第5話 真向かいの部屋の坊やに紙芝居を届ける作戦

「なあ、遥。頼みがあるんだけど。」

 森一が、スケッチブックの絵に釘付けになっている遥に声をかける。


「なにかしら?」


「あの子の先生に、うちの劇団のワイヤレスマイクが、あの坊やの病室で使われている医療器具に影響しないかどうか確かめてほしいんだ。」


「それならお安い御用よ。

 ちょうど、あの坊やが使っている医療機器のメーカーさんが、今日病院に来ることになってるから聞いてみる。

 そうねぇ、ワイヤレスマイクが実際にあれば、よりいい検証ができるんだけど。」


 と遥が言い終わるタイミングで、清水優哉が大きな袋を持って森一の病室に現れた。


 隣には優哉の彼女で同じ劇団員の里岡佳帆もいた。

佳帆は、遥と同じ看護師学校の卒業生で3つ下の後輩。優哉を通じて知り合い、あっという間に意気投合して、今では優哉抜きでも会う仲になっている。


 3年ぶりに揃った四人で、一通りの挨拶を済ませると、


「シンさん、言われていたものを持ってきました。」

 と優哉が手に下げてきた袋の中を見せた。中には小型のアンプスピーカーとワイヤレスマイクが入っていた。


「手際いい。じゃあこれ、そのままお借りしていい?先生のところに持って行っておく。」


 と遥が言うと、頷く優哉から袋を預かり、遥は急いで病室を出た。


「頼むわ。」という森一の声とともに見送っていた佳帆が、何かを見つけたように窓に駆け寄り、向かいの病棟の真向かいの部屋に向かって手を振った。


「あ、おねえちゃん、こんにちは。」坊やの声が響く。


 その声に森一も優哉も窓に駆け寄って、ちょっと疲れた様子の坊やに声をかける。


 やがて坊やは、付き添いのお母さんに促されて部屋の奥に戻って行った。改めて窓辺にお母さんが一人で現れ、彼らに笑顔でおじぎしてまた戻って行った。


 坊やを見送り、振り返った優哉がベッドに置かれたスケッチッブックを見つけて


「シンさんこれっすね、未来環境防衛隊ドラゴンマン。」


 佳帆にも見せながら一枚一枚めくっていく。

 レッド、ブルー、イエローの三人編成。イエローだけが女性キャラクターだ。


「これを、拡大してパネルにすれば、向かいの坊やに紙芝居を見せることができる。 音をワイヤレスマイクで飛ばせば、他の子の迷惑にならないで、坊やの部屋だけに音が届くってことね。

 シンさんと優哉が、何をしようとしてたのかがやっと理解できたわ。

 で、私がイエローのセリフを担当させてもらえるのよね。」


 佳帆が嬉しそうに森一の顔をみると、横から優哉が


「いや、佳帆の担当はネクラッシャーだろ。」

 と怪人が登場するページにスケッチブックのページを送った。


 森一は

「それも面白いな。でもやっぱり佳帆ちゃんにはイエローをやってもらう。」


「ほら!」

 と佳帆が優哉の顔を覗き込む。


 それを見て森一は、ニヤッと笑って

「ただな、それだけでは終わらない。いいか、まあちょっと聴け。」


「聴いてます。」という優哉の首根っこを掴んで引き寄せた。


 その優哉の顔の隣に佳帆が顔を並べて森一の言葉を待つ。


「実はな…」と森一が話し始めた内容に、優哉は面白がり、佳帆は小躍りした。

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