黒船戦記

@crea555

第1話

 泰平の

 眠りを覚ます

 上喜撰

 たった四杯で

 夜も眠れず

 

 その日、アメリカ合衆国海軍・東インド艦隊の蒸気船――黒船四隻が、浦賀沖に停泊した。

 それは、後に黒船来航と呼ばれることになる出来事だった。


 黒船を指揮する代将、マシュー・ペリーの要求は、日本の開国であった。

 鎖国体制にある日本の沖に堂々と軍艦を付け、砲門を向けながら開国を迫るその交渉姿勢スタンスは、十分に敵対的かつ脅迫的なものと言えた。

 国は割れ、幕府は割れた。開国か、攘夷か。果たして、それが可能なのか。

 長きに渡る鎖国体制のなかで、軍備の近代化が遅れていた日本は、いわば刀一本で大砲に立ち向かう形となった。


ザンッ!」

「グワーッ!」


 ――そして、蟷螂サムライカタナは、見事に黒船を斬り伏せた。


 それから、三度。

 来航のたびに戦力を増やしてきた黒船は、ついに浦賀沖を埋め尽くすほどの大艦隊を差し向けてきた。

 後に、これを見た日本を代表する私掠船団長・坂本竜馬さかもと・りょうま

「船が七分に、海が三分! 船が七分に、海が三分ぜよ!」

 と言った、とされる。

 これこそは、江戸暦エド・イラ280年、第四次黒船来航戦争の戦端である。


「開国せよ! 日本は即刻開国し、我々米国の支配下におかれたまえ!」


 拡声器越しの宣戦布告。

 三度来航した黒船のそれと同じく、此度も米国黒船艦隊――通称、チェルノボグ・フリートの要求は、日本の開国であった。


「此度の迎撃はお任せいたす。できますな、光厳みつよし殿」

「は。畏まりました!」


 沖を埋め尽くすほどの黒船群の来航に対して、岸壁の先端から黒船を見やる影がふたつあった。


 影のひとつは紋付羽織袴の男だ。

 腰に大小拵えを差し、その眼光は鋭い。

 名を勝海舟かつ・かいしゅうという。第一次黒船来航を機に幕府高官となった男だ。

 歳は三十路を少し超えたばかりで、積んできた修羅場の数に相応ふさわしい貫禄がある一方、若々しい活力エネルギィにも満ちていた。


 もうひとつの影は、薄手の白装束に身を包んだ少年。

 刀の鍔をあしらった眼帯をしているが、しかし隻眼というわけではない。

 幕府の最大戦力エージェントをあらわすコードネーム――柳生十兵衛やぎゅう・じゅうべえの名を継ぐ者の証となる継承器レガリアだ。


柳生十兵衛光厳やぎゅう・じゅうべえ・みつよし、参ります!」


 少年――柳生十兵衛光厳やぎゅう・じゅうべえ・みつよしは、小さく息を吸い、丹田に気を集めると、黒船に意識を向ける。

 果たして光厳の気に応えたのか、黒船に搭載のせられた百八門の対高機動兵器砲が、一斉に岸壁を――光厳みつよしのほうを向く。

 それは、ただの攻撃準備セットアップではない。照準行為ターゲッティングそのものが、不可視の殺意の弾丸インビジブル・バレットとなって敵対者を射抜く攻撃手段なのだ。


 尋常の武士サムライであれば、この圧倒的な殺意の質量に魂が消し飛ぶだろう。

 しかし、光厳みつよし明鏡止水ミズカガミと化した精神は、それらをそよ風の如くに受け流す。

 対黒船戦闘において、この種の対殺意兵装AMAないし対殺意精神構造AMMを有することは、戦場いくさばに立つための最低限の条件である。

 そして、剣術流派の勃興する現代にあってなお、この種の戦闘において、御留流たる柳生新陰流に勝る流派はない。


「――騎乗ライド!」


 光厳みつよし詠唱コールに応えて、目の前に現出リアライズしたのは、騎鞍コックピットだ。

 颯爽と鞍にまたがれば、その手元には鯉口めいた起動鍵穴キースロットがある。

 舞踏めいた美しい所作で、流れるように腰に差した打刀カタナ・キーを抜き、両手にて握り、突き立て――


大甲冑・起動ヨロイ・イグニション!」


 ――そして、捻る。

 雷鳴にも似た駆動音とともに、空間を奔る電光が、形而上にのみ存在する武士道精神サムライ・スピリット装甲形成ビルドアップしていく。

 駆動音の止んだのち、そこに現出リアライズしたのは、六十尺20メートルにも達しようかという異形異質の甲冑ヨロイであった。


 日本男児おとこならば、大和撫子おんなならば、これを知らぬ者はいない。

 これこそは殺陣装束バトルドレス

 神州八島の護国を支えてきた、殺の一文字。

 士魂SS動力源パワーソースとして顕現ヴィジュアライズする、巨大甲冑兵器。

 ――すなわち、巨大ロボである。


大典太ビッグ・デンタ、出ます!」


 歴代の柳生十兵衛やぎゅう・じゅうべえが継承してきた殺陣装束バトルドレス大典太ビッグ・デンタ

 殺陣装束バトルドレス装甲形成ビルドアップに取り込まれた形の光厳みつよしは、そのまま大典太ビッグ・デンタを岸壁から三歩走らせて海へと跳び、背面の大型推進機構スラスターを吹かして黒船へと亜音速接近トランソニック・コンタクトを図る。

 亜音速接近トランソニック・コンタクトは、殺陣装束バトルドレスによる高機動戦闘の定石だ。

 音速突破時の衝撃波ソニックブームによる撃剣こうげきは、殺陣装束バトルドレスを身にまとう武士サムライならば、誰もが操る標準兵装であり、それをいつでも抜刀ブラストできるようにしておくこと、あるいは牽制攻撃で先に音速突破かせることこそが、勝負のカギを分けることになる。


 殺陣装束バトルドレスによって拡張された光厳みつよしの知覚は、彼を迎撃せんと迫る対高機動兵器砲の弾幕カーテンの向こう側に、敵の姿を捉えていた。

 あれこそは機械化メカペリー提督・マーク3。

 三度の敗戦を経て、機械化サイバーライズされた肉体は、黒船艦隊チェルノボグ・フリート殺陣装束バトルドレスコルトSAAピースメーカーと半ば融合している。


人機一体メタルヒューマンと化した、このメカペリーに敵うものなどありはしませーん! あなたも先代だいさんじ柳生十兵衛やぎゅう・じゅうべえみたいにしてあげまーす!」


 拡張知覚越しの挑発に、明鏡止水ミズカガミの境地にある光厳みつよしをもってしても、戦意の昂ぶりは収まりきらない。

 先祖を哂うものは、七代遡って念入りに一族郎党皆殺さねばならない。

 大典太ビッグ・デンタが、吠えた。


 両者の激突まで、あと三秒――!

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