第3話

 バックベアード――アメリカの魔物として知られている存在だ。

 その正体は、黒い雲。そこに有毒なガスが含まれており、時折、白昼堂々に街中で現れて人々の目や喉を傷めつけていく。

 一般人は、光化学スモッグと断定しているが――本当は彼らの仕業だ。


「だけど、まさか――あの雲が全部、異境の民……!?」

「リントさん、驚いている暇はありません――どんどん、あれから敵が降っています!」

 アイリが警戒を促すように告げる。それに我に返り、僕は構えを取り直す。

 兄さんも息を吸い込み、平静を取り戻しながら落ち着いた声で言う。

「なるほどな、異能改造――それで人工的に作り出した、妖魔か……反吐が出る。それを、航空機のようにして、仲間を運んでくるとはな」

「卑怯はお互い様よ……さて、のんびりしていていいのかな?」

 ビッグフットは余裕綽々――悔しいが、確かに数の利は覆ってしまった。のんびりしていれば、ここを敵に包囲されることになる。

「さて、もう一つ付け加えれば……バックベアードは、もう一つ、ここの南に向かっている。この意味が、分かるか?」

「なるほど、あくどいな。里まで襲う気か」

 抜け目がない。まさにあくどい采配に、兄さんは舌打ちをする。

 その言葉に、サラは息を呑む。ビッグフットは不気味に優しい声色で告げる。

「降伏して、被験体を渡せば悪いようにはしないぞ?」

 悪魔のささやき――だが、兄さんは一顧だにしなかった。不敵に笑い、鼻で笑いながら拳を構えて言い放つ。

「俺は、仲間を見捨てない――みんな、頼むぞ」

「もちろんだ」

 そもそも、ここで降伏してもみんなが無事で収まるとは限らない。

 となれば、僕たちのやることはたった一つ――。

「こいつらを、ぶっ飛ばして全てを終わらせる――それに、限るな」

「うん、早く戻ってお兄ちゃんに甘えたいしね」

 サラは朗らかに言いながら、僕の隣に並び、そっと寄り添ってくれる。

 愛しい恋人の気配に頬をゆるめながら、僕はゆっくりと拳を構える。それに兄さんは笑みをこぼし――真剣な目つきで告げる。

「いけるか」

「もう準備はできているよ」

 封印を解いたときから、準備はしていた。腹の底で燃え盛る炎――それを絶やすことなく、たぎらせ続けていた。

「よし――合図でやるぞ」

「了解。三人とも、下がってくれ」

 僕とハルトのやり取りに感づき、サラ、アイリ、クズハは後ろに下がる。それを敵たちは警戒するように構える。

 だけど――遅い。これは生半可な防御では防げるはずがない。

「――よし、今だ! やれ!」

「了解。兄さん!」

 その合図と共に、喉の奥を開き、口を大きく開く――肚の奥底の灼熱を一気に汲み上げるように、それを一気に解き放った。

 眩い閃光と共に、奔流となって熱光線が一気に噴き出した。

 竜人の必殺技――竜の息吹。

 だが、それだけで終わらない。兄さんが一拍遅れ、目を細めて喉を開く。

 その口から一気に噴き出たのは、空気。疾風怒濤の嵐となって、その気流は素早く僕の竜の息吹と合流――。

 何か気づいたように、敵は慌てだすが――遅い。


 直後、凄まじい勢いで前方が爆裂した。


 轟音と共に、爆風が吹き荒れる。僕と兄さんは風に乗るようにして、後ろへバックステップ――すぐさま、体育館から離脱する。

 そこには、すでにサラ、アイリ、クズハがいる。クズハは変化を解き、短刀を構えながら僕たちに駆け寄ってきた。

「ハルト、アヤメは逃がした。里の人たちと身を潜めている」

「四方が敵だよ、お兄ちゃん」

 サラが犬耳を跳ねさせ、警戒するように周りを見渡し、いきなり振り返る。

 そこから駆けてくる無数の影。僕たちは一斉に構えを取り――。

 いきなり、そこが爆散した。

「――え?」

 思わず目を丸くする中――ふぅ、と可憐な吐息が耳を打つ。

 振り返れば、そこにはアイリが拳を突き出した姿勢で構えていた。涼しげな目つきで髪を払う。その額からは、めき、めきと角が生えつつある。

「ここなら、私も手加減しなくても大丈夫ですね……ふふっ」

 その小柄な身体は徐々に力を増していき、紅い靄を漂わせる――その瞳もまた、鮮やかな紅に染まりつつある。

 ハルト兄さんは少しだけ苦笑いを浮かべる。

「さすが――かの桃太郎と激戦を繰り広げた、鬼の末裔……」

「あまり可愛くなくて好きではないのですが――皆さんのためなら、喜んでこの力、震わせていただきますよ」

 そう言いながら、彼女はどこに隠していたのか、ひょいと長い棒を取り出す――。

 その棒は金属バットの二倍くらいありそうな長さで――さらに先端にはごつごつとした針が並んでいる。まさに、鬼に金棒――。

「よし――生け捕りにこだわるな。全員を、無力化する」

 ハルト兄さんの言葉と共に、全員が背を守り合うように円陣を描く。

 構えた中で、兄さんは頼もしい一言で、みんなを鼓舞する。

「家族で守り合い――家族で、家に帰ろう」

「おう!」

 その言葉と共に、影が一斉に襲い掛かってくる――戦の火蓋が切って落とされた。


 ――その頃、少し離れた山間では。

 激しく車を駆けさせていたアヤメが、ある地点でゆるやかに停車する。周りの木立から、一斉に黒ずくめの男たちが飛び出る。

 敵ではない――南総里見の、里の者たちだ。

 アヤメが車から降りると、里の一人がその傍に膝をついて頭を垂れる。

「すまない、アヤメ殿。まさか、空から降ってくるとは思わなんだ」

「いえ、我々も想定外でした――ですが、備えが役に立ちましたね」

「うむ――里見の結界よ。即席だが、一晩くらいなら役に立つ」

 そう告げるそこは、不思議な気配に包まれていた。そして、絶えず里見の人間たちが警戒を怠らない。頼もしいことこの上ない。

「ここにいる限り、指一本触れさせぬから安心せよ」

 里の者が太鼓判を押す――アヤメは頷き返しながら、視線を背後に向ける。

 そこでは激戦を繰り広げる仲間たちがいるはずだ。

(ハルト様、どうか御無事で――)

 そう願った瞬間――どこからか、不穏な気配を感じた。

 眉を寄せる。車を振り返り、中にいる少女を見やる――見ると、彼女は胸を押さえて前かがみになっている。

「ふぃ、フィアさん? 大丈夫ですか……!?」

 慌てて扉を開けて駆け寄る。その彼女から漂う、禍々しい何かに思わず眉を寄せる。

 瞬間、彼女は押し殺した声で告げる。

「みん、な、逃げ、て……!」

「――え?」

「力が、抑え、きれな――」


 そう言った瞬間、不気味な脈動が虚空に響き渡った。

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