第9話

 思いがけず、和気あいあいとした食事だ。

 サラが出巻玉子に箸を入れ、ふわっと出汁があふれるのに目を輝かせ。

 拓朗が味噌汁を絶賛して、インスタントだと突っ込まれ。

 笑顔と、会話が絶えない食卓。久々に、身も心も温まる食事だ。

「お、楽しそうだな。鈴人。そんなに出巻が上手くいったのか?」

「いや――こんな、にぎやかな食卓なんて久々だからな」

 寂しい奴だな、とからかわれるか? と覚悟したが――思いのほか、拓朗はしみじみと頷き、味噌汁を口につける。

「まあ――基本的には、一人暮らしだからな。俺んちの騒がしさが懐かしいぜ」

「大阪の食卓か、騒がしそうだな」

「なんつっても、五人兄弟だからな」

「うわ、やかましそうだな」

「想像通りだと思うぜ――そういや、気になっていたんだけどよ」

「ん? なんだ?」

 空いたマグカップに、サラが緑茶を入れてくれる。片手と目つきで感謝しながら、それを受け取って口をつける。

「二人って付き合っているのか?」

「おぐっ!? ――げほっ、ごほっ」

 噴き出すのだけが堪えたが、気管に茶が入ってむせ返る。な、何故にいきなりそんな話題を――! 目で抗議すると、拓朗は肩を竦めた。

「いや、だって、二人の台所に並んでいる姿――なんつーか、夫婦?」

「夫婦?」

 ちらりと視線を向け――サラがその手にあるのは、色違いで、お揃いの茶碗。

 ふと、視線を上げれば、目が合う。じっと三秒間見つめ合って――。

「――ッ!」

 同時に視線を逸らすと、拓朗は呆れたように半眼になって、一言。

「お前ら、付き合っちまえよ」

「いやいや、待て待て……! サラは幼なじみで言うなれば、妹みたいなもんだぞ!? そんな、付き合うとか……」

「鈴人、鈴人――横、見てやれ」

 拓朗の生暖かい視線と声に視線を移すと、むくれたような表情でサラは上目遣いで。

「――リントの、ばか……」

「……ぐっ、その……すまん……」

 お兄ちゃん呼びよりも、思いのほか、破壊力抜群だった。

 顔を押さえながら視線を逸らすと、拓朗はしみじみ緑茶を飲みながら、一言。

「ごちそうさま。心も体もお腹いっぱいだわ」

「ぐっ、からかうだけからかいおって……」

「いいじゃねえか、くそっ、悔しかったらおすそ分けしやがれ」

「それは、拓朗がモテないのが悪いんじゃねえか……っ!?」

「なにい? いくら親友でも言って良いことと悪いことがあるぞ……!」

 軽く言い合っていると――くすくす、とおかしそうにサラが肩を揺らす。

「二人とも、仲良しだね」

「そりゃ仲がいい方だが……不本意だが」

「不本意とはなんだッ!」

 とは言いながら、仲がいいことは否定しない拓朗。いいやつである。

 まあまあ、と言いながら、サラは拓朗の湯呑に緑茶を入れる。まったりとした空気が流れ、ゆるやかな時間が流れる。彼女はすっと席を立って食器を片づけ始める。

「あ、手伝うぞ?」

「ううん、リントに食事作ってもらったから。昨日も作ってもらったし、洗わせてほしいな」

「まあ、そういうなら任せるが……分からなかったら、言ってくれよ?」

「うん、分かっている」

 サラの後ろ姿が台所に消える。それを見届けながら、拓朗はすすっと身を寄せてきた。

「――昨日も一緒に飯? ほとんど、同棲しているんじゃねえか。まさか……泊まっているとか?」

「いや、さすがに宿は別にあるぞ?」

 昨日は、ここに泊まって、むしろ同衾さえもしていたが。

 拓朗は少しだけ安心したように息をつく。

「おう、ならいいが。この辺か?」

「ああ、隣の部屋」

「同棲してんじゃねえか」

「いやいや、違うだろ!」

「やかましい、どちらにしろ、一つ屋根の下だわ!」

 その表現は確かに間違っていない。思わず言葉に詰まると、拓朗は半眼で言う。

「いずれにせよ、折角、来てくれた幼なじみなんだろ? あれだけ好意を明らかにしているし……お前も、満更ではなさそうだし」

「満更ではない……って」

「言わせねえぞ? 初対面の女には、いつも身構えているようなスタンスのお前からしてみれば、信じられねえ顔の緩みっぷりだ」

「――う……」

「まあ、あれだ。少なくとも、気持ちははっきりさせとけって。そっちの方が、お互い暮らすにあたって、気は楽だぞ?」

「拓朗――いつもの色ボケはどうした」

「うっせ。年がら年中、色ボケしているわけじゃねえわ――ダチの心配はする」

 そっぽを向いて言う拓朗。なんだかんだで、いいやつだ。

 ふんふん、と楽しそうに皿洗いをするサラを二人で見つめ、少しだけ黙り込む。

 ふと、拓朗が小声で言う。

「ちなみに、お前――鮭何切れ焼いた?」

「八切れだが」

「俺、二切れ食ってお前、一切れだよな? ――ってことは、サラちゃん……」

 やはり、よそ行きの顔をしていても、サラはいつも通り、しっかり食べていたようだった。

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