第38話 鉄斎の迷宮

 生贄が自殺してしまうという思わぬ事態に、年寄衆は頭を抱えていた。

「他に、生贄にできる死刑囚はおらんか?」

 年寄衆の一人である小太りの男性が、紫音をはじめとする兵士長たちに問い掛けた。

「死刑囚は数名いますが、すべて家族を持っています。処刑後は遺体を家族に引き渡すことになっていますから、それができないとなると怪しまれる可能性があります」

 兵士長の一人はそう答えた。

「この際、死刑囚でなくてもよい。受刑者の中で身寄りのない者を探してきてくれ」

 白髪頭の男性が兵士長に告げた。

 兵士長たちが去った後、隣にいた冬音が年寄衆たちに話し掛けた。

「間に合いますか?」

 年寄衆は誰も答えない。冬音はすっと立ち上がり

「もし、生贄が準備できたら、その旨お伝えください」

 と言い残してその場を立ち去った。


 紫音は、他の兵士長たちとともに、罪人の管理台帳を調べていた。

 身寄りのない者は何名かいたが、どれも罪は軽く、生贄にするのをためらってしまう。紫音は、自分のしていることがその罪人の運命を左右することになるのだという思いに囚われながらも、生贄の候補として名を記していった。

「これで全部だな」

 名前の挙がった者は十数名ほど。しかし、重い罪の者は一人もいない。

「さて、どうするかな」

 年齢で決めるか、罪の重さで決めるか、中には本当のことを話して自ら志願する者を探すという案まで飛び出したが、最終的には

「年寄衆に決めてもらおう」

 という話になり、名前を書いた紙を集会所まで持って行った。

「罪人の中で身寄りのない者はこれだけおります。ここに、名前と年齢、そして罪状を記しました。どうか、この中から選定をお願いいたします」

 兵士長の一人がそう言って差し出した紙を眺めながら、年寄衆は皆、困り果てた顔をしている。

 どの罪人も、今の季節が再び巡る頃までには刑を終えられる者ばかりだ。それが戻ってこないとなれば、たとえ身寄りがいなくても、おかしいと思う者は出てくるだろう。どう言い訳をするか。まだ刑期を終えてないと言うか。そんなことをしても、いつかは分かってしまう。しかも、生贄はこれから毎月必要になるのである。

 とても隠し通せるものではないと誰もが思っていた。いったい、白魂ではどうやって生贄を決めているのか、誰にも見当が付かなかった。

「紫音、頼みがある」

 年寄衆の一人、白髪頭の男性が紫音に声を掛けた。

「何でございましょう?」

「冬音殿を呼んできてくれぬか」


「冬音殿、教えてくれ。白魂ではどうやって生贄を決めているのじゃ?」

 戻ってきた冬音に対し、白髪頭の男性が尋ねた。

 しばらく無言の時間が過ぎ、ようやく冬音は口を開いた。

「生贄をお決めになるのは白魂の代表の仕事。私は存じ上げておりませぬ。私はただ、決められた生贄の方を連れて儀式を行うのみ」

 その言葉を聞いて、年寄衆は皆、下を向いてしまった。

「もし、決められないのであれば、次の月まで様子を見るというのはいかがでしょう?」

 冬音は、年寄衆にそう告げた。

「儀式を行わないということですか」

「儀式を行えば、鬼は必ず出なくなります」

 冬音は、そう言って年寄衆たちを見回し、少しの間をおいてから話を続けた。

「しかし、儀式を行わなくても、鬼が出るとは限りません」

 年寄衆たちは誰も、冬音の輝く青い瞳から目が離せなくなった。

「鬼たちがどう出るか、待ってみるのも一つの手ではありませぬか?」

 冬音の話の後、場は静まり返っていた。口を開いたのは白髪頭の男性だった。

「それも一理あるかも知れません。分かりました。今回は儀式を取りやめましょう」

 紫音は、その決定に驚いた。万が一、鬼が出ればまた犠牲者が現れるかも知れない。しかもそれだけではない。鬼が出たことが世間に知れればたちまち大混乱となるだろう。前回、鬼が現れた時は運よく兵士以外の目撃者がいなかった。しかし、今度現れた時、誰にも見られないという保証はない。

「少しお待ちを。万が一、鬼が現れた時のことをよくお考え下さい」

 紫音が慌てて年寄衆に進言した。

「いや、これは決定事項だ。今回は儀式は行わない。皆、それでいいですな」

 白髪頭の男性の言葉に、年寄衆は全員、大きくうなずいた。

 兵士長たちは、不安げな表情で互いに顔を見合わせていた。

 これは冬音の持つ力なのだろうか。年寄衆は冬音の意見に簡単に同調してしまった。しかし、儀式を行わなければ鬼を出すと明言していたのは冬音である。いったい、彼女は何を企んでいるのだろうか。


 暗闇の中、小春は何も考えずに中へ突入してしまったことを後悔していた。

 そこは、どれくらいの広さなのか、どこに何があるのか、一切わからない闇の世界だった。

「晶紀さん、近くにいるかい?」

 小春の声があたりに反響して聞こえる。

「はい。しかし、何も見えませぬ」

 とりあえず、燃やせるものを灯りにしようと荷物の中を手探りで調べていた時である。突然、周りが青白い炎で照らされた。

 誰かが入ると自動的に灯りがつくようになっていたのだろうか。揺らめく炎が、真っすぐ奥の方まで続いている。

「前に進むしかないな」

 小春と晶紀は、洞窟の奥へと進んでいった。

 洞窟はかなり広かった。人手で作られたのか、自然にできたものなのかは判別できない。青白い炎は、壁の近くで浮かび上がっているように見える。妖術の類だろうかと小春は思った。

 しばらく歩くと、道が二手に分かれていた。

「右と左、どちらを進めばいいのかな」

 何か手がかりになるものがないか探してみると、分かれ道の間の岩肌に何か文字が彫られている。

「『見たものだけを信じるな』と書いてあるな。どういう意味だ?」

 右側の道は右の方へと曲がっており、左側の道は反対に左の方へと曲がっている。

「右の方を進んでみるか」

 小春は、右側の道を進んでみた。その道は常に右へと曲がっている。

「元の場所に戻ってしまうようだが」

 道がだんだん狭くなり、一人がやっと通り抜けられるくらいの幅になった。岩の間を縫うように進んでいくと、突然、広い場所に出た。

 そこは、最初に通った洞窟だった。

「やはり、戻ってきたようだな」

 もう一度、分かれ道のところまで進んで、今度は左側の道を進んでみた。

 しかし、右側の道と同じく、元のところへと戻されてしまう。

「他に道があるということか」

 再び分かれ道の前までたどり着く。

 見回しただけでは、他に道は見つからない。

「道が隠されているということか」

 小春と晶紀は、仕掛けがどこかにないか探してみたが、それらしいものはどこにもなかった。

「まいったな」

 小春は途方に暮れてしまった。その時、晶紀が小春に助け舟を出した。

「『見たものだけを信じるな』ということですから、手に触れてみてはいかがでしょう?」

 晶紀の言葉を聞いて、分かれ道の間、文字が彫られた場所の横に手を伸ばしてみた。

 そこにあるはずの岩に手が当たらない。

 小春は驚きながらも、手を伸ばしたまま歩いていった。

 ようやく手が触れられたところまで小春がたどり着いたとき、晶紀には、岩の中に小春がすっぽりと入ってしまったかのように見えた。

「こんな所に道がある」

 小春が横を向くと、大きな割れ目が見えた。文字が彫られた箇所のちょうど裏側にあたる位置だった。

 小春はそのまま横歩きに割れ目の中へと進んでいった。晶紀も同じように中へと入っていく。

 洞窟は、真っすぐ先へと続いていた。

 二人は、その先へ歩いていった。


「儀式が中止になったのか?」

 桜雪が紫音に尋ねた。

「もう、知ってたのか」

 紫音は、桜雪の耳に届いていたことに驚いた。

「事情を知っている兵士の間では、この話題で持ち切りですよ」

 正宗が紫音に話し掛けた。

「年寄衆も、思い切った決断をしたものだな」

 桜雪の言葉を耳にした紫音は

「ああ、言い出したのは冬音殿だがな。あれだけ生贄をどうするか悩んでいたのに、最後はあっさりと冬音殿の意見に従ってしまった」

 と、その時の状況を説明した。

「そうか・・・いずれにしても、鬼が現れた時の対策を練っておかねばなるまい」

 桜雪は二人の方を見据えて言った。

「鬼は現れるのでしょうか」

 正宗が何気なく尋ねると、桜雪は上を向いてこう言った。

「俺の勘ではな、まず間違いなく現れると思う」

「どうして、分かるんですか?」

 正宗が半笑いで問いかけるが、桜雪は正宗の方を見てニヤリと笑いながら

「勘だよ」

 と答えるだけだった。

「それにしても、周囲の村々に対してはどうすればいいのだろうか」

 紫音が頭を抱えながら口を開いた。

「少なくとも、八角村にはこのことを伝えたほうがいいだろう。いや、次の月もお札の納品はあるから、警護も必要になる」

 桜雪は、紫音の顔を見据えて話を続けた。

「年寄衆に、八角村へ誰かを派遣するよう進言するんだ」

「ああ、しかし・・・」

 紫音は頭を掻きながら

「次の月の納品は止めてもいいんじゃないか? 鬼が出るかも知れないという時に、妖怪が出入りすることなんて些細な話だ」

 と言い出した。

「確かにな・・・だが、それは年寄衆が決めることだ」

 桜雪は、頬の傷に触りながら静かに言った。


 小春と晶紀は、迷路の中をさまよっていた。

 いたる所に分岐があり、行き止まりに突き当たっては引き返すことを繰り返していた。

 地図を書くこともせず適当に進んだのは失敗だったと小春は後悔した。これほど複雑な迷路になっているとは思いもよらなかったのである。もはや、元の場所に戻ることもできない。

「少し休憩するか」

 冷静さを取り戻すため、小春は休息をとることに決めた。

 今は、昼なのか夜なのかもまったく分からない。ところどころにある青白い炎が、唯一の灯りだった。

 小春は空腹を覚え、荷物から携帯食を取り出して食べ始めた。晶紀もそれに従う。

「本当に正しい道を進んでいるのか見当も付かないな」

「でも、このあたりには見覚えはありませんから、ちゃんと前に進んでいると思いますよ」

 晶紀は、冷静にあたりの様子を観察していたようである。

「こんな所で鉄斎はいったい何をしているのだろうか?」

 小春が疑問に思うのも仕方がない。そもそも、この迷宮の中でどうやって生きているのか、不思議でならない。

「世を憂いて外との接触を絶ったのではないでしょうか」

 晶紀が小春の疑問に答えた。

「そのために、こんなものを作ったのかい?」

「誰も入って来れないようにしたのでは?」

「それなら、扉など付けずに完全に封じてしまえばいい。なぜ、こんな相手を試すような仕掛けを用意したのか分からない」

「それを打ち破ることのできる方だけに来てほしいのでしょうか?」

「なんか、気に入らないな」

 小春はぼそっと口にした。


 月影は、森の中で一人、寝転がって空を見ていた。

 誰かが近づく気配に気づき起き上がると、桜雪の姿が見えた。

「どうされましたか、桜雪殿」

 月影が先に声を掛けた。

「お知らせしたいことがございまして」

「何でしょうか?」

 桜雪は、月影のそばまで来るとしゃがみこんで

「大府は、次の儀式を見送ることになりました」

 と告げた。

「本当ですか?」

 月影が驚いて聞き返した。

「はい。ですから、これから先、鬼が現れる可能性があります」

「なぜ、そんな危険を冒してまで儀式を止めることにしたのですか?」

「すみません、そこまではお答えできません」

 桜雪はそう言うと下を向いた。

「そのことをお知らせに来てくださったのですか?」

「このあたりも鬼が出没する可能性があります。あなたは大府の中に入ることはできない。逃げる場所がありません」

「大丈夫です。これでも昔は数多の鬼を葬ってきたのですから、後れを取ることはありません」

 桜雪はその言葉を聞いて笑みを浮かべた。

「心強い限りです」

 そう言い残して立ち去ろうとする桜雪に、月影が尋ねた。

「儀式は、あの小高い山で行われたのですよね。いったい、どんな儀式なのかご存知ですか?」

 桜雪は、月影の方へ振り向いて

「あの山には冬音殿以外、誰も入ることはできません。どんな儀式が行われているのか、知るのは冬音殿ただ一人です」

 と答えた。

 そのまま去っていく桜雪の姿を月影はじっと見つめていた。


 真っ直ぐに伸びた上り坂が、どこまでも続いている。

「この道が正しくなかったら、戻るのは大変だな」

 小春は、うんざりした顔でつぶやいた。

「いったい、どこまで続いているのでしょうか?」

 晶紀も、正しい道をたどっているのか不安なようだ。その道は、一人がやっと通り抜けられるくらいに狭かった。場所によっては、屈まなければならない時もあり、いつか行き止まりに突き当たるのではないかと二人とも心配していたのだ。青白い炎はここでも明かりとして点在していたが、その数は少なくはっきりと周囲を見ることもできない。足場も悪いため、途中で転びそうになることも多々あった。

 しかし、やがて道が広くなり、大きく右側に曲がりはじめた。そして、少し先に、青白い炎とは異なる明るい光が見えた。

「もしかして、地上に出るのか?」

 小春の予想通り、二人は地上へと出ることができた。しかし、そこは周囲を切り立った崖に囲まれた、深い谷になっていた。

 太陽は、まだ強烈な日差しを地面に浴びせかけていた。その地面には、石畳の道が伸びている。不思議なことに、草木は全く生えていない。

「誰か住んでいるのでしょうか?」

 あたりを見渡しながら、晶紀が小春に尋ねる。

「そんな風には見えないけどな。とにかく、先へ進もう」

 二人は、石畳の道沿いに歩を進めた。石畳の道以外、建造物らしきものは見当たらない。しかし、道沿いに平たい石が置かれているのを晶紀が見つけた。

「あれは礎石でしょうか。おそらく、このあたりには建物が並んでいたのでしょう」

「集落の跡なのかな? 昔は、誰か住んでいたのかも知れないね」

「しかし、こんな場所では他の集落と取引することはできませんわ。いったい、どうやって暮らしていたのでしょうか」

「完全な自給自足だった可能性はあるな。他との交流を絶った村は、今までも見たことはあるよ。別に不思議ではない」

 小春の言葉に、晶紀はうなずいた。

 途中で分岐している狭い間道があるものの、本道らしき石畳は真っ直ぐに伸びていた。見るべきものも特になく、二人は黙々と進んでいった。

 やがて、道の脇に大きく掘られた穴が目に入った。そこに何があるのかと、小春が近づいて下を覗いた途端、叫び声を上げた。

「何だこれは?」

 その穴の中には、折れた刀と土色に汚れた白骨が大量にあった。

「戦で死んだ人間や、使えなくなった武器が捨てられたのでしょうか」

 晶紀が、小春の隣で中を覗き込みながら小春に話しかけてきた。

「それにしても、人骨の形がいびつじゃないか?」

 小春の言う通り、人骨の足の部分が一本の棒のようになっていたり、頭以外の部分が何かに叩かれたように平たくなっていたりと、まともに残っている人骨が見当たらない。

「戦で傷ついたにしては、確かに妙な姿ですね」

「何かの実験でもしていたのかも知れない。人間を使って」

「それで何を作ろうとしていたのでしょうか?」

「分からない。でも・・・」

 小春は、その場にとどまることが恐ろしくなってきた。

「早くここを立ち去ろう。薄気味悪くて仕方がない」

「小春様にも怖いと思うことはあるのですね」

 クスリと笑う晶紀に対して

「当たり前だろう」

 と小春はしかめっ面で応えた。


 小春と晶紀は、崖の近くまでやって来た。

 そこには大きな洞穴が口を開けて、二人が入るのを待っているかのようだ。

「また、地下に入るのか」

 小春がため息をつく。

「仕方ありませんわ。さあ、参りましょう」

 晶紀に促され、小春は再び歩き出した。

 中はまた、青白い炎によってかろうじて様子を探ることができた。道は広く、天井も高い。道は曲がりくねり、岩が荒々しく突き出しているところを見ると、自然にできた洞窟のようだ。

 しばらくは何の問題もなく歩き続けることができたが、道は突然に途切れてしまった。二人がたどり着いた場所は崖の上で、下から水の流れる音が聞こえてくる。洞穴は右手の方に伸びていて、一人が通るのがやっとの狭い崖の道がずっと続いていた。右側は洞穴の壁、左側は崖で、落ちれば二度と上がってこれないだろう。

「ここを渡らなきゃならないみたいだな」

 小春はそう言って晶紀の顔を見た。しかし、晶紀は平気そうな顔をしている。

 それ以上、何も言わずに小春は崖の道を歩き始めた。晶紀も当然のようにその後を付いていく。水の音はかなり激しく、流れが急であることを物語っていた。

「晶紀さん、大丈夫かい?」

 そう言って顔を後ろに向けると、晶紀は笑顔でうなずいた。

「小春様、危ないですから足元をよく見て歩いて下さい」

 他人の事を気にかける余裕もあるようだと小春は少し安心した。晶紀がこれ以上進めなくなった時、その場に置き去りにするわけにはいかない。その時は探索の旅をあきらめなければならなくなる。それが小春の心配事だったのだ。

 この安心が油断となったのか、小春は足を滑らせよろめいた。

「おっと」

「危ない!」

 晶紀が慌てて小春の体を支える。

「ありがとう、晶紀さん」

「お願いですから、気をつけてくださいね」

 これでは、小春の方が足を引っ張っているように見える。

 崖の道は少しずつ広くなってきた。そして、少し開けた場所で道は終わり、狭くなった洞穴の口が目の前に現れた。

 しかし、二人はその洞穴の前にあった三体の死体に目を奪われていた。それは干からびた獣のように見える。生きていた時は全身に黒い毛が生えていたようだが、ほとんどは抜け落ちたらしく、皮膚がむき出しになった箇所が多く目立つ。体は獣のようなのに、手足は人間のそれであった。そして奇妙なことに、死体は石で作られた椅子に座った状態だった。三体とも背もたれに体を預け、狼のような顔を上に向けている。

「また、変なものが現れたな」

 小春がそう言いながら近づいて調べようとした時である。死体だと思っていた三体が同時に動き出した。小春は慌てて大刀を手に持ち、身構える。

「晶紀さん、なるべく後ろに下がっているんだ」

 干からびた化け物たちは立ち上がり、手を口の中に入れた。驚いたことに、刀が口の中からスルスルと引き抜かれる。さすがの小春も、その光景には度肝を抜かれた。

 囲まれてしまっては不利だと感じた小春は、目の前の一体をまずは倒そうと刀を上段に構えた。すると相手は鋭い突きを小春に放ってきた。

 小春は体を横に移動して避けるのがやっとだ。見た目とは違い、相手の動きは恐ろしく速い。小春とほぼ互角であろう。

 それでも、避けたと同時に小春は刀を相手の頭上へ振り下ろす。しかし、それは刀で弾かれた。いつの間にか、他の相手が助太刀に入っていたのだ。

 二体同時に襲ってきては分が悪いと思い、後ろへ退いた小春の目の前には、さらにもう一体が加わって、三体が刀を構えて並んで立っている。

 どちらも、睨み合ったまま動かない。今の状態では小春の方が圧倒的に不利だ。にもかかわらず、相手は攻撃してこようとはしなかった。まるで、小春が仕掛けるのを待っているかのようだ。

 ついに、小春は右に動いた。ほとんど間をおかず、三体は小春に襲いかかる。中央の一体は上段から、両端の二体は小春の体を挟むように横薙ぎに斬りつけてきた。晶紀に乗り移っていた炎獄童子は、小春が三体に囲まれて斬り刻まれる姿を想像した。

 しかし、三体が動いたその瞬間に、小春は前へ移動を始めた。刀を横にして、そのまま化け物達の間をすり抜ける。相手の刀は空を切り、小春の刀は中央にいた化け物を真っ二つにした。

 それを見ていた晶紀の顔から笑みが浮かんだ。

「ふん、さすがは俺を倒しただけのことはある」

 人知れず、そうつぶやいた。

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