時計塔の番人~はじまりの日時計

鵜川 龍史

時計塔の番人~はじまりの日時計

 あなた! ここまで、いったいどうやって登ってきたんですか!

 その表情……執念、ですか。

 そうまでして、本当の時間が知りたかった、とでも……?

 いや、単にタイミングが良かったというだけかもしれませんね。まったく、運がいいというのも考えものだ。

 ええ。確かに、ここからならば、天空の文字盤を見ることができます。

 どうして、っていう顔ですね。

 どうして、こんな、誰にも見えないような高い場所に文字盤があるのか、って言うんでしょう。

 時計塔は、人々に時間を知らせるのが役目です。そういう意味では、この建物を時計塔と呼びたくなるのも、分からないではない。

 そもそも、地上の人々がこの建物を時計塔と呼んでいるのはなぜでしょうか。

 問題は「時計」の部分ではありませんよ。どうして、人々がこの建物を「塔」だと考えているのか、という話です。

 大地からまっすぐに、天に向けて一階また一階と積み重ねていった建物――それを「塔」と呼ぶなら、確かに、この建物はそう見えるかもしれません。

 実際には違うのですよ。

 宇宙空間のある一点に生まれた時計の文字盤――全ての始まりは、ここにあります。この世の時のはじまりに、長針と短針を備え、十二の目盛りを刻んだ、完全なる文字盤が生まれたのです。いや、この文字盤の誕生が、時間を生み出したと言った方が正確かもしれませんね。

 やがて文字盤は、その依り代とすべく、正十二面体の時計室を作り上げました。

 そうです。あなたと私が今いる、この部屋のことです。

 全ての始まりは、文字盤だったのです。時計の文字盤が生み出した空間が、この部屋であり、この時計室が地球の外殻に下ろした一本目の脚、それこそが、あなたが今、登ってきた塔なのです。

 そう、一本目ですよ。ご存じなかったんですか。この時計室は、地球の外殻に全部で二十四本の脚を下ろしました。と言っても、そのうち半数は海に突き立てられていますし、残り半数のうち七本は、戦争で失われてしまいましたが。

 さて、それぞれの脚がこの時計室に接続するのは、一日のうちわずか十秒だけ。その瞬間を逃せば、脚の頂上には、つるりとした球状の関節があるだけです。

 そこを時計室と勘違いして滑り落ちた人は数知れず。もちろん聞いたことはありますよね。流星になった人々の物語を。星になって天に昇らずに、炎に包まれて地上に降り注いだ人々の話ですよ。

 だから、運がいい、と言ったのです。

 そして、考えものだとも。

 あなたのような人がいるから、ここを訪れようという人が、いなくならないのでしょうね。塔を登り、流星になって降り注ぐこともなく、帰ってくることもない人々――彼らの存在は、地上の人々に、時計塔の向こうの世界を夢見させる。

 そう。あなたは、ここがどういう場所か知らずにやってきた。分からないからこそ希望があるのだと勘違いして。

 まったく、真実を目にするのが先か、焼け死ぬのが先か……。

 いやいや、私に怒りを向けるのは、お門違いというもの。この時計がどういうものか、少し考えてみれば分かりそうなものですが。

 確かに、あなたが登ってきた塔は、はじまりの日時計と呼ばれています。塔の周囲に暮らす人々に時を与え、後に生まれる文明の礎となった。時を知らせ、時を使うことを教え、季節を理解し、自然に寄り添うことを教えた。

 彼らの生み出した都市は、そのまま日時計の文字盤となり、世界に広まっていく秩序の中心となった。

 それで満足しておくべきだったのです。人間はいつでも分不相応なことを考える。

 あなたが耳にした、天空の文字盤の噂――それを聞いて不審に思いませんでしたか。

 日時計に文字盤はいらない。大地がそのまま文字盤になっている。

 そもそも、塔の頂上は地上からは見えないほどの高さです。地上から見えない文字盤が、地上の人々の時間を刻むとでも?

 ええ、天空の文字盤はあります。確かにここにあります。それなら、どうして、ここに文字盤があるのでしょう?

 日時計――確かに、これは日時計かもしれません。

 ああ、近づいてきた。

 随分と暑そうですね。腕が火ぶくれしはじめましたか。そんな軽装で登ってくるべきじゃなかったのです。

 流星になった人たちは、あなたよりずっと幸せだったかもしれません。うまくすれば、地上に到達する前に、何なら全身に火が回る前に、気絶してしまえた可能性がある。

 あなたは、そうはいかない。ここまで来たからには、生きながらに焼かれる苦しみを味わわなくてはなりません。

 せっかくなら、文字盤を見ていきませんか。部屋の真ん中に梯子があります。そこから天井に向かって上がっていって、少し脇にあるハッチを開けてください。

 完璧な美を体現した文字盤だけじゃない。その文字盤を確認するために近づいてきた太陽の姿も、はっきりと目にすることができるでしょう。

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時計塔の番人~はじまりの日時計 鵜川 龍史 @julie_hanekawa

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