第33話:かいふくしたようね

 さすがに昨日のあの至近距離じゃ、風邪も感染うつっちゃうか。

 まさか、あたしが寝てたスキにキスしてきたりしてないわよね…。

 咳してないし、感染る心当たりは…。

 今度はあたしがお見舞いに行こうかな。


 ピンポーン


 そう思ってたらひかるからLINE通知がきた。

『来るなよ。二人して感染うつし合いをしたくない』

 なんともタイミングよくメッセージを送ってきた。

 離れていても心は通じ合う、以心伝心いしんでんしんというやつかな。

『そうだね、輝と逢えないのはちょっと残念だけど』

 そういえば輝の家ってどんなだろう?

 彼は自分のことをあまり話したがらないから、知らないことだらけ。

 元気になったら一度は行ってみたいな。


 特に何事もなく部活の時間になった。

「あれ?副部長は?」

 部活が始まっても姿を現さないことを不思議に思った部長が聞いてきた。

「今日は風邪で休みよ」

「あら、詳しいわね」

 はっ!

 知ってたら仲がいいと思われて不思議がられないかしらっ!?

「いやっ、そのっ…!」

「彩音は隣のクラスだし、いつもの人だかりが無かったからね。俺もトイレ行く時に彼が風邪だと話してるのを聞いたよ」

 慌てるあたしを察してかどうか、颯一そういちがフォローを入れてくる。

 ちょっとしたことだけど、呼び方が変わっていた。

 もうあたしと颯一は親しい仲じゃないんだ。寂しいけど、呼び方も変わるよね。

「そうなんだね」

 ごまかす時はあたしってつい慌てちゃうのよね。人を騙すのはすごくモヤモヤするから。

 前にあたしが抱きついた時、輝はうまくかわしてくれた。

 そういう点で、やっぱり輝は頼りになる。

 いずれ付き合ってることをバラすと言ってたけど、それもうまくやってくれるんだろうな。

 輝はなんでも卒なくこなすから、気がつくと甘えちゃってるんだよね。

 そんなことを考えながら、あたしはお手洗いに足を運んだ。


 それにしても、颯一はなんで続けることを選んだんだろう…?

 輝と仲がいいわけでもなさそうだし…むしろ悪いみたいだよね。

「ふう、どうしたものかしら…」

 手を洗いながらため息まじりにつぶやく。

「さすがにやりにくいわよね」

「部長…いたのね」

 入った時は気づかなかったけど、そこには部長がいた。

「うちの部は部員同士の恋愛を禁止にはしてないけど、どうしても空気が乱れるなら両者退部もいとわないつもりよ」

「わかってるわ…そういえば部長はそういう話、無いですよね?」

 締めるところはしっかり締めてくれる、頼りになる部長の周りでは浮いた話を聞いたことがなかった。

「そう見えるかしら?」

 すまし顔で答える。

「もしかして…」

「中学からの彼ならいるわ。高校が違うから気づかれないだけで」

 そうだったんだ…。

 そういえば部長は輝に対して熱を上げないのは、彼がいるからだったのか…納得したわ。

「副部長の入部は、本当に助かったわ。人材確保の面でも、管理体制の面でもね」

 部長は隣で手を洗い始める。

「で、副部長はあなたを追いかけて入部してきたみたいだけど、何かあったの?」


 ギクッ!


 本当のことは言えない。

 実は今、輝と付き合ってることなんて…。

「まあ…学食で絡まれて、それ以来いろいろちょっかいは出されてるわ」

 嘘は言ってない。

 けど事実すべても言ってない。

 少し胸にモヤモヤしたものを抱えつつ、蛇口を閉める。

「吉間くんが入ってきてから副部長の様子が変わった。あなたが吉間くんと別れてからすぐに副部長の様子がよくなった。何か関係はありそうね」

 う…部長、鋭い…。

「だからあたしは買い出しをあなたと副部長のペアにしてみたのよ」

 ということは、文化祭前からわかってたんだ…。

「あなた達を見てるとほんと飽きないわよ。買い出しへ行かせるたびに様子が変わって帰ってくるんだもの」

 確かに…買い出しへ行くたびいろいろあった。

「まあ、今年度いっぱいは詰め込むつもりなんて無いし、耐久レースみたいな予定もも無いから、あまり考え込まないで気楽にやりましょう。おかげで文化祭は記録になる実績を残せたんだしね」

 そうだ…思い出した。

 文化祭の時に来たあの手芸協会の素敵なおばさま。

 コンテストの作品を待ってると言ってくれた。

 最初はおそれ多くて拒否しちゃったけど、出展する作品を何か考えてみようかな。

 部長はお手洗いを出ていった。


 あたしも部室に戻って、コンテストのことを頭に思い描いていた。

 そういえばどういう作品が入賞したんだろう?

 気になったあたしはスマートフォンを取り出して、公式ページを覗いてみる。

「すごい…」

 おばさまは、テーマを決めて作るといいと言ってたけど、見ただけでテーマ(題名)がわかるくらいハッキリしてる。

 かといって、たとえば『小鳥のさえずり』というタイトルで、小鳥や擬音が具体的に描かれているわけではない。そんな野暮ったいものは選考で落とされているはず。

 春めいた基色に薄っすらと一本の羽っぽいものと、本当にさえずりが聞こえてきそうな空気感を情緒豊かに表現している。

 見てるとなんかウズウズしてきて、あたしも作りたくなってきた。

 どんなの作ろう…?

 あのおばさまは、自分や人に使ってもらうことを考えるべきではないと言ってたわよね。

 確かに入賞したこれらを見てると、実際に街中で使おうと思ったらかなりの勇気がいるかもしれない。

 まあアート作品としての一点物だから、実用的である必要は無いか。

 うーん…。

 おいおい考えよう。

 けどこういう情緒的なテーマがいいよね。

 どこかの時点でのあたしの気持ちなんていいかもしれない。

 輝と一緒にいるときの気持ちを表現するとしたら…。


 ボッ!!


 昨日のことを思い出して、顔を真っ赤にしてしまう。

 家族がいない家に二人きり…それでベッドに入ってきたんだよね…。

「あれ?どうしたの?」

 あたしの顔を覗き込んでるのはになりさんだった。

「あ、これこれ」

 表示している画面を見せた。

「アート・クラフト・コンテスト…?文化祭で応募を薦められたあれ?」

「うん。試しにやってみようかなって思ったんだけど、でもちょっと恥ずかしいなと思って…」

 これのテーマ決めで、輝と一緒にいるところを思い浮かべたのは内緒。

「この最優秀作品はすごいよ。テーマがしっかりしてるし、色使いが大胆なのに全体のまとめ方が繊細で、本当に芸術作品だわ」

「ほんとね。素人の目から見ても見惚みとれちゃう。彩音ちゃんはここの審査委員長に褒められたんでしょ?絶対いけるって!」

 そういえばあたしは吹奏楽部の衣装を手掛けたことを、あのおばさまに教えたら、すっかりノリノリで見に行ったみたいだけど、どう思われたのかしら。

「けどね、これを見ちゃうとあたしなんかじゃ佳作かさくにすら入れるかどうか…」

「やってみなって。自分の立ち位置がわかるかもよ?」

「ありがと。考えておくわ」

 あたしは話を切り上げて、自主課題に取り組んだ。


 点検係に鍵を任せて、帰路につく。

 スマートフォンの連絡帳を開いて、輝にダイヤルする。

 大事を取って寝てるかも知れないわね…。

「おう、彩音。どうした?」

 よかった。声を聞けた。

 ガラガラ声かと思ったけど、どうやらあたしと同じ風邪だったようね。

「それはこっちのセリフよ。体調はどう?」

「多分明日は登校できると思う。それほど深刻な風邪じゃないみたいだな」

 寝てるスキにキスした疑惑はあるけど、電話じゃなくて直接聞きたい。

「それはそうと、デート。仕切り直ししようか」

「うんっ」

 好きな人の声を聞くと、こんなにも心がポカポカしてくる。

 こんな気持ちを作品にしてみようかしら。

「でも心配なことがあるわ」

「何だい?」

「近所だと、二人でいるところを見られちゃうかも知れない。そうなったら…」

「ならそこも任せてくれ」

 輝のことだから、開き直って堂々と見せつけるということはないと思うけど…。

「うん、なら任せる。そろそろ電車だから切るわね」

「ああ。また明日な」

 ピッ

 通話を切って、駅の改札を通り抜けた。


 声はさっき聞いたばかりなのに、もう輝の声を聞きたくなってる。

 颯一の時とは違う。

 ダメと分かってても、自分を抑えられない。

 やっぱりあたしは輝のことが好きで仕方ないんだ。

 誰かを好きになるって、こんなにも楽しくて、嬉しくて、切ないことだなんて…。

 颯一と付き合わなかったら、ここまで幸せな気持ちに自分では気づけなかったのかも知れない。

 唇に触って、あの事を思い出す。

 文化祭の後夜祭…。

 颯一は激しくあたしを求めてきた。

 多分あれは、確かめていたんだと思う。

 あたしが輝のことを完全に吹っ切れているかどうか。

 確かにあの時、颯一への想いは大きくなっていた。

 けどどこかでまだ輝を想う気持ちが残ったままだった。

 あの口づけで、颯一はあたしの心にある輝と戦っていたんだ。

 必死に輝を諦めようとした自分がいたことは、否定のしようもない。

 だから…。


 それにしても紘武ってどうしてこう…タイミングいいんだか悪いんだか、何かと重要な場面にいつもいるような気がする。

 まさか後夜祭の時、颯一が別れを切り出したときも、近くに居たんじゃないでしょうね…?

 そんなことを考えていたら、紘武の姿が少し離れたところにあった。

 ちょうどいいから、聞いてみようかな。

「一緒の電車なんて、偶然ね」

「おー、元気そーじゃねーか。風邪引ーたって聞ーたけどな」

 相変わらず雑な言葉遣いは健在らしい。

「今度はあっちに感染うつっちゃって、でも明日は来られそうみたい」

「まさかてめーが感染したンじゃねーだろーな?」

 思わず一瞬沈黙して、ベッドに入ってきたことを思い出して顔を赤くする。

「………ぉぃ…」

「いや、何もなかったよ」

「ならなンで顔赤くしてンだ?」

「成り行きとはいえあたしの知らない間にあの人が部屋に来たんだもん。そりゃ恥ずかしいよ」

「やっぱてめーが感染したンじゃねーか。試験期間を挟ンでっから、後夜祭の時にあいつからもらった風邪でもなさそーだな」

 ボボボッ!!

 恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうになった。

「やっぱり見てたのねっ!?」

「知るか。どこも腰掛けられるとこがねーから木に登って休ンでたら、てめーらが来て真下で勝手におっぱじめやがっただけだろーが」

「さいてー…」

 やっぱりあの場に居たんだ。しかもすぐ上とは…。

「屋上でのキス未遂ン時も昼寝のため上に居たぜ。だがな、あの夜にあれを知ったからあの日にやっとあいつの本音を引き出す行動を起こせたンだ。そろそろ減速すンぜ?」

「あっ!」

 言うが早いか、電車が減速を開始したせいで、あたしは背を向けた進行方向へ倒れそうになる。

「おら言わンこっちゃねー」

 紘武があたしの肩を掴んで引き寄せる。彼は態度が悪く見えるけど、その行動はどれも人のことを思った優しさがある。

 実際に、輝と颯一の名前は今の所は出してこない。誰かに聞かれたらまずい内容もちらほらある。その辺の気遣いもしっかりできてる。

「あなたとはいずれ、ゆっくり話してみたいわ」

「あン?もーあいつに飽きちまったか?」

「んなわけないでしょ!」

 輝との関わりは長くて深いみたいだし、あたしの知らない輝のことも知ってるはず。

 そんなやり取りをしてる間に、あたしの降りる駅へ着いたから電車を降りた。


 夜になって、お風呂も済ませて寝ようと思った時に、ふと机に置いてあったスマートフォンが目に留まる。

 ロックを解除して通話履歴を見る。

 新宮しんぐう輝の文字が並んでいた。

 帰りがけにお話したのに、またお話したくなっている。

 けど今かけたら迷惑かも。

 明日は来るって言ってたし、今日は我慢しようかな。

 こんなに好きになるなんて思わなかった。

 そもそも輝の彼女になろうなんて…なれるなんて、予想もしてなかった。

 思えば一目惚れだったんだよね。

 さりげない優しさと、整った面立ち。

 教材の定規一本分くらいある身長差。

 それが噂のチャラ男と知って、そんなチャラ男に惚れちゃった自分にイライラして、絡んでくるのに触りはしない。

 ちぐはぐな彼の行動に振り回されて疲れちゃって、思いを振り切ろうとしてあたしは颯一そういちを利用してしまった。

 てっきりやめるかと思った部活を、颯一はやめずに続けてる。

 距離を置かれて寂しく感じると同時に、接しにくくてどうしていいかわからない。


 ぼふっ


 ベッドに倒れ込んで、ぼんやりとこれまでのことを思い出している。

 輝に心をときめかせつつも、火を着けられた颯一のことも頭から離れない。

「どういうつもりなんだろう…颯一…」

 部長はかなり際どいところまで気づいてそうだよね…。


 翌日

 いつものとおり、隣のクラスは追っかけ女子たちがワラワラと集まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る