第10話 訳ありの人

 ひさこのメンタルの不調なんて、いろいろなものを背負っている人からすればほんの些細なものである。普通に家事をし普通に子育てをし普通にパートで働いている。もしかしたらひさこは佐伯さんの言うように仕事のできる人なのかもしれない。


 ところが実際はどうだろう。悪夢にうなされながら目覚め、希死概念に覆いかぶさられそうになりながらベットからはい出し、慌てて薬を飲み、「仕事中にパニック発作がおきたらどうしよう」という思いを必死に振り払いながら職場へ向かう。家では家で夫のちょっとした言葉にまともに傷つき、ちょっと夫の機嫌が悪いだけで奈落の底に突き落とされたような気分になる。


 私のメンタルなんて大したことはない。もっと大変な人はいっぱいいる。だけど、じゃあどうして私はこんなに生きづらいの?ふとした瞬間にひさこの頭をもたげる。


 今朝のひさこもそうだった。今日は平日で仕事がない日。本来ならばホッとできるひと時。昔のひさこはそういうひと時を過ごすのが好きだった。ボーっとして考え事をするのが好きだった。だけど今は違う。そういう時に限ってマイナス思考がひさこに襲い掛かるのだ。


 その時ある神父のコラムが目に入った。晴佐久(はれさく)神父様と言って、カトリックの中では結構有名な人だ。心の問題を抱えている人たちともいろんな交流をしている。そのコラムの中で、自分たちのことを「この訳ありの私たちが…」と表現していたのだ。あぁ、そうか。訳ありの人か。なんだかひさこ自身を表現するのにぴったりな気がした。ぱっと見にはわからないかもしれないけど。心にすとんと落ちてきた。そういう自分を初めて受け入れられた瞬間だった。




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