第10話

 目を覚ますと、真黒が寝る前に見た形のまま座っている。

「おはよう」

 声をかけるが真黒は動かない。

 ベッドから起き出し、カーテンを開けるがまだ外は暗い。昼過ぎに寝たのだからそんなものか。

 リペアドールとやらに狙われているなら出歩かない方がいいのか。いったいどのくらいこうしていなくてはならないのだろう。

 ぼんやりと窓を眺めているとポツッと窓に光の点が現れる。そのとなりにまた一つ。街の光が反射しているのかと思ったが、二つの点の下にニタリとした歯が現れた。

 ひっと小さな悲鳴を上げて窓から離れる。

 そして目口の周りに顔、耳、体と形が出来ていった。

 またあの怪しい生き物、チェシャだ。


「ねえ! これ何なの?」

 振り向いてベッドの上で胡坐を掻いている真黒に尋ねるが、聞こえていないのか反応がない。というより動かない。

「ここは君とボクだけのフレーム。ソイツにも入って来られない」

「どういう事?」

 窓に向き直って聞くが、チェシャはニタニタ笑いを浮かべ、

「君に残された道は二つ、ヤツらに跡形も無く消されるか、永遠にこの世を彷徨う幽霊になるか」

「あなた、あいつらの仲間なの? 消されてしまえって言ってたよね?」

「もう遅い。今消されたら何も残らない。生まれ変わる事も出来ない。逃げないと……でもボクはソイツは嫌いだ」

 真黒の事か? とベッドの方を見る。

「会って間もない男に、一生ついて行くつもりかい? 君はそんな尻の軽い子だったんだ」

「そんなんじゃないよ! 安全になるまでの、少しの間だよ! お父さんが、そう頼んでくれたんだもの」

「いっそ。お医者に耳と尻尾をちょん切ってもらうってのはどうだい? 口の堅い、モグリの医者が必要だね。五千万円くらいかかるかもね。大丈夫、金だけソイツに頼めばいい。ソイツの利用価値なんてそのくらいだよ」

 相変わらずチェシャはこちらのいう事と関係なく勝手に話す。

 真白は少しムッとして反論する。

「何よ。この人は……、真黒は怪しいけど悪い人じゃないよ」

 真白とてこの意味不明な事ばかり言う少年を信用したわけではない。真白は本来人見知りだ。だがここまで悪く言われてしまっては庇護してしまう。

 幾度となく助けてくれたのは事実なのだ。

「ソイツと一緒にいたらダメだ。ソイツは誰に知られる事もなく、この世の狭間で一人寂しく消える運命なのさ」

「アンタが消えちゃえ!」



 声を上げると真白は自分がベッドの中にいることに気が付いた。

 今までのが夢だったようだ。横を見ると真黒が目を開けている。寝ながら何かガラでもない事を叫んだろうか、と赤面して毛布を被る。

 目だけを毛布から出してカーテンを見ると少し光が差していた。もう明るい、という事はかなり長い間眠っていたらしい。

 そんなに疲れていたのか、それともあの変な夢のせいか。

「何か、変わった事は無かった?」

 私の寝言以外に、と口の中で小さく付け足す。

「ドールなら三十七体来た。時間からすれば妥当な数だ。特に変わった事でもない」

 そうなの? と周りを見る。特に争った跡は無いが、真白が寝ている間にもこの男は一人戦っていたのだろうか。

 自分ばかり呑気に寝て……と少し申し訳ない気持ちになる。

「実際には出現と同時にフレームをブロックしている。この部屋に形として現れていない」

 相変わらずよく分からないが、要するに入ってくる前に防いだという事だろう。

 少し早いが起き出して着替える。

 そのまま下着同然になり、はっとして真黒の方を見たがさっきと同じ姿勢のまま動かない。

「ま、いっか。兄妹だし」

 と深く考えず着替えて、買っておいたニット帽を耳まで被り、鏡を見る。これなら髪も耳もあまり目立たない。

 姿を消せると言う話だが、ずっと消えているわけではないし、なにより真白自身にその感覚は分からないのだ。

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