3-6.ドキドキッ! スクールライフ

 ギリギリセーフッ! 生徒手帳でクラスを確認したから間違えることもなしっ!

 さすがに席まで間違えないでしょっ! 唯一教科書やノートが置かれてない空席、ここが蘭ちゃんの席、のはずっ!

「川中くん、そこ私の席だよ?」

 あれれっ、ちがうの? 近くにいた子に言われちゃった。

「えっ? あちゃーっゴメンね! アタシの席ってどこだっけ!?」

「アタシ……? もう、川中くんったらどうしたの? 1週間も休んだから席忘れちゃった? まだ席替えしてないからあそこのままだよ」

「そーだったそーだった! ア……ボクってばうっかり!」

 昨日のことを考えると、蘭ちゃんは男のフリをしてるから自分のことを男の子っぽく『僕』と呼んでるかもしれない。

 男子の一人称が『私』じゃダメな理由ってなんだろ? 大人になったらみんなそうしてるのに、なぜか今の年齢じゃ許してくれない。

 そーいや上野ちゃんどこにいるんだろ、おそらく蘭ちゃんと一番仲がいいはずなんだよね。きょろきょろ……いたっ!

 一人で大人しく予習してる。エライなぁ。そんなところ悪いけどおジャマしちゃうよっ!

「おはよう、上野ちゃん」

「上野ちゃん!? か、川中くん、おはよう……どうしたの、そんな呼び方しちゃって」

 えーーーっ呼んでないの!? も、もしかして下の名前とか!?

 ちょうど上野ちゃんが読んでた教科書に名前が書いてある。『上野うえの吉乃よしの』……

「あはっ、サプライズ、なんちゃって! 吉乃ちゃんだったよね」

「ええええっホントにどうしたの!?」

「どーしたの吉乃!?」

「いま川中くんに名前で呼ばれてなかった!?」

 うっそぉ……!? もしかしてシンプルに『上野さん』で呼んでたパターン!?

 近くで聞いてた彼女の友人らしきクラスメートの二人がビックリした顔でこっちに来る。

 えーんっ、絶体絶命っ!

「川中くん……お見舞いの時から様子がおかしかったけど、やっぱり倒れた影響なの?」

「そんなぁ、もし無理してるんだったら休んだほうがいいって!」

「あとで授業のノート見せたげるから!」

 うええん……! やっぱり……

 蘭ちゃんのフリなんて、ムリムリのムリすぎるーっ!

 心の中で泣いてても、顔に出しちゃいけない。

 アタシが学校に行く理由は、神主さんたちを心配させないため。先生や上野ちゃんとかだって心配してくれたんだから。

 たとえ自分を偽っても心配してくれる人がいるんだよ、蘭ちゃん。

 ……いや、もしかして……『偽ってるから』心配してくれてる、のかな……みんな本当の蘭ちゃんを知らないんだもん。

 本当の蘭ちゃんを知ったら……上野ちゃんも、離れようとするのかな。同じ女の子なのに、話が合うかもしれないのに……


 とりあえず授業はそのまま出ることにした……けど、先生の言ってることがよくわからない。ちんぷんかんぷん、とんちんかん。

 ありおりはべり、いまそかり……連立方程式……本能寺の変……炎色反応……むにゃ……


 はぁ、ずっと寝てたような気がする。寝てたって相も変わらず元の蘭ちゃんに会えないですし。おすし。

 気分も乗らないし~……本当に帰ったほうがいいような気がするっ。

「オイ、テメェ」

 ……なに? 声かけられた?

 席に座ってるアタシに近付いたのは、今からでも爆発しそうに眉間のシワを深~く刻んでにらみつけてるオールバックの男子。……なーんか、ヤバいカンジがする。

「なんか用?」

「1週間もバックレて戻ってきたと思えばよぉ、女子と絡みまくりやがって……目障りなんだよ」

「なに? ちょっかいなら受け付けてないんだけど」

 なんでクラスにこんなヤツいるの? ムカつくなぁ。同じ空気吸ってるってだけで悪いのを体に取り込んじゃいそうだよ。

 ブチッ、と血管が切れたような音がした。って、なんで胸倉掴んでくるの!?

 この様子を偶然目撃した女子がキャアッと悲鳴を上げた。できたら助けてほしい……!

「なんだナメてんのかテメェ!?」

「ちょっ、暴力振るうことが自己顕示になるの!? だっさ!」

「んだと……!」

 ひえええっ、こーゆう人って何言っても通用しないんだよねっ!

 女の子に暴力振るうような人……って、この人は男子に暴力振るうと思ってるのか。どっちも変わんないか!

 どっちにしてもウザいし、サイテーだし……ってゆーか、泣きそうだし!!

 しょーがないから男子のフリして冷静に対応してるけど……解決の糸口が見つからない。ねえ、蘭ちゃんだったらどうしてたの!? やっぱりビビって涙目になるのかな、暴力振るわれたことあるって言ってたし……

 んじゃぁ白旗上げます、降参、こうさーんっ!

「あ、アンタは? 女の子と話さないの?」

「あぁ? 話すだけでもディスられんだぞ、だからテメェが気に食わねぇんだよ」

 そりゃそんなカッコしてたら嫌われるでしょ、そのオールバックかわいくないよっ!

「じ、じゃあオールバックやめてコンタクトつけたら? 目が細いの、目が悪いからでしょ?」

「アァ? テメェ……!」

 ぐ、と胸倉を掴んでない手でこぶしを作り、力を入れる音を立てた。

 なんで不良ってこうも理不尽なことでキレるのかなぁ! アタシそろそろ泣いていいかな!? これでも感情的にならずにスマートにアドバイスしたほうだよ!?

 だから男子なんてイヤなんだよっ……!

「コンタクトなんて痛ぇに決まってんだろ!?」

「……え?」

 胸倉を放した手を恐怖で震わすオールバック。

 痛い? 不良がなに言ってるの?

「あんなの痛くて数分も入れらんねぇんだよ、だから裸眼で過ごすっきゃねぇんだ!

 髪下ろしてメガネなんてかけてみろ、オレ様がモッサリしちまうじゃねーか!」

「知らないよ、そこは美容師さんに相談してオシャレにセットしてもらいなよ」

「髪セットされてる間に話しかけられたくねーんだよ!! かといってお互い黙ってるのも気まずいだろわかんねーのか!?」

 だから知らないってば!!

「ちょっとキラキラネーム、また川中くんにちょっかいかけてるの!?」

「川中くんに目つけてんじゃないわよキラキラネーム!」

 キラキラネーム? この人、そんな名前なの?

「うっせぇ、これ以上オレ様の名前をディスってみろ、女子でも容赦しねぇからな!」

「……もしかして、自分でも結構気にしてる?」

「これ以上しゃべんなっつってんだろ女たらしがよォ!」

 アタシに顔を近づけて怒鳴るけど、そのこぶしは振りかぶろうとしない。

 声もさっきより高くなってるし、まるで図星をつかれて逆ギレしてるみたい。

 一応暴力を振ろうとはしないあたり、『容赦しない』っていうのはハッタリかな……

 蘭ちゃんビビっちゃうからそこまで見れる余裕は持てないよね。

「クソッ、急にチャラチャラしやがって……!」

「あのさ……名前って、願いを込められて与えられるものじゃん?」

「あぁ?」

「『キラキラネーム』だって、キラキラ輝ける人になれるようにってパパやママが名前をつけたんでしょ?」

 なんて、今朝会った人の受け売りなんだけどね。

 もう構わないから、最後にこれだけは言わせてよ。

「『キラキラネーム』くんならきっとなれるよ、だって元の顔立ちいいんだもん。ちゃんと美容師さんと相談して髪をセットしてもらえば、もっとキラキラしたイケメンになれるはず!」

「……テメェ……」

 わなわな、と肩を震わせる『キラキラネーム』くん。

 ……ちょっと、言いすぎたかな……

 アタシ、蘭ちゃん以外の人と関わったことがないから、人との距離感掴むのに慣れてないんだ。

 だから許して、なんて……通用するはずがない。

 まさか本気で殴らない、よね……!?

「オレ様の名前は『アスクレピオス』だッ! 『医』療の『神』と書いて! アスクレピオス!!」

 ……はい?

 あっ、もしかして名前間違えてた? キラキラネームくん、じゃなくてアス……なんだっけ?

 どーゆう意味なの、教えて蘭ちゃんっ!

 ……もちろん教えてくれるはずもない。

「もう忘れたとは言わせねぇからな! ……オレ様だって好きでこんな名前にしたんじゃねぇ、けど文句ばっか垂れてもしょーがねぇだろ……ったく、顔立ちいいとか初めて言われたぜ……」

 ……ホントはイヤだったんだ、その名前。

 とりあえず後で調べるね、アタシ神様のこととかあんまり分かってないから。

 日本人っておもしろいなぁ、漢字の読みに横文字を当てはめるなんて。最近の流行りなのかな?

 蘭ちゃんは……きっと自分の名前気に入ってないんだろうなぁ。女の子なのに『太』なんて漢字が最後に使われて。

 せっかくなら女の子みたいな名前に変えられればいいんだけど……

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