第43話 友との闘い

 鄭で新君が立ち、冬を迎えた頃。


 周王朝の内部で政争が起こっていた。この政争を起こすことになったきっかけは既にこの世にいない周の桓王である。


 桓王は以前から、周の荘王の弟である・公子・克こと子儀を寵愛していた。その寵愛している子儀の教育係に命じられていたのは周公・黒肩である。


 太子ではないものにしかも王朝内で重責を担っている黒肩が付くのは子儀こそが嫡子であると言っているようなものであるため禍を招くと考えたのは大夫・辛伯であった。


「后が二人、嫡子が二人、宰相が二人、首都が二人、というのは乱が起こるきっかけになります。王からの申せはお断りすべきです」


 だが、黒肩は聞き入れず、


「王からの任命だ。やらぬわけにはいかない」


 そう言って、辛伯の進言を受け取らなかった。更に、桓王は死ぬ際にも余計なことをした。


「黒肩よ、子儀に王位を渡すようにしてくれ」


 桓公は彼にそう言って死んだのである。これには黒肩は困った。しかしながら王からの命令には従わなくてはならない。黒肩は荘王が即位した後、子儀を即位させるために荘王を殺すことを考え始めた。


 これを辛伯は散々諌めた。されど黒肩は聞く耳を持たなかった。


 余計な混乱をもたらすわけにはいかないと思った辛伯は荘王に黒肩が荘王を殺そうとしていることを伝えた。荘王はこれに激怒し、兵を黒肩と子儀に向けた。


 黒肩はこれに必死に抵抗するものの、最後には力尽き死んだ。子儀は燕に出奔した。


 周公・黒肩は気が弱いため周の桓王が間違ったことをしていても強く言うことができず、命じられたことはできるだけ実行しようとする人であった。しかしながら自分に向けられた言葉に真摯に向き合うことができず、己の死を招いた。


 紀元前693年


 正月、魯に文姜が戻ってきた。


「お戻りになりましたか母上」


 魯の荘公は久しぶりの母に会い、嬉しそうに言った。


「えぇ」


 そんな荘公に素っ気なく答えた文姜を冷たい目で見るのは魯の大夫たちである。彼らからすれば文姜は桓公を殺した共犯者であった。


 更にはこんな噂も流れていた。


 荘公は桓公の息子では無いのではないかというものである。


 これは根も葉もない噂である。なぜなら文姜が魯に嫁いた時と荘公が生まれた時期が違うため荘公は確実に桓公の子である。


 だが文姜に対する感情からこの噂は流れおり、そのことはまだ若い荘公の心に僅かに暗い影を落としていた。


 しかし、どのような人であれ、母は母であるそう考えることが孝行というものであろう。そのように考える荘公は文姜に対し、よく尽くした。されど三月になると再び、文姜は斉に出向いた。荘公の心の影はより深くなっていくばかりであった。


 文姜が斉に戻った時、周王室より、斉へ使者がやって来ていた。婚姻のためである。


 荘王は黒肩を殺した後の混乱を鎮める上で斉との繋がりを作ることでこれに対処しようとしたのである。


 斉の襄公はこのような婚姻の申せに対し、嫌な顔をした。なぜならば、この婚姻を受け入れると最愛の文姜が悲しむと思ったためである。


 だが、これを斉の上卿である高傒や魯がこの婚姻を支持したのである。そのため仕方なく襄公はこれを受け入れることにした。


 周の卿である単伯が斉に嫁ぐ王姫を連れて魯で、一泊してから斉に向かった。


 王姫は美人であった。そのため斉に入るまで多少なりとも彼女には自信があった。だが斉に入ると彼女よりも美しい女性がいた。その美貌に圧倒されながらも文姜が妹であると知り、ほっとした。


 その後、緊張しながら初夜を迎えたが襄公は彼女の元に来ることはなかった。その次の日もまたその次の日も……これを知って驚いたのは高傒である。


「周より来た方を無碍に扱ってはなりません」


 そう襄公に言うも、彼はどこ吹く風とその言葉を聞かず、逆に高傒に対して紀を攻めると言い出した。


「他国に対し、安易に戦を起こすべきではありません」


 高傒はそう主張するが襄公は聞かなかった。


「もう決めたことだ」


 襄公が軍を動かし、紀の郱、鄑、郚の三つの邑を攻め、その地の民を斉に移し奪った。


 紀元前692年


 夏、魯に餘丘を攻めるように命じた。断ることのできない荘公は公子・慶父に攻めさせた。


 秋、斉に嫁いだ王姫が死んだ。彼女は恐らく、襄公に相手されないため心を病んだことで亡くなったと思われる。


 だが王姫の死をなんとも思ってない襄公は更に軍を動かそうと考えていた。この時、斉からいなくなった者たちがいた。公子・小白と鮑叔である。


 この斉から勝手にいなくなったのはつまり、無言の抗議に等しいことであった。また、とても勇気もいる行為であった。そのことを誰よりも知り、しまったと思った者がいた。管仲である。


(これで公子・小白の名は国の中で有名になるだろう)


 襄公に対しの反感は斉の国民の中で高まりつつある。そんな国民の感情が国を出るという形で非難した公子・小白の名声を高めたのである。


 やられたと思うのは管仲の予想ではやがて襄公は乱に巻き込まれ死ぬと考えているためである。そうなれば斉の後継者になるのは公子・小白か自分が仕えている公子・糾のどちらかになる。


 そんな中、この行動により公子・小白がその後継者になる上で一歩先に行ったと言って良く、公子・糾の方は完全に先手を打たれたことになった。


「流石だな鮑叔……」


 管仲は純粋に己の親友を讃えた。そして、その鮑叔の言葉を信じた公子・小白に対してその度量を大いに評価した。


「だが、まだやれることはある」


 管仲は先手を打たれてもなお諦めてはいなかった。


 この時から管仲と鮑叔という友であった二人の静かな戦いは始まった。

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