パンダとラクダがコールした。

すごろく

第1話



 ある日、メールが届いた。内容はこうだ。


「パンダとラクダがコールするよぉ。このメールを2時間以内に友達に10人にまわせぇ。コールされたら最後、君は、パンダかラクダになっちゃう。イソゲイゾゲ」


 俺は突然のことに驚いてうっかり、クラスの顔が良い男共、頭から数えた10人にそれを回してしまった。このうっかり屋さんめ。俺は自分の頭をコツンと殴り、そのまま寝た。

 

次の日どういう訳か、クラスの顔がいいやつ頭から数えて10人が学校を欠席した。その日、教室は初め随分と静かだった。


 その頃、超特大ニュースが日本を震撼させていた。


 俺は家に帰ってからテレビでそれを見たのだが、それはとてもヘンテコなニュースだった。テロップにはこう書かれてある。


 パンダ、住宅街で捕獲。


 はえー、不思議なこともあるもんだ。そう感心しながらテレビを見ていると、近所が映し出された。


 レポーターは和気藹々とした様子で視聴者に語りかけてくる。


「こちらが、パンダが捕獲されたという住宅街でーす」


 なんと、クラス一のイケメン、高橋くんのお家がある住宅街じゃないか。これはたまげた。こんな近くでビッグニュースがあるなんて。このパンダは下野動物園に送られるらしい。また今度見に行こう。俺は先の予定に胸を躍らせた。


 テレビは次のニュースに切り替わった。テロップにはこう書かれている。


 ラクダ9頭、住宅街で捕獲。


 はえー、不思議なこともあるもんだ。そう感心しながらテレビを見ていると、ラクダ捕獲現場は全て、俺が住む地区内だった。こんな近くで全国区のニュースがあるなんて、驚いてしまう。


 テレビは次のニュースに切り替わる。テロップにはこう書かれている。


 男子高校生10人失踪。


 はえー、失踪者全員が俺と同じ学校で同じクラスだなんて驚いてしまう。

 今日は驚くことづくしの1日だった。疲れてしまう。もう寝よう。そういう訳でその日は寝た。


 パンダが自然発生してから数日後、俺は下野動物園にそのパンダを見に行った。パンダを見る為には、長蛇の列に並ばなければならなかったが、パンダと対面する期待と比べれば屁みたいなものだった。


 しかし列に並んでいる途中、パンダを見終えたと思われるゲストが何やら不穏な話をしているのを耳にした。


「パンダ、こっち向いてくれなかったねぇ」


「ずっとむこう向いてて、つまんなーい」


 なんだと。パンダがこちらを向いてくれないだと? それはつまらない。俺と対面する時ぐらいは、目を合わせてくれば良いのだが。俺はそんな不安を抱きながら、列を進んだ。


 いよいよ、パンダと対面する時がやってきた。しかし、パンダはこちらに顔を向けてはいなかった。


俺がため息をこぼした時だった。一瞬だけ、パンダがこちらを見た。そして目があった。その後、また目があった。


 10回ぐらいそれを繰り返した後だった。


 パンダが雄叫びを上げながらこちらに突進してきて柵に頭突きを食らわせた。何度も何度も。そしてお次に、策を両手で掴み、強く揺さぶった。パンダは酷く憎悪の篭ったお目目をしていて、鋭く俺を睨みつけていた。


 他のゲストはパンダの雄叫びを聞くや否や、悲鳴を上げ、逃げてしまった。


 かくいう俺もパンダがこんなに気性の荒い動物だなんて初めて知った。間抜けのように笹食ってる様子しか知らなかったので面食らっている。


 あれ? 俺はふと可笑しなことを考えた。よく見ると、このパンダ誰かによく似ている。


特に目元が、目元が誰かにそっくりだ。

さて、誰だろう。そうだ、思い出した。


「あ、高橋くんじゃないか。何してんだよう、檻の中で」


 俺は冗談を言ってケラケラ笑った。というのも、そのパンダが同じクラスの高橋くんにとってもよく似ているのだ。もちろんこれは場を和ませるための発言であって、本当にそんな馬鹿げたことを信じているわけではない。


 しかし俺がそれを言うや否や、パンダは俺に向かって拳を振り上げ、パンチした。拳は虚しくも柵に阻まれた。


 パンダの気性はさらに荒くなっているように思えた。


 あれ、もしかして本当に高橋くんなのかい。あまりにもパンダが怒っているので、そんな気がしてきた。しかしそんな訳がない。人間がパンダになるなんて、あるはずないじゃないか。


俺はそこでハッとした。そう言えば、パンダが自然発生する前日、奇妙なメールを光溜くんに送った気がする。確か、パンダとラクダがコールする、だったっけ。内容は確か、10人以上に回さなきゃ、パンダかラクダになるんだっけ。……あ。


 俺の思考回路はぐるぐると回転する。パンダが自然発生した。ついでにラクダも9頭。ついでに同級生10人が失踪。もしかするとだけど、この3つの事件は何か関係性があるんじゃないか。


 俺が、高橋くんにメールを回したから、彼はパンダになって。同様に他の連中もラクダになった。きっとそうだ。


 あれ、俺が悪いじゃん。


「ごめんじゃん」


 俺は、高橋パンダに謝った。

 俺は飼育員にパンダコーナーから連れ出された。高橋パンダは俺が見えなくなるまで俺の背中に向かって雄叫びを上げ続けた。


 俺はその晩、自分のしてしまった事の重大性について深く考えていた。必死になって自分の行為が正当化できる理論を考えた。


 そもそも俺はあのメールの効果を知らなかった訳だし、これは不幸な事故である。


 駄目だ、これでは弱い。


 パンダは絶滅危惧種である。年々、その個体数は減少の一途を辿っている。それに比べて人間はどうだ。増えまくりじゃないか。

なら、その余分な数をちょっとぐらいパンダに譲ってやっても良いという気はしないか。高橋ぐらいパンダにくれてやっても良いと。


俺はしてきた。


渋谷でアンケートすればきっと2割ぐらい、していい気がするぅ、可愛いジャンと言うに違いない。ラクダ? そんなもの知らん。


 考えれば考えるほど正しいように思えてくる。いや、正しいのだ。


 ああ、スッキリした。スッキリさのあまり、眠りにつこうとしたその時だった。メールの着信音が鳴った。


 件名 パンダとラクダがコールする。


 送ってきたのは2年の時に同じクラスだった、今畑なうばたけだった。


 このメールの恐ろしさを知らぬか、この外道め。俺は怒りのあまり、今畑に対して、このチェーンメールを10通送った。そして念のため、あと9人にも送った。


 次の日の学校、俺は今畑がいるクラスに怒鳴り込んだ。


「手前、俺にチェーンメール寄越しやがって、あれがどんなもんか分かってんのか。この畜生め」


 今畑は鼻を鳴らして、俺を小馬鹿にするように笑った。


「この歳になって、まだそんなもの信じてるのか。笑っちまうぜ」


「聞け、今畑。今自然発生しているパンダやラクダはあのメールの被害者だ」


 今畑の顔は段々と青ざめていく。そして言った。


「どうしよう、お前が俺に10通もあのメールを送ってくるから、怖くなって100人にメールを送ってしまったよう」


「ああ、そういう訳で、学校には俺とお前以外、誰もいないのか」


 スマホでニュースを見てみると、あるニュースが世界中を震撼させていた。


 パンダ大量に捕獲される。

 ついでに、ラクダも大量に捕獲。


 運動場に目をやるとラクダがいっぱいいる。

さっきから「ぼえーぼえー」うるさいと思っていた。


「俺はなんて事をしてしまったんだ」


 項垂れる今畑の肩を俺はポンと叩いた。そして、とても為になる説法をしてやった。


「よく聞け、今畑。パンダは絶滅危惧種だetc」


 今畑はすっかり元気になった。


「俺たちは、地球の共生に貢献したのか。そうかそうか」なんて言っていた。


「でも、パンダよりラクダの方が出現確率が高いんだろう? ラクダはどうするのだ?」


「知らん知らん」


「そうか知らんか。はっはっは」


 俺たちは肩を組んで笑った。笑いすぎて涙が出そうになった。そんな時、メールの着信音がした。


「メールが来てるぞ今畑」


「いや、お前宛だよ」


 今畑は頑なにメールが来たことを認めようとしないので、俺たちは一緒にスマホを確認しようということになった。


 俺の電子メールボックスには例のメールがあったし、今畑の電子メールボックスにもそれがあった。


 俺たちはすぐに、それを10人に回した。


「これで安心だな」


 2人で笑いあうと、またメールの着信音がした。


 俺の電子メールボックスには例のメールがあったし、今畑の電子メールボックスにもそれがあった。


 これが20時間続いた。


「眠い、寝ちまうよう」


 そんな弱音を吐く今畑の頬を俺は引っ叩いた。


「寝たらダメだ。寝たらパンダかラクダになるぞ。いや、パンダならまだマシだ。ラクダになったら最後、食われちまうぞ」


 というのは、さっきニュースで、政府のこの緊急事態に対する方針とやら流れていたのだ。


 パンダは保護せよ。ラクダは食用としての殺害を認める。


「そうとは言っても、これじゃあいつかは寝てしまう」


 今畑は言う。そこで俺はある提案をした。


「メールは2時間以内に回せれば良いのだ。1時間ずつ、交代で寝てはどうだ」


「お前は天才か」


 こうして、その案は採用された。


 俺がぐっすりと眠っていた時だ。蛾が俺の鼻にとまった。俺は驚きのあまり、飛び起きた。


 横に目をやるとラクダが鼻提灯を作って寝ていた。


 これが虫の知らせというやつなのだなぁと感心して、俺はその場から離れた。


 運動場に出る。その瞬間に数頭のラクダと目が合った。

ラクダ達は俺を視界に入れるや否や襲いかかってきた。


「あ、おい、こらやめろ」


 俺の抵抗は虚しく、手に持っていたスマホが宙を舞った。


 地に落ち、ガシャッと嫌な音がした。


 電源ボタンを押しても、スマホは反応しない。俺は絶句した。


「嫌ダァ、人間がいいよぉ。せめて、せめてパンダ。ラクダは嫌だぁ」


 俺は泣き叫んだ。すると、先程まで電源がつかなかったスマホから電話の着信音が鳴った。それは触れずとも、勝手に通話状態になった。


「そうか、君はラクダは嫌かぁ…………ラクダァ!」



「ボボボエェエェェエェエエエ」


 俺の雄叫びが空に轟いた。

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パンダとラクダがコールした。 すごろく @meijiyonaga

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