第27話 レヴァリューツィヤ

 翌朝――血相変えて屋敷に駆け込んで来たエルザによって事態は一変する。


「お、落ち着いて下さいよ。一体何があったのですか?」


 ここまで全速力で走って来たのだろう。エルザが苦しそうに肩で息をしている。


「アゼル、水だ!」


「う、うん!」


 エルザにゆっくりと水を飲ませ、話しを聞く。


「それで、何かあったんですか?」


「こ、これをっ!」


「ん……手紙ですか?」


「いいから読むんだ!」


 エルザに急かされるまま手紙を読む。


 エルザへ。

 あなたに黙ってここを立つことを許して下さい。

 幼い頃からずっとあなたと育ってきた私は、やはりあなたに辛い思いはさせたくはない。

 あなたが私のことで心を痛ませていることは知っていました。

 唯一の友人であるあなたに、これ以上辛い思いはさせたくない。

 勝手な私を許して下さい。


 レイラ・ランフェスト。


 なんだこれ?

 意味がわからない。

 俺がアメストリアの喰魔植物を駆除するから婚約は破談になったんじゃないのか?


「どういうことですか? 何でレイラは婚約しに帰ったんです? 俺が駆除するって言いましたよね?」


「それが……」



「はぁぁああああああああっ!? まだ言ってないだと!? なんで! どうしてっ!?」


「昨日帰ってから言おうとしたんだが、レイラ様は自室にこもっておいでで……それに、やはり帝国のあなたに助けてもらうということを伝えるのは……気が引けて……」


 なな、何言ってんだよ!?


「それで、お伝えするのは明日でもいいかな~っと思っていたら……今朝目が覚めたら手紙が……」


 いやぁぁあああああああああああああっ!!


「何してくれてんだよ!!」


 これでレイラが結婚なんてしてみろよ! 最悪もあり得るじゃないか!

 一気に崖っぷちじゃないかよ!

 どうしてくれんだよっ!


「と、とにかく追いかけよう!」


 今ならまだ間に合うかも知れない。

 最悪、レイラが正式に婚約する前に駆けつければいい訳なんだ。

 だけど……もしも婚約してしまっていたら……。


 今さら王家の人間同士が婚約破棄なんてできる訳がない。

 それこそアメストリアとその国が戦争なんてこともあり得るぞ!

 そうなったら一貫の終わりじゃないか!


「レベッカはジェネル達を呼んできてくれ! アゼルはクレバに竜車を出すように頼むんだ! 俺は……ステラの所に向かってから合流する。いいな!」


「は、はい!」


「わかったぞ!」


「エルザさんはアゼルと一緒に竜車に乗って待っていて下さい!」


「わ、わかった!」


 クソッ、なんでこんなことになるんだよ!

 もしも、婚約の義を執り行う最中だったら……俺は花嫁を奪いにいくみたいじゃないかっ!


 どこのトレンディドラマだよ。

 こんな鳥肌もののシチュエーションが俺の人生でやって来ようとは、黒歴史確定だ!


 慌ててステラの自宅に向かうと、何故か彼女が庭先から俺の屋敷を睨みつけ……念力を飛ばしていた。

 ヤバ過ぎるだろ。

 宇宙人とでも交信しようとしているのか?


 あまりの悍ましさに足が止まってしまう。

 ヤバい……声をかけたくない。

 できることなら見なかったことにして、このままレジェンドスルーをかましたい。


「キャーーーッ、ステラのテレパシーが通じたのね! まさに以心伝心なの! ジュノス王子様!」


 無視したい……。

 が、そんな悠長なことを言ってる場合でもないな。


「す、ステラ!」


「はーい、ステラだよ!」


 めっちゃ笑顔で歩み寄ってくるじゃん!

 その弓を引くような仕草やめてくれるかな。

 正直……ドン引きです。


「ステラの恋の矢を打ち込んじゃった、てへっ」


 頭大丈夫かよ……。さすがの俺も絶句だわ。

 そんなことより、


「ステラ、何も聞かずに俺と一緒に来てくれ!」


「キャッ! 恋の矢の威力絶大なの! まさかジュノス王子様が駆け落ちしたいだなんて、ステラ感激!」


 一生言ってろ!


 ステラを確保した俺は急いで街の北側――クレバ達革命軍の本部へと向かった。

 そこには既にジェネル達も待機しており、俺はできるだけ手短に状況を説明した。


「つまり、アメストリアの危機を救いに行くと言うことだな、ジュノス!」


「さすがジュノ、他国にも寛大だなんてそれでこそ世界を導く次期皇帝だ!」


「ブブッー! 違いまーす。ジュノス王子様はステラと恋の逃避行をしたいだけなのでーす! あなた達はただのボディーガードなの!」


 頼むから黙ってくれ。

 竜車なら間違いなくレイラより先にアメストリアにたどり着けるはずだ。


「エルザさん、これなら先にたどり着けるよね?」


「…………」


 なんで黙るんですか?


「おそらく……レイラ様は天空を駆けるユニコーン車でアメストリアに向かわれたかと……」


「は?」


 ちょっと待ってよ、ペガサスじゃなくてユニコーンが空飛ぶの!?

 翼なんてないじゃない!

 インチキだよ、それチートだよね?


 放心状態の俺の気持ちなんてこれっぽっちも気遣ってくれないステラが、


「キャーーッ! 見て見て、すっごく見晴らしがいいの! まるで新婚旅行のようでステラ感激!」


 ――バシバシッ!


 ぁぁああああ! もうやめてくれよ!

 ステラが窓に顔を向けてこちらに振り返る度に、ツインテールが皆の顔面をバシバシと鞭のようにはたいてくる。


 考え事してそれどころじゃないのに……鬱陶しいんだよ!

 いかん、血管がぶち切れてしまったのか、先程から顳顬こめかみ辺りからブチブチと音が響いてくる。


 というか、この女わざと俺達に当ててるんじゃないだろうな。

 いくらなんでも的確過ぎるだろ。


「ちょっとジュノ、この子何とかしてよ! さっきから髪の毛がペシペシ当たっているのよ!」


「まったくだ! 狭い車内でマナーがなっちゃいない! アゼルでさえ大人しくしているというのに」


「ジュノス殿下!」


「今度は何?」


「アゼルが竜車酔いしたようです……」


「オイラ……吐きそう、だぞ」


「え……っ!? よせぇぇええええええええ!?」


 慌ててアゼルを窓際に座らせて、そこから地上に向かって吐かせようとしたのだが、


「あっ……」


 ジェネルがアゼルを持ち上げてステラの頭上からショートカットしようとしたのだが……見事に彼女の真上でリバースを決めてしまった。


「「「「……………」」」」


「す、ステラ……?」


「……………」


 どうやらショックのあまり気を失ってしまったようだ。

 車内はめっちゃ臭くなってしまったが、何故だろう。

 めっちゃ清々しい。

 ジェネルもシェルバちゃんもおまけにレベッカまで、何故かスッキリしている。


 レベッカに至ってはアゼルに飴玉のご褒美をあげている始末。

 ステラ……彼女は余程ウザいらしい。


 この3人から嫌われるなんて……もはや才能だよ。

 一ミリも欲しくない才能をふんだんに発揮なされている。

 仮にもヒロインなのに……。


 一方エルザは心ここに在らずだな。

 やはり、レイラのことで頭がいっぱいか。

 ここまで思われるレイラが正直羨ましいよ。



 散々な空の旅を終えた俺達は、エルザの顔パスで無事に国境を越えてアメストリア国――王都ストリアに到着した。


 街に降り立った俺達は、グリム童話に出てくるいばら姫のように、街中を根が覆い尽くした光景に絶句した。

 さらに、街はゴーストタウンのように静まり返り、疎らに行き交う人々は幽霊のように血色が悪かった。


「ジュノス殿下……何だか、体が怠くありませんか?」


「レベッカもなの! 実は私もさっきから体が怠くて」


「オイラも……ずっと目が回るぞ」


 アゼルの場合はただの竜車酔いだな。


「無理もありませんね。昨日お話しした通り、あの植物がこの大地に立つすべての生命力を吸い上げていますから」


「話しは聞いていたが……予想以上に酷いな」


 確かにジェネルのいう通り……これは予想を遥かに越えている。

 レイラの父、アメストリアの国王陛下が娘を差し出そうとしてしまうのも頷ける。


 このまま放置していたら、この国は確実に滅びてしまうだろう。

 ことは一刻を争うと言うことか。


「さぁ、すぐに城へ向かいましょう」


「ああ、そうだな」


 エルザの案内で城内に入ると、レベッカ達の体に変化が訪れた。


「あれ? 何だか急に楽になって来ました」


「うん、私も!」


「オイラも元気になって来たぞ!」


 お前の場合は竜車を降りて酔いが覚めただけだろ。


「城には強力な結界が張り巡らされているためでしょう」


「なるほど」


 さすがに国王までもが床に伏せる訳にはいかないもんな。

 しかし、アゼルの虹を頭から被って以来、ステラの意識が朦朧としている。

 まぁ、静かで助かるからいいか。


 それにしても……臭うな。

 ハエまで集っているし、あとでお風呂を貸してもらうといいよ。


「レイラ様!」


 謁見の間にやって来ると、エルザがこれまでで一番の大声を響かせた。

 すると両脇に控える兵と、玉座に深く腰かける国王が鋭い視線を俺に向けてくる。

 レイラは俺達の登場で驚愕に目を見開いて、固まってしまった。


「エルザ! どうしてあなたが!?」


「レイラ様……レイラ様が御婚約なさる必要はもうないのです!」


「どういうこと?」


「エルザよ、何故リグテリア帝国の第三王子がこの場にいるのだ」


「それは……」


 国王陛下は明らかに俺を警戒している。

 まぁ、無理もないか。

 彼らからすれば俺は憎き帝国の王子だもんな。一か八か挨拶と行くか。


「お久し振りでございます、国王陛下。現在私はレイラ姫と学友でございまして、何かお力になれればと思い、馳せ参じた所存でございます」


 膝を突き、深々と頭を下げる。

 レイラの父と面識は全くないが、いつかエルザが舞踏会で俺に会ったと言っていた。

 そのことを考慮すると、アメストリアの国王陛下と俺が会っている可能性は非常に高い。


 仮に会って居たとなれば、お初に御目にかかりなんて失礼過ぎるもんな。


「顔を上げなされ、ジュノス殿下」


「はっ!」


「して、我が国に何用かな?」


「はい。今回はアメストリア国に発生した喰魔植物を駆除すべく、エルザさんと共に駆けつけた次第でございます」


「あなたが駆除を!? どういうことなの、エルザ」


「勝手なことをして申し訳ありません。私がジュノス殿下に懇願致しました。どのような処罰もあとで受けるつもりです」


「エルザ……」


「しーしっしっしっ。リグテリア帝国第三王子があれを駆除すると? 正気ですかな?」


 誰だ……? 

 突然、音もなく影のように現れた男。

 粘着質な声音は見た目通りと言うべきか、漆黒の髪を肩口で切り揃えられたウェーブヘアー。

 さらに、イカスミパスタでも食したのかと二度見してしまうほど真っ黒な唇、何とも禍々しい容姿だな。


 まるで絵に描いたような悪役面だ。


「しーしっしっしっ。ジュノス・ハードナー第三王子、御初に御目にかかります。私、レヴァリューツィヤ国から参りました、セルバンティーヌ・マッコル・ノイッティシュと申します。以後お見知りおきを」


 なるほど。こいつがレイラを迎えに来た他国の使者という訳か。


 ふぅー、良かった。まだ婚約は成立していない様子だな。


 しかし、セルバンティーヌと名乗った男は、気味の悪い薄笑いを浮かべながら白眼視を向けてくる。

 その顔にエルザの表情が歪み、曇っていく。

 まるで初めて会った時に俺に見せたような顔だ。 



 それにしても、随分とわかりやすいシナリオの収束だな。

 レヴァリューツィヤ――ロシア語で革命か……。

 とりあえず、全力で叩き潰すのは確定のようだな。

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