第7話 旅立ち

移動魔法の使用、魔物の怪鳥がユーマと勇者を目的地である第一民の街、『カルサカ』へと向かう。


しかしあくまで途中まで、第一民の居住区の近くへはいけないため一番近い村で普通の馬へと乗り換える。


移動には三日かかり、ようやくカルカサへ着いた。


街の入り口の前には二十年の月日が流れた現在でも筋肉に衰えがなく、隆々とした体躯の戦士の姿があった。


「おう、来たか勇者」

「その呼び方はやめろ。もうオレはそんなんじゃないぞ」

「そう言うなって、こっちがお前のガキか? 人間そのものじゃねーか。ガハハハ」


 ユーマの姿を見て戦士が豪快に笑う。

その様子に警戒してか、ユーマは固まる。


「ユーマ、こいつは父さんの友人、戦士として一緒に戦ったグルタスだ。しっかり挨拶しろ」

「初めまして、これからお世話になります。ユーマ・シルバー・アラサルトです。ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

「ガハハ、礼儀正しいじゃねーか。困ったことがあったら任せときな。坊主」


 グルタスはユーマを快く引き受けたようだ。

かつて、討伐しようとした魔王の子であれ、友人の息子であることもあって、今では苦には思っていないらしい。

今こうして平和に暮らしていられるのも魔王の力があってこそなのだろう。


「それからユーマ、これからは自分の事をユーマ・サントって名乗るんだぞ」

「何で?」


 その様子を見てグルタスがさらに大きく笑う。


「何でって、坊主、ここは第一民の街だぜ。シルバー・アラサルトなんて名乗ったら自分は魔王の子供ですって名乗ってるようなもんじゃねーか。魔族に免疫のねー住民は震え上がっちまう」

「あっ、そうか、それは確かに困ります」


 ユーマは母の名前がいかに人間たちに広まっているかようやく理解した。いくらこの世界の制度を決めたとはいえ、魔王であることには変わりない。


「そうだ。ところでグルタス、ユーマが魔王の息子だって知っているものはどれくらいいる?」

「そうだな。オレ、息子と、戦士学校の教官の一部ぐらいだな」

「息子って、子どもにも話したのか!」

「しかたねーだろ。オレの息子は今、戦士学校の最上級生で、寮長をやってるんだ。何かあった時に事情を知らないじゃ、話になんねーだろ。寮内は自立心を高めるために学生しか立ち入らねーことになってんだよ」

「……それなら、しかたないか」


 戦士と勇者の会話を聞いてユーマはさらに不安がる。

だが、そんな不安を笑い飛ばせるほど戦士は意に介していなかった。


「坊主、心配すんな。親バカじゃねーが息子は頼りになるぞ。なんたって俺の息子だからな。それよりも、これに着替えろ。もうじき入学式が始まる。式の後すぐ訓練に入るからな。気合入れろ」


 戦士はユーマに着替えが一式入った袋を投げ渡す。なんとか受け止め、袋のひもを緩め、中身を確認する。


「わかりました。馬車で着替えてきます」

「おう、急げよ」


 ユーマは着替えのため馬車に戻る。


「ところでユート、これからの予定は?」

「これからずっと王都巡りだ。仕事だからな」

「そうか。忙しくて何よりだ。時間があるならこれから一杯どうかと思ったが」

「これから入学式だろ。校長のお前がのんでる場合じゃねーだろ」

「ガハハ、それもそうか」


 かつての戦友同士、話したいこともあるだろうが、それぞれ自由の聞かない立場にいる彼らに明日を語る時間はない。

そうこうしているとようやくユーマの着替えが終わった。


「着替えました」

「よし、じゃあ行くか、坊主」

「ユーマ、頑張れよ」

「うん、お父さん、じゃあ」


 あっさりとした別れだが、いつものユーマらしかった。

普段と違うのは、父親が見える限り、手を振りながらグルタスの後についていったことだ。

勇者もそれに応えるようにユーマの姿を捉えられなくなるまで見送っていた。


 入学式は非常にあっさりしたものだった。

戦士の本分は訓練とばかりに、少しの間も空けず、ユーマの所属する初等部の生徒はすでに剣を持ち綺麗に整列させられていた。


 まだあどけない少年たちとはいえ、戦士を目指す心構えを持たせるように教官の檄が飛ぶ。


「よいか、戦士たる者、まず必要なのは負けない根性だ。それはただ単に勝つためのものではない。大切なものを守るために必要なものである。特にお前たちのようなひ弱なガキには技どうこうよりもまず武器を振り続けることだ。と言っても、正しい振り方も知らずやみくもに振り回しても敵に当たらなければ意味もない。そこでまずは私が貴様等に見本を見せる」


 教官は剣を持ち構える。

教えるだけあって、基本通りの正しいフォームで刃を正面にいる空想の敵に向ける。


「よいな。まずはこう両手でしっかり握る。足はこのように開く。肩に力を入れすぎるな。振りづらいからな。そして狙いを定めこうだ」


 教官の太刀筋は縦に真っ直ぐキレイに決まった。

初めて見る本格的な剣さばきに生徒たちは一様に拍手をするが、そこでも教官の檄が飛ぶ。


「拍手しとる場合かっ。貴様等もするのだ。それ号令に合わせろ。一、二、三、四……」


 生徒たちは指示通り剣を一心不乱に振り始めた。

本物を振ったことがない彼らにとってその大きい刃物は重く、

何より切れるものとしての恐怖心があった。


懸命に振るものの、見ただけで形になるようなものではない。

教官もそれは知っている。

それでも指導の手は一切緩めない。


「どうした。そんなもので敵が切れるか。大切なものが守れるか」


 生徒たちを煽るが、彼らは昨日まであどけない子どもであった。

どうしていいかもあまりわからないまま自分なりに振り回す。

号令がすでに百回になる。

その頃には何人かの生徒が腕の力が入らず剣を離す。


「なんだ。そんなものか」


 教官が喝を入れていると、ふと一人の生徒に目が止まった。


「やめ」


 教官が号令を止め、一人の生徒の正面に立つ。


「貴様、名を何という」

「はい、ユーマ・シ……サントです」

「ユーマ……、そうか。貴様が……貴様は筋がいい。剣を振った経験があるのか?」

「いえ、見せていただいた見本と本に書いてあったことをその通りにしただけです」

「よし、ならば十本、私に打ち込んでみろ」


 教官の言葉にユーマは驚いた。

訓練用の棒ならまだしも、切れ味の確かな剣をいきなり人に向けて振ることに躊躇しないはずがない。


「いえ、しかし……」

「かまわん。貴様のような新米の剣が見切れぬと思うか」


 教官はユーマに向かい剣を構える。

その光景に他の生徒も固唾をのんで見守る。

状況を察し、断ることができないと理解した。

何より教官の命令に逆らうことができないのが理由であろう。

ユーマも剣をしっかりと握り教官に合いまみえる。


「では……お願いします」

「来い」


 まずは一太刀、最初に教わった縦切りをする。

しっかりとした振りは金属音を打ち鳴らす。


「いいぞ、他の切り方でも構わん。続けろ」

「はっ、はい」


 ユーマは二回三回と教官に向けて横に縦にと切りかかる。

当然ながら、熟練した教官にはあっさりと受けられる。


「そんなものか。もっと流れるようにできるだろ」


 教官の言葉にユーマは乗せられていた。

初心者とは思えないような連続した動きで斜めにも下段にも切り返すが教官は鮮やかに受ける。

他の生徒は自分たちと同じ同期のユーマの秀でた面に言葉を失う。


「ラスト」

「おおおおおっ」


 ユーマは飛び掛かるように切りかかるが、教官は向かってくる刃を見極め、受けるのではなく、攻めの姿勢で応戦する。

金属の轟音が鳴る。


その衝撃は凄まじく。

剣力に耐えられなかったユーマの手から剣が弾け飛ぶ。


「くはっ!」


 ユーマは後方へ仰向けに倒れ込んだ。

弾かれた剣は誰もいない安全な場所の地面に突き刺さった。


「ユーマ・サント、なんだ最後のは、子どものチャンバラではないんだぞ。遊ぶな」

「すいません……」


 教官の叱咤に凹むユーマ、その様子に周りの生徒もけらけらと笑う。


「が、しかしだ。最後の失態を除けば実によかったぞ。その調子で以後訓練に励むように。そして他の生徒諸君、今この中で実力が一番あるのは間違いなくこのユーマ・サントだ。コイツにおいて行かれないよう日々鍛錬するように」

「はいっ」


 生徒が教官に向かって元気よく返事し、ユーマをたたえ拍手する。

 疲れた重い腰を上げる。

ユーマはとってそれは人との関係を持つ大きなきっかけであった。


薄暗く、

一人では十分すぎる広さの部屋に引きこもっていた今までと比べると、

太陽の下、仲間と切磋琢磨できる環境、


それは魔王や勇者がユーマさせてやりたかった経験そのものである。


「皆、これからよろしく」


 人付き合いの苦手なユーマがようやく自ら関わろうとし始めた。


教官に認められたこと、

友人ができたこと、


これほどまでにない充実感を感じることができた。


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