第6話

 どこからか、遠くの車の音が聞こえる――。

 それほどに、静まり返った夜――街もまた、夜に沈んでいる。

 街灯がぼんやりと、道を照らすだけ。その住宅街は、闇に沈んでいる。わずかな光と、遠くからの音――どこか、世界から切り離されているようにも感じる。

 その中に静かに滑るように動く人影たちも、音も光も発しない。

 その複数の人影は、身振りでコミュニケーションを取り合うと、速やかに散開――住宅街の中を這うように進んでいく。それを、見咎める者は、いない。

 足音も、気配もなく、散開した人影は真っ直ぐに一つのアパートに進む。ぼろぼろになっているアパートの階段を、複数の人影は音も立てずに歩む。

 屋根から、ベランダ側から、人影たちはそのアパートの一室を包囲するように、配置。そして、一つの人影が正面の扉をこっそりとピッキングで開け――。

 勢いよく、中に突入して――人影たちは、足を止めた。


 そこは、もぬけの殻――何も、いない。


「あははぁ、よくもまあ、こんな囮に三十人も引っ掛かったもんだ」

 不意に、声が降り注いだ。弾かれるように、人影が振り返り――弾き飛ばされる。転がるように部屋の中に放り込まれる。

 いつの間にか、部屋を包囲していた人影は――無数の人影に包囲されていた。

 背後を衝かれ、次々と打ち倒され、部屋の中に放り込まれていく襲撃者たち。その様子を眺める、犬耳の異境人たちは顎に手を当てて告げる。

「しかし――上手く罠に掛けたとはいえ、三十人も……こんな刺客が、各地に散らばっているのか……」

「ああ、昨日は南総里見の付近で。一昨日は、東京で、らしい」

「餌を撒けば、食いつくわけだ――さて、俺たちも加わって仕事をしようか」

「おうさ、キメラの阿呆どもを拘束するか」

 こき、こきと手首を鳴らしながら、異境人たちは外敵に向かっていく――。

 一連の動きは、全て静寂の中で消えて行った。


「――そう、ですか。世話をかけます」

『いや、気にしなくてもいい。そっちは、あまり派手に動かないでくれ』

「了解しました」


 電話を切り、居間を振り返る。

 そこでは、携帯ゲーム機で熱心に対戦している、二人の影があった。無線接続でテレビに移し、コントローラを振る勢いで熱中している。

 画面では、上下左右に自在に飛び回りながらぶつかり合うキャラクター。

 某有名な、四人対戦の乱闘ゲームである。

 フィアが家で暇そうにしているから買ってみたが――案外、正解だったのかもしれない。


「このハンマーで、逆転――あっ!」

「ハンマーは、弱い――格好のエサ」


 K.O.のゲーム音が鳴り響き、サラは悔しそうにその場で地団駄を踏む。僕は苦笑いをしながら、サラの隣に腰を降ろした。

「さすがにサラが学校に行っている間、フィアはずっと遊んでいるからな」

「日本は、いい国。こんな娯楽があるなんて」

「この一件が終わったら、ハルト兄さんに買ってもらえ――言っとくけど、兄さん、この手のゲーム強いぞ? FPSに関してなら負け知らずだし」

「FPS……?」

「ざっくり言うと、シューティングゲーム」

 そう言いながら、サラに手を出す。むすっと彼女は頬を膨らませ、コントローラを手渡してくれる。それを握り、キャラクターを選び直しながら僕は笑いかける。

「さて、サラの敵討ちといこうか――手加減はするよ」

「む、ピンクの悪魔とは……舐めプ」

「意外と強いからな?」

 そんな会話をしながら、ゲーム開始――序盤から一気に畳み掛け、背後をつき、掴み技で振り回し、スマッシュを仕掛け、追撃、叩き落とす――。

 ほとんどワンサイドゲームで封殺すると、今度はフィアがむくれる。

「むぅ、あのふざけた造形で、あんなポテンシャルを……」

「復帰率が高いから、初心者にオススメのキャラだ。四人対戦のとき、上をふよふよ飛び回って、メテオ仕掛けるだけで割と勝ち残れる」

「お兄ちゃん、里の頃からこれ強かったよねえ……」

 サラはしみじみと言いながら、いつの間にか僕の膝の上を陣取り、犬耳をぴこぴこ跳ねさせている。コントローラを手渡し、サラがまた対戦を始める。

 ちなみに、里では古いカセット式のゲーム機があった。

 雨の日は、子供たちはずっとそれで遊んでいた。

 最新のゲーム機でやるとは正直、思っていなかったが――案外、手が馴れると簡単だ。

「背中を取ることに集中した方がいいぞ、ダッシュを駆使して」

「はい、だめー」

「ひゃうっ!」

「スマッシュの鼻先に突っ込んだら、あかんだろ……」

 夕食後の、穏やかな一時――今のところ、ここの拠点が襲われることはない。

 ハルト兄さんの、陰陽師の応援があり、認識を狂わせる術を掛けてくれている。そのせいで、刺客たちは正確な位置を掴めず、囮の他のアパートで面白いように罠にかかる。

 それを、里の協力者たちが、淡々と処理をしていた。

「――お兄ちゃん、やっぱり、攻められているの?」

「ん、ああ、今日で五件目だ。もう捉えたキメラの諜報員は百人近い。どれだけ、人員を投入する気なのか……」

 ちらっと無表情でリモコンを動かすフィアに視線をやる。

 それだけ、相手が欲しがる切り札――異能実験。どんな被害を、受けて来たのか……。

 だが、それを詮索するのは、僕の役目ではない。

 ただ、護り抜くだけ――それを考えればいい……。

「――それにしても、フィア、強すぎない? キャラ変えようよ」

「だめ、このキャラが一番強い」

「むぅ! お兄ちゃんんんん!」

「はいはい……今度は電気ネズミで相手しましょうか」

 苦笑い交じりに、バトンタッチ。今は、このゲームに興じよう。

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