭を下げる。

 前の人までと同様に拍手が沸き起こり、余韻を残したままユーマが次の生徒にバトンを渡そうと席に座ろうとした瞬間だった。



「違うだろ」


 低く鋭い声が食堂にいる全員に聞こえた。

 声の方向に一斉に目線を向ける。

 その先にはダルタスが不敵な笑みを浮かべながら腕組みをして仁王立ちしていた。


「えっ……あの……」


 中腰のまましどろもどろになるユーマに対して、ダルタスの口調はより冷ややかなものとなり、生徒全員が静まり返る。


「ユーマ・サント、自分の本当の名前を言ってみろ」

「えっ……だから……僕はユーマ・サントです」


 仮の名であれ、ここでの名前を言ったはずのユートは酷く動揺し、目は泳いでいたが、その様子を見ても、周りの生徒はダルタスの言った意味が分からず首を傾げるばかりである。 


 一向に進まないユーマにしびれを切らしたようで、ダルタスは言ってはならないことを言う。


「そうか、自分からは言いにくいよな。ならオレが代わりに言ってやる。本名はユーマ・シルバー・アラサルト、マーデル・シルバー・アラサルトの息子だ」


 ダルタスの口にした名を聞くや否やその場にいた全員が目の色を変えて、畏怖の視線がユーマに集まる。

 その視線にたまらず手をガタガタと震えさせるユーマの態度はその言葉の真意を物語っていた。


 先ほどまで首を傾げていた周りの生徒も動揺を隠せず、ユーマから距離をとる。


「ダッ、ダルタスさん、何でそんな事を!」


 ダルタスはユーマの慌てようを楽しんでいるかのように口角を上げる。


「なんでってそりゃ、ここにいるみんなは仲間なんだぜ。どんな事情があれ嘘はいけねーよ。仲間にそんな大事なこと黙っていい訳ねーだろ」

「そんな……」

「しかしスゲーよな。お前の母親、マーデル・シルバー・アラサルトといえば、この世で知らねーやつはいねー。かつて、人間だけでなく魔族からも恐れられた歴史から見ても最強の魔王だ。分からねーもんだよな。今じゃその魔王も、勇者と手を組み、この素晴らしい世界を作った。結構なことじゃないか。第一民、この町はそのおかげで魔物に襲われることもなくなった……表向きはな」

「……どういう意味ですか?」


 表向きとはつまり、裏があるということである。

 裏の事情を知らない生徒たちはダルタスの言葉に興味惹かれる。

 それはユーマにとっても同じで、表面上の事情しか知らない者にとってダルタスのこれから話そうとしている内容は聞き逃すことができなかった。


「ところで、お前、この世界の決まり、第一民やら第二民やらが決まった経緯をどこまで知ってる?」

「……お父さんがお母さんを倒しに来る途中で魔法使いが亡くなって、ボロボロになりながらやってきたところを不憫に思ったお母さんがそういう決まりを父さんと交渉し作ったとだけですが」


 ダルタスはユーマの説明に意気揚々と答える。


「そうだ、その程度なんだよ。ほとんどの人間の知識なんてな。おっと、お前は半分魔族だったか。まぁそんなことはどうでもいい。そんなこと誰でも知っている。世間じゃ、そう語り継がれるようご丁寧に絵本まで出ているからな。魔王は人の気持ちがわかる。魔王様万歳。魔族に襲われることのなくなった王都と街の民は何も知らずに安穏と一生を過ごすだろう。しかし俺は違う」


 生徒たちの興味を惹く内容だった。

 そこらにいる人間が語ろうとも信憑性はないが、それを語るのは実際にその場にいた戦士の息子が直々に話すのだ。


「魔法使いは途中で亡くなったんじゃない。魔王直々に殺したんだ」


 始まりから異なる内容に生徒たちは静まり返る。

 知らない事実にユーマもただ聞くしかなかった。


「あっけなかったらしいぜ。不憫に思ったなんて嘘っぱち、魔力の尽きた魔法使いが杖を振りかざしただけで一瞬で消されたそうだ」


 生徒たちがユーマにまるでそれをやった本人であるかのような嫌悪の目線を送る。


「その恐怖を植え付けた魔王は勇者一向にこういったそうだ。『言う通りにしなければお前たちもこうなるぞ』とな。それにビビった勇者は死ぬのが怖くてあっさりと魔王の言う通りになったそうだ。全く腰抜けな野郎だぜ。おかげで人間は魔族の家畜になっちまった」

「……違う」


 ユーマがかろうじて出せた小さな反論にダルタスはほくそ笑む。


「違うだって? どこがだよ。お前さっき知ってることを言ったよな。あまり知らないんだろ」

「父さんも母さんも本当に仲がいいんだ。それに、交渉もちゃんと話し合ったうえでしたって……」

「お前の両親の仲がいいとかどうでもいいんだよ。問題は魔法使いはお前の母親に殺されて、人間は家畜になったってことだよ」

「人間が家畜なんて思ってな――」

「だーかーらー、お前の考えなんてどうでもいいんだよ。事実人間は魔族の喰いもんになってんの。まぁ、これもお前にとってはどうでもいいことだな。なんたって魔王の息子だ。俺達と違って喰われる心配ないからな」

「……」


 言い返す言葉が無いユーマは半泣きになる。

 ダルタスの話を聞いた生徒たちはひそひそとお互い耳を寄せ合い話始める。

 その場の空気にいたたまれなくなったユーマは逃げるように食堂を走り去る。


「逃げやがった。まぁ、そういうわけだ。そして話はここからだ――」


 ダルタスはユーマがいなくなった後も、生徒たちに自慢げに話し始める。



 ユーマは自分の用意された部屋に入り、布団にくるまった。


 自分の事実かどうかわからない知らないことを告げられ、

 悔しさや悲しさ、不安で泣いた。


 布団で自分を覆ったのも泣き声が外に聞こえないようにするための少しばかりの抵抗だった。


 翌朝、ユーマはまともに眠ることができず、窓から差太陽の明かりを浴びた。

 四人一部屋のはずなのだが、昨夜のダルタスの言葉を聞いてだろう。

 相部屋の生徒は誰一人としていなかった。


 訓練の時間も始まる。

 新しい一日が始まるのだ。


 そう自分に言い聞かせて支度をする。

 昨日は仲間が気を使ったのだろう。

 そうに違いない。


 気を引き締めて訓練場へと向かった。

 訓練場にはすでに何人かの生徒が自主練習を兼ねて来ていた。



「おはよう。昨日はごめん。今日も頑張ろう」


 ユーマは気丈に振る舞うのだが、仲間からは返事がない。

 目線を反らせ、かかわりたくないとばかりにあからさまな無視をする。


 覚悟していたこととではあったが、いざそれをされると泣きたくなる。

 後から来た仲間の挨拶にはしっかりと答えるところもユーマの心の傷を大きくさせた。


 訓練中は若干距離を感じるものの、教官の監視の手前、それなりと態度をとる。

 教官が席を外すと一変して仲間たちの態度が変わる。


 魔王城で過ごしていた時とは違うもの悲しさがユーマの心を締め付ける。

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