第28話
裏手で激しい戦いの音を聞きながら、手下の一人は欠伸を漏らす。
ネットガンを持ち、重厚な装甲車の前で警備のように立っているだけの退屈な仕事だ。
この作戦の肝は変電所に流れる電気だ。その電源部分を破壊されれば意味を成さない。その電源を守る為、こうして電源室の前を装甲車で塞ぎ、見張りを立たせている。
何かあれば連絡、または自身で排除なのだが、戦いの音が裏から聞こえる以上、ここで何かが起こるはずはない。
来た所であの十六歳のお嬢さんか? 一体何が出来る? ダンプカーが突っ込んできてもこの装甲車はビクともしない。
まあ、戦いに参加せずに金がもらえるなら文句はない、とぼんやりと一応周囲を見回る。
すると遠くから電車の明かりが見えた。
段々と近づいてきて走る音が聞こえ始める。
珍しくもない光景だったため、ぼんやりと近づいてくる電車を見る。
こんな時間にご苦労なこった。
……こんな時間? 今電車が走っているはずはない。と近づいてくる物を凝視するが間違いなく電車である。
グレーの車体に緑と橙のラインの入った、彼もよく利用している電車だ。
何事か? 異常事態なのか? 連絡するべき事なのか? と頭の中を考えがめぐり、あたふたと通信機に手を掛けた所で、電車は激しい衝撃音と共に派手に跳ね飛んだ。
真黒によって予め狭間から引きずり出され、同じく狭間から取り出し、そのフレームを操作して重量と硬度を数千倍に上げた石が置かれた線路に差し掛かった電車は脱線。鉄の車体は空中に跳ね上げられた。
六両編成の巨大な質量は装甲車をいとも簡単に押し潰し、電源室を完全に破壊する。
変電所の電源は落ち、一部の地域が一斉に停電。
だが狭間から取り出された電車と石はすぐに消え、変電所の事故もなかった事になり、翌日には原因不明の停電として処理される事になる。
変電所の裏手が派手に崩壊し、電源が落ちた事を確認した立石はワイヤーを巻き取って鉄骨の上に着地する。
トレーラーと眼下の真黒を見比べ、トレーラーの方に体を向けた。
電源が落ちてしまった以上、ここで戦うのは得策ではない。
立石は左手を繋いでいるワイヤーとリールを取り外し、トレーラーの方に左腕を向けると左手を動かす。
指の動作に連動した仕掛けが作動し、前腕が射出。
初速を得る為の
推進剤を噴出しながら飛ぶ左手は手首の返しで軌道をもコントロールする事が出来る。
左手が鉄骨を掴むと立石の体は空中へと飛び出す。
周囲の電磁波が消えた今、スーツの電力を弱めると左手は体に戻ろうとする。
今は手が鉄骨を掴んでいるため体の方が引き寄せられた。
ワイヤーを使用しないため、射程も広い上に力も強い。何よりワイヤーリールも不要なため身軽だ。
立石は見えないロープに吊られたように空中を移動しながらトレーラーの上に降り立ち、無駄のない動きでコンテナに入る。
「なんじゃ今の音は? やったのか?」
「失敗でさ。仕切り直しますぜ。プランBです」
立石がパネルを操作するとコンテナの上部が開く。
真白を乗せた台車の下からレールが伸び、地面を走る電車のレールに合わさった。
浦木は嫌な予感を感じたように言う。
「まさか、線路を走って逃げるのか?」
「そのまさかでさぁ。乗らないと置いてきますぜ」
浦木が慌てて台車に乗ると同時に台車の後方が火を噴き始めた。
「しっかり掴まっててくんなせぇ」
台車は動き出し、トレーラーから線路に繋いだ下り坂で更に加速、そしてロケットエンジンが本気の火を噴くと一気にトップスピードまで加速した。
「はっはー。いくらヤツでもこいつには追い付けませんぜ」
緩いカーブに差し掛かり、片方の車輪が浮く。
激しいGと風の中、浦木が声にならない声を上げる。真白は悲鳴を上げ、地面にしがみ付くようにして伏せていた。
ロケットエンジンの推進剤が切れ、台車はゆっくりと減速し、惰性で進むだけの状態になると立石はブレーキを掛けた。
「退路ってのは確保しておくもんですよ」
得意げに言う立石に、浦木は文句を言いたげだったがその力は残っていないようだった。
しかし自分達が今走ってきた方向から、同じように線路を走ってくる物の音と姿を確認して身を固める。
どうやったのかは分からないが立石達が乗った来たのと同じ台車が走ってくる。そしてその上には黒ずくめの男が乗っていた。
真黒は台車が止まるより前に跳躍し、真っ直ぐ真白の檻に向かって飛ぶ。
何度か見せた狭間の能力の一つ、物体の移動ベクトルを操作して飛ばす量爆(VectorShoot)を自らの体を取り巻くフレームに掛けたのだ。
弾丸のように飛んできた真黒が構えた刀の切っ先は浦木の体を貫き、そのまま檻の中の真白にも届く。
体を刃で貫かれた浦木は悲鳴を上げたが、次の瞬間檻の中の真白と入れ替わった。
真白の体から刀を引き抜き、連れて去ろうとしたがそれよりも早く立石にその体を攫われる。
真白を抱えた立石は、先に飛ばしていた手に引っ張られて夜の闇へと飛んでいった。
浦木はここから出せという類の言葉をいくつか吐いたが、周りに誰も居なくなっている事に気付いて檻の中のゴリラのようにガチャガチャと鉄格子を揺する。
冷静になり、そもそもこの檻の鍵は自分が持っている事を思い出した。
白衣からもたもたと鍵を取り出し、檻の中から南京錠に鍵を入れる。だが檻の内側から鍵を開けるのは想像以上に難しかった。興奮して震える手から鍵が落ちる。
「くそっ」
下は地面ではない、檻は台車に乗っているのだ。辛うじて線路までは落ちなかったが、手がギリギリ届く位置に引っかかっている。
浦木は鉄格子の間から目一杯手を伸ばした。
「ぐぐ……」
届かない。これ以上手を伸ばす為には肩を入れて伸ばすしかない。そうすると手の先を見る事が出来ない。手探りで誤って鍵を地面に落としてしまったら朝までこうしているしかない。警察が来るまで何人もの目に晒される事になるだろう。
浦木は神にも祈る気持ちで、指先の神経に意識を集中した。
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