第5話

 先ほどの部屋での出来事から考えてみて当然。

 待遇に関しては、諦めていた。目の前に迫る光景に、納得する。


 男が連れてきた所は、とても華やかな場所とは正反対の重厚で、重苦しい雰囲気の塔だった。


 手前で警備する兵士たちとやり取りをし、敷地に入る。

 塔の入り口で、再びやり取りをし、許可された。


 警備が厳重です。

 もう、絶対そう。確実にそう。

 石で積み上げられた塔内部は、お世辞にも良い香りがしない。

 鼻の奥がつんとする。我慢できないものではないが、鼻の中に残る感じだ。


脇の部屋へ押し込められると籠を渡された。

中には、生成りの服が入っている。

「着替えろ。脱いだ服をその籠に入れて返せ」

 囚人服ってこと?

 囚人として扱われるってこと?

 何の弁明も許されない?


「着替えた後、調書を取る」

 不服の表情が出ていたのだろう、男は部屋にある机に書類を出しながら告げる。

「ここで着替えるのですか?」

 丁寧に話しかけるのは、対応の仕方がわからないからだ。

「そうだ。早くしろ」

 命じられて、わかりましたと即答はできない。

 一応、女性なので、男性と二人きりの部屋で着替えるというのには抵抗がある。

 思わず隠れる場所を探すが、当然ない。

「不審な行動をすれば、命がないと思え」

 いやだって、着替えたら、いろいろ丸見えになるじゃないの!

 とてもこちらは人様にお見せできるものをご用意できていませんし!


 暫くにらみ合ったが、立場上折れるのはこちら側。

 不審人物として扱われるのは当然のこと。

 仕方ないと思うには抵抗があるが、何よりも命は惜しい。

 えーい!

 所詮、絶賛下り坂の女の体など、興味はあるまい。

 

 悲しい現実だ。

 相手は、こちらが上着に手をかけても、動揺さえしない。

 お仕事熱心ですこと!


 幸いなことに、渡された服はかなり大きめで、緩んだ体型の私でもすっぽりと収まるものだった。

 下に関しては、その中で、もそもそと着替えることができた。途中、膝までめくれたが、整えると服の丈は脛まであった。


 下着以外の脱いだものを畳み、籠に納めて差し出すと、エドアルドは丁寧に受け取った。

 一枚ずつ広げ、不審なものがないか、確認して脇に置かれる。


「変わった服だな」

 そちらのほうが変わっています。

 と、素直に答えることはできない。

「どうやら、私がいた世界と違うようですね」

 穏便に、友好に話を進めないと、このままでは本格的に囚人として扱われてしまう。

 少しでも待遇の改善を望むなら、なるべく丁寧に、優しく話さなくてはならない。


 胸の内では、ここはどこだ!と泣き叫びたい。

 家に帰りたい!と、暴れてしまいたい。

 けれどもそれは、簡単には叶わないだろう。

 もう疲れているのに。考えるのだって面倒なのに。気を使いながら人と話をするなんて、この上ないほど、面倒くさいのに。

 ここで間違えると確実に暗い現実が待っている。それだけはわかる。

 どこか冷静に、自分を見つめる姿があるような気がした。

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