エピローグ

 強い光を感じて真白の意識は現実へと引き戻される。

 朝の陽光、鳥のさえずる音。いかにもに朝の風景だが、光は窓からではなく頭上から直接降り注いでいる。

 真白は完全な寝ぼけ眼で四つんばいになりながら、手で光を遮る。

 次第に目が慣れ、景色がハッキリしてくるとここが公園である事が分かった。

 むにゃむにゃと絵に書いたような動作で顔を下に向けると、四つんばいの姿勢で広がった胸開きからさほど大きくない胸が覗いていたので慌てて隠す。

 薄青のやや大きめのワンピースの下には何も着ていないのだった。


 横を見ると黒ずくめの刀を差した少年、真黒が立っている。

 どうやら元の世界に戻れたらしい。


 暗い所ではそれほどでもなかったが、さすがにこんな格好で日の下にいるのは恥ずかしい。もっとも他人の目には映らないのだろうが。

「永遠湖さんは?」

「彼女は自分の世界に帰った。もう逢う事はないだろう」

「納得してくれたの?」

「してくれなかった。だから彼女から『苦痛』を挙奪(BehaviorMove)した。俺達と別れる事に辛さを感じる事は無い」

 そっか、と少し寂しそうに言う。

 真黒が助けに来たという事は永遠湖は仲間を裏切ったのだ。このワンピースのお礼も言いたかったのだが。

 何気に辺りを見回すように振り向くと背後に大きな樹が立っていた。驚いて後ずさる。

 ここは狭間に取り込まれた所と違うのだろうか。暗かったので正確な場所は定かではないが、それ以前にこの公園にこんな大きな樹があったろうか。

「ここは同じ場所だ。俺達が狭間を漂っている間にこっちでは数年の月日が経っていたようだ」

 真白の表情を察したように真黒が言う。

「数年? 何? 私達浦島太郎なの? ……こんな大きな樹が立つほど? 一体何年経ったのよ」

 頭を抱えておろおろしていると、

「長くても一年ちょっとだろう。前にこんな樹はなかったから、どこかかから持って来て植え直したんだと思う」

 新しい公園のシンボルにでもするつもりなんだろうか、と樹を見上げる。

「でも世界が無事って事は、穴はちゃんと塞がったのよね」

「完全に閉じる前に狭間に取り込まれてしまったから確かな事は言えないが、あそこまで塞がっていたならシステムの修復力で塞がったはずだ。誰かが意図的に広げない限りはね」

「真黒ならその後どうなったかは分かるんじゃないの?」

 真黒は首を振る。

「大きな穴が開いた影響か、ここは情報の損傷が激しい。過去の残滓が滅茶苦茶だ。だが……何事も無かったと思いたい」

 そう言って樹を撫でる真黒の目はどこか懐かしそうだ。

 真白の視線に気が付いたのか、真黒は刀を鞘ごと取り出して見せる。

「前にこれと同じ樹を見た事があってね。この刀の鞘が丁度こんな大きな樹、御神木と呼ばれていたが……それから削り出して作られたんだ」

 ふうん、と意外そうに真白も樹を見る。

 真黒に過去は無いと思っていたが、真白に会うまでの数十年は一人で生きてきたのだ。その間の出来事はあるだろう。

 真白は樹を愛でている真黒のそばにちょこんと立ち、

「ねえ、今度は真黒の事を教えてよ」

 不思議そうに首を傾げる真黒に微笑みかける。

「私を守ってくれる約束はまだ続いてるんでしょ? なら、お互いの事ももっとよく知っといた方がいいんじゃない?」

 そうだな、と言って真黒は真白の横に立って歩き出す。

「ねぇ、私達って生きてていいのかな?」

 ん? と真黒が首を傾げる。

「だって、私達って世界にとっては邪魔なんでしょ? 本当はいなくなってほしいんじゃない。それに抵抗してるから仕方なく放置してるだけで……、それに狭間を利用しようとする人間も出てきたってなると」

「そうだな。消えてしまった方が世界の為なんだろうな」

 真白が少し表情を硬くする。

「だがそれは世界の都合だ。俺達は生きている。なぜ世界の都合で消えてやらなくちゃいけない」

「……そうだよね。うん、生きてていいんだ」

 真白は先程と打って変った明るい調子で歩調を進める。


「それで、私と永遠湖さん、どっちが好きだったの?」

 そんな会話をしながら去っていく二人を見下ろしながら御神木は枝葉を揺らした。

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狭間の旅人 ~FrameZone~ 九里方 兼人 @crikat-kengine

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