視野狭窄の迷宮

ヨウゲツ ゾンビ

序ノ一:導入

8月25日午前11時。

某県某所。

人を殺すような暑さが徐々に鳴りを潜めつつある、そんな日曜日だった。


男は、涼しくなったらしいし久しぶりに外食でもしようか、と思って外に出ていた。がしかし、


「普通にあっちぃ……!汗拭くハンカチとかもってきてねえよ」


予想に反し、外は日差しが強く体感なら35度くらいの暑さ。

男は外出したことを汗を滲ませながら後悔した。どのくらい後悔したかというと「もう帰ろうか」レベル。セミの大合唱は男を嘲笑するようにその音を大きくする。


「あれは――」


そんな彼が足をとめた。日差しにさらされるのも構わずに。


興味をもったのは交差点近くの小さな人だかりだった。正確にいうと男が興味をもったのは、人だかりの中心に倒れている女性だ。


緋山ひやま……?」


倒れている女性に見覚えがあった。緋山ひやまさく、高校時代のクラスメイト。友だちというほど親しくはなかったが数回会話をしたことがあった。遊んでいるゲームの話題で盛り上がったことが一度だけあったことを覚えていた。


「すいません、その人知り合いです!」


男は女性に近寄って、様子をみようとした。

そこで、男に異変が起きる。ぐらり、と身体がよろめく。


「――あ、ぁ?」


めまいがして、男の視界がぼやけた。


「お、おい!大丈夫かアンタ!」


ぐわんぐわんと、めまいは次第に強くなる。周囲からの声もうまく聞き取れない。

ただ、そんな中、はっきりと聞こえる異質な声があった。間違いなくそれは男に向けられていた声だった。



『ようこそ、視野狭窄の迷宮へ』



その声を合図に男、十日町とうかまち幽矢ゆうやの意識は深淵へと手放された。

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