第1章 思い出話8

「春樹。飯食おうぜ。」


 昼食の時間になり隼人に話しかけられたが、朝のことが気にかかって仕方がなかった。無意識に三井を探していたが、辺りを見回すと、既に三井の姿はなかった。


「悪い。隼人。ちょっと落とし物したみたいだ。探してくるから先に食べててくれないか。」


「えっ。落とし物するには早すぎないか。」


「昨日、昼寝場所を探しててうろうろしていた時に落としたみたいだ。じゃあ行ってくる。」


 そう言うと、隼人は相槌を打って黙々と近所の上手いあんパンを頬張った。


 衝動的に走り出したが三井を見つけた時なんと声をかけるべきなのか考えていなかったことに気が付いてしまった。


 今朝のこと大丈夫だったかと聞くのも何か違う気がするし。隼人に言ってやろうかでは根本的に解決するとは思えない。


 自分が三井を探しに行って一体何を言うのだろう。昨日会ったばかりの自分は一体何ができるのだろう。ただ、迷惑がられるのではないのであろうか。気持ち悪がられるのではないか。そんな考えがよぎる。


 自分の能力のおかげで、人の気持ち、表情に敏感になってしまった。どこを歩いていても突然声が聞こえるので、聞こえた瞬間どうしてもびくりとしてしまう。ずっと彼らの声が聞こえ続けると、やはり探してしまう。それは、他人から見るととても不可思議な行動なのであろう。よく小さいころも変だと思われていた。だから少しでも自分のことを変と思われないように少しの表情の変化に気がつくようになり、表情の変化に気が付くようになるとその裏に隠れている感情を推察するようになった。


 昨日の三井の表情はとても無理をしていた。笑っているのに笑っていない。無理をすることの辛さは自分がよくわかっている。だから、彼女にはあんな顔をさせたくない。きっと、昨日のあの表情は気の置けない隼人と同じ学校でうれしかったけれど、嫉妬されたりするのは日常茶飯事できっと前も嫌なことをされていたのだろう。隼人が悪いわけでもないし、とても複雑な気持ちだったのだろう。


 そんなことを考えているうちに、彼女がいるであろうと推測したこれから入部する部活文芸部の『第二視聴覚室』に着いた。前まで行くと、物音が聞こえた。ガラッとドアを開けると、何か書いていた三井が驚いてこちらに目線を向けた。


「春樹君。どうしたの。」


 三井は驚いたようにただでさえ大きな瞳をより大きく見開きこちらを凝視した。俺も結局のところ言いたいこともまとまらず自分の語彙力のなさに落胆しつつも、今思っていることを素直に話すことにした。


「確かにどうしたんだろうな。三井のことが気になって。いや、正確に言うと、朝のことで気になって。三井、無理して笑っているような気がして。」


 そこまで言うと、自分の言ったことが自分でもよく理解が出来ず、三井はというとなぜか顔を赤くして、そしてこちらを見て「大丈夫」と笑った。


「ごっごめん。余計なこと言って。迷惑だったよな。」


「そんなことないよ。本当にありがとう。春樹君って本当に変わっているよね。あっ。悪い意味じゃなくて、思ったこと自然と口に出来るから素敵だなって。しかもちょっと気恥ずかしい言葉もストレートに。でも本当に大丈夫だよ。あんなことなんて慣れっ子で全く気にしてないからありがとう。」


 そう言ってまた穏やかなきれいな顔で笑った。何かが突っかかっているようだが、なんとももどかしく自分の言葉の不器用さに落胆し、がっくりと肩を項垂れた。


「そっか。何かあったら、俺でよければ相談に乗るからな。執筆中にごめんな。じゃあ。」


「あっ。ありがとう。」


 そんなありきたりな言い方しかできず、自分の言葉が恥ずかしくなって一方的に別れを告げそそくさと視聴覚室を後にした。扉を閉めるか閉めないかのところで三井は俺にお礼を大きめの声で言ってくれた。教室に帰ると、隼人はバスケ部の仲間と話をしていた。


「お帰り。見つかったか。」


「ああ。見つかった。ありがとう。」


リーーーーーーーーーーーン


 言葉を言い終えるか言い終えないかぐらいに、また大きな声が聞こえた。耳がおかしくなるほどの声だった。「この声は聞き覚えがある」そう思った俺は辺りをすぐに見回した。何ら変わらない教室の風景だが、何故か三井のことを思い出した。微妙な違いだが、俺には昨日の指輪の声に聞こえた。でも、近くではなく外から聞こえてきたような。風向きなのかな。


 また、昨日のように三井が落としてしまったのだろうか。だが、三井は視聴覚室にいるはずだ。ということは、誰かが持ち出したのであろうか。何のために。


「おい。春樹。どうしたんだ。」


「ごめん。なんでもない。耳鳴りがして。それにまたぼーっとして白昼夢を見ていたみたいだ。」


「お前。本当にいつでもどこでも目を開けながらでも眠れるんだな。しっかっりしろよ。」


 そう言って隼人は笑った。そして、声のことは気にはなったが、誰がどうしたのかまだ何とも言えなかったので、三井が帰ってきてから確認をしてみよう。そう思い、自分の席に座った。

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探偵は教室に @ahirunoie

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