第1話 Side Epsode - Sara

 リントがフィアンメッタと出会っていた頃――。


 少し離れた高校の教室。そこで学友と話していたサラは、不意に、びくんと身を震わせた。慌てて辺りを見渡し始めたサラに、話していた女の子が目を見開く。

「ど、どうしたの? サラちゃん」

「い、今、何か嫌な予感がして――」

「そんな、野性の勘みたいな……」

「ううん、これは確信――きっと、おに……リントに、何かあった……!」

「リント……ああ、サラちゃんの彼氏さんだっけ」

「何々? 雪子とサラは、男の話ー? 混ぜて混ぜてっ、ついでにごはんも一緒にしよ!」

 時間は丁度昼休み、一人の元気な少女が交じってくる。

 机をくっつけ合い、三人でお弁当を広げながら――サラは、そわそわとし続ける。

「え、どったの? サラ」

「あ、朱美は聞いていなかったっけ。なんか、さっき急にびくってして――それから、彼氏さんに何かあったんじゃないか、って心配しているの」

「わぁ、すっごい。テレパシーじゃん――ちなみに、その彼氏さんって年上? 噂だと、大学生の人って聞くけど」

「噂? 私の?」

 きょとんと首を傾げるサラに、大人しめな友達、雪子は苦笑い交じりに告げる。

「何しろ、九月に急な転校生だったから――みんな、注目しているよ。特に、その直後にあった出来事が、本当にね……」

「里見伝説、って言われるくらい、電撃的だったよねぇ」

 雪子と朱美は二人で笑みをこぼし合う。その笑みは、どこか憧れを含んでいる。


 サラが転校してきたその三日後――彼女は、校舎裏に呼び出されていた。

 呼び出した相手は、野球部のキャプテン。爽やか系の男子であり、某芸能事務所からスカウトされた前歴もあるらしい、俗にいうリア充イケメンである。

 その彼が、告白しようと、した瞬間。


『話しかけないで下さい』


 その理不尽なまでに暴力的な一言が、彼をぶった斬ったのである。

 固まったその先輩に向かって、サラは笑顔で容赦なく追撃した。


『彼氏以外の男に一切興味ないので、消えて下さい』


 ――凄まじいほどの笑顔なのに、殺気すら感じさせる目つきだったらしい。


「思い返せば返すほど、えげつないよねぇ、サラって」

「消えて下さい、はすごかったね」

 ちなみにその先輩は三か月ごとに、恋人が変わるロクでなしだった。そのため、女子の間からは凄まじいほどの快哉があがり、こうやって伝説と化している。

 友達二人が尊敬の眼差しで見つめるが、サラは平然とお弁当を食べ進めている。

「ん、まあ、リント以外、興味ないからね……見て、これもリントの手作りなの」

「わぁ、すごい……っ!」

 雪子が弁当箱を覗き込んで目を輝かせる。そこに並んでいるのは、出巻玉子にきんぴらごぼう、ホウレンソウのお浸し、緑黄色野菜の煮こごりだ。

 思わず半眼になりながら、朱美が小さくつぶやく。

「煮こごり作れる、大学生の彼氏? どゆこと?」

「すごく女子力高いのね……羨ましい……」

 二人のため息に、サラは嬉しそうに笑みこぼれる。

「まあ、昨日のお夕飯の残りなんだけどね。私がお願いしたら、お弁当用の出巻玉子も作ってくれて……リントの出巻玉子、大好きなのっ」

「羨ましい……主夫系男子かぁ……」

 サラの惚気に、雪子は頬に手を当てて羨ましそうにため息をつく。朱美はその甘さに辟易するようにため息をこぼし――ふと、眉を寄せる。

「うん? ちょっと待って、夕飯の残り、つった?」

「うん、そうだけど?」

「え、二人もしかして同居しているの!?」

「え、うそっ!」

 女子二人が色めき立つ。あはは、とサラは首を振って否定する。

「そんな、同居なんてしていないよ」

「あー、そうだよねぇ、せいぜい、お泊りくらいか……」

「ううん、泊まりじゃないけど――アパートの隣の部屋だから、すぐに遊びに行けるし」

「へぇ、羨ましいです……ん?」

 ふと何かに気づいたように、雪子と朱美は顔を見合わせる。

「確か、サラちゃんは一人暮らしで――」

「その彼氏も、一人暮らしで――」

「部屋が、隣同士?」


 それって実質、同居状態では?


 疑問符を浮かべる二人を余所に、サラはまだそわそわと落ち着かない。

「うう、リントに何かあったらどうしよう?」

「まさかぁ、今日日、命の危険性なんてないよ。あるなら――貞操の危機?」

「どうでしょうか? でも、聞いている限りだと、高スペック彼氏ですよね」

「うんうん、サラの話を聞くと、イケメンで気が利いて」

「大学生なのに家事万能の主夫系男子ですか――優良物件ですね」

「私だったら、放っておかないかなぁ、ちょっかい掛けちゃうかも」

 冗談交じりの口調で言い合う雪子と朱美――徐々に、サラの目からハイライトが消えつつあることに気づかないまま。

 ふらり、と幽鬼のような足取りで立ち上がるサラ。

「さ、サラちゃん? どうしたの? そんな蒼白な顔色で――」

「目も虚ろだよ、さ、サラ?」


「――早退する。今すぐ、帰らないと……っ!」


 不意にかっと目を見開き、彼女は教室から飛び出そうとする。慌てて、朱美がその腕を掴み、雪子が肩を掴んで引き留めようとする。

「じょ、冗談だって! サラ、大丈夫だからっ、ねぇ、サラっ!」

「正気に戻って、サラちゃん――うう、引っ張られる……!」

「うおお、二人がかりで引っ張られるなんて……美里、ユカリっ! 手伝って!」


 その昼休み、暴走したサラは級友の制止を振り切り、早退を敢行しようとする。

 級友五人がかりで食い止めようとしたが、鬼神の気迫に引きずられ続け。

 そのうちの一人が発した説得の言葉――『今の姿、リントさんが見たらどう思うのかな!?』という声に我に返り、事なきを得たが――。

 この騒動は、クラスのみならず、学校中に知れ渡り。

 転校生、里見サラ伝説は、加速を続けるのであった。

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