第22話:あめふってじかたまったかな

 部室に戻ってきた部員たちは、手分けして制作に取り掛かった。

 あたし一人でやっていたらおそらく明け方までかかっていたはず。

 けど、これだけいれば…。

 ひかるがテキパキと指示を出して、制作がみるみる進んでいく。

 それでも時間は過ぎていく。

「白い糸ある?こっちは使い切っちゃったわ」

「ベージュの糸がある。これなら目立たないから許容範囲だろう」

「腰紐に使う布が足りないわ。どこかに余分な布はある?」

「この端切れを使って縫い合わせればいい。腰紐はほとんど隠れるから問題はないはずだ。縫い合わせは真っ直ぐではなくアクセントとして斜めにするんだ」

 次々とトラブルが発生するものの、輝はすぐさま対応策を示している。

彩音あやねさん、こっちお願いっ!」

「一分待って!」

 キリのいいところまで作業を進めて、糸を外して呼ばれた方へ行く。

 腰紐は袋縫いしているけど、その袋縫いがどうやら苦手なようだ。

 裏返しになっている袋縫いを、棒で縫っていない場所まで押し返す。

 表面になったら今度は裏表をひっくり返したところがまだ縫われていない。

「これは手で仮縫いするのよ」

 手で折り癖を付けて、本縫いをしやすくするため手縫いで糸を通す。

 今までこんなことは無かった。

 絶対、あたしには頼らないと心に決めているかのようで、こうしてあたしを呼ぶことは輝以外では無かった。

「彩音さん、こっちもお願いっ!!」

 手縫いを終えたあたしは、本縫いを任せて呼ばれた方へ行く。

 度々呼ばれては作業を中断して、技術的な問題を解決した。

 見る間に仕上がっていく衣装を、輝が仕上がり具合の点検をする。

 さすがにサイズは確認させられないから、ハンガーにかけて縫い忘れや損傷などが無いかだけを確認している。


 散々中断を挟み、あたしが受け持つ衣装の仕上がりが最後になった。

 これを縫い終われば…。

「できたっ!」

『はーっ…』

 部室全体が安堵の空気に包まれる。

 さっきまでは鋭い針で突き刺すような張り詰めた空気が、嘘のように溶けて消えた。

「みんな、お疲れ様。よく頑張ったわ」

 部長が労いの言葉をかける。

「これ、届けてくるね」

 出来上がった衣装を抱えようとした時…。

「みんなで渡しに行きましょう。これはみんなの協力があってこそだから」

 部長の言葉に…

「はい、なら一つずつ持ってくれるかしら」

 輝が入部して、追っかけが入ってきてからずっとあたしは孤立していた。

 けど今はそれまで抱えてきたモヤモヤが無くなって、部員との一体感を噛み締めている。


 三階のボヤがあった教室は急いで復旧させたのか、すっかり天界喫茶の装飾を終えていた。

 壁は青空や雲が描かれ、天井から吊り下げた綿わたは天に迷い込んだような錯覚を覚えるほど完成度が高かった。

 これが衣装の焼失で出店なしになるところだったんだ。

 火災の原因はコンセントのショートだったらしい。

「ええっ!?もうできたのっ!?」

 前日の点検をしていたらしい数人が駆け寄ってくる。

「はい、注文の10着よ」

 一人ひとり、抱えた衣装を渡していく。

 受け取る人は一着受け取るごとに驚いているようだった。

「ほんと、ありがとうっ!!これで出店できるわっ!」

「お礼ならにしてね。彼女、この生地を確保するために学校中を奔走ほんそうしてたんだから。生地のお店は閉まっちゃったから、お店に頼らないで布をなんとかする必要があったのよ」

 部員の一人が事情の説明を始めた。

 前までマネージャーと呼んでたはずだけど、名前で呼んでくれたことに、あたしは気づいていた。

「本当に、ありがとうございました」

 深々とお辞儀をする天界喫茶の女生徒たち。


 衣装を引き渡し終えたあたしたちは部室に戻った。

「彩音さんが諦めなかったから、出店取り消しなしで開催できることになったわ。おかげでみんな帰れなくなっちゃったけど…」

「うん、みんなが助けてくれてとても嬉しかった。でもそのせいで…」

 時計は12時を回っていた。

 もう終電の時間で、帰りの交通手段が無くなってしまった。

「仕方ないわね、みんなそこらへんの椅子で…」

 部長が言いかけたその時…


 スラッ


「それも話をつけてきた」

 ドアを開け放った輝は、後ろに先生を連れていた。

「7人乗りの車だから駅の近い順に、6人までは車で送る。他の人は保健室のベッドを使ってほしい」

「今学校に残っている先生は二人。二人共学校を離れることはできないから、一人だけ協力してくれることになった。あまり長時間離れるのはまずいそうだから、車を出してくれるのは一度だけ、だそうだ」

 輝が説明を終えた後、部員同士で顔を見合わせて、言い出しにくそうな空気が漂う。

「あたしは保健室を使うわ。もともとあたしのワガママなんだから。次の始発で一度帰ることにする」

「彩音さんは送ってもらいなさい」

「いいの。もともと徹夜を覚悟していたんだから。ベッドで寝られるだけでも助かるわ」

 部長の提案を蹴って、あたしは引き止める声も無視して部室を離れた。

 部室にとどまっていても話は平行線で譲り合いしあうのが分かっていたから。

 言い出したあたしが先駆けて辞することで、後の話はすんなりと進むはず。


「僕も帰りは朝にする。保健室を使うことにするよ」

 輝が彩音に続いて辞そうとする。

「ダメよ。あなたは帰って。これはに譲らないわ」

「なん…」

 言いかけてハッとした。

「そうか…保健室を使うなら女子だけにしておかなきゃダメか」

「そういうこと。何か起きる起きないの話でもなければ信じる信じないの話でもなくて、これは責任を預かる身としてのよ。あたしは保健室を使うから、あなたは帰って」


 いつもは真っ暗な校舎だけど、文化祭前日だけは特別。

 あちこちの教室で徹夜組の生徒が残っていて、明かりが灯っている。

 ちょっとだけ心を動かされる非日常の光景を眺めながら、保健室に到着した。

 カーテンが開放されているベッドを選んで、ベッドに横たわってカーテンを閉める。

 ほどなく保健室のドアが開いて、数人が入ってくる足音が耳に飛び込んできた。

「いるんでしょ?部長」

「いるわよ」

「誰が帰ったの?」

 あの場であたしが引かなかったら、おそらく話はまだ続いていただろう。

 やっぱり言い出したあたしが辞することで話がスムーズに進んだみたい。

「帰ったのは副部長と…」

 合計6名の部員の名を教えてくれた。

 そうよね。副部長とはいえ男を混ぜるわけにはいかないわよね。

 もうカーテンを閉めていて、蛍光灯は消している。

 間接照明でぼんやりと映し出される天井やカーテンが、さっきまでの騒ぎで興奮していた心が、落ち着きを取り戻していた。

「あたし…輝には助けられてばかりいるわ…けど文化祭が終わったら…」

「話は後日にしましょう。ゆっくり休んでね」

 もっともな話だ。

「お互い、朝の挨拶はなしでね。それぞれ起こさないようにしましょう」

 あたしは口を閉ざして眠りにつく。


 朝になり、ベッドから起き上がる。

 今は5時。

 空はまだ真っ暗だけど、もう電車は動いている時間。

 起こさないよう静かに保健室を出た。

 本数は少ないものの、電車は走っていた。

 家に帰り着き、シャワーを浴びて仮眠を取ることにした。


 ピンポーン


 スマートフォンの通知音で目が覚めた。

 見ると、颯一そういちから、今日の文化祭、一緒に回ろうという内容だった。

 そっか。颯一は知らなかったわね。手芸部が夜遅くまで作業してたこと。

 これもいい話題になりそう。

 いいわよ、と返事した。それと茉奈のことも話そう。


 文化祭一日目

 これだけ大々的にやる催事だけあって、開催期間は二日間。

 金曜日と土曜日で、日曜は全校休み。

 土曜日は一般受け入れを行っていて、他校の生徒も入ってこられる。

 今日は校内のみ。

 あたしのクラスはコスプレカフェだったことを今やっと思い出した。

 手芸部の制作に追われてすっかり忘れている。

 ちなみにあたしの出番はすぽっと抜けていた。あまりに手芸部が忙しすぎてクラスの準備に全く参加できていなくて、コスチュームも作っていなかった。

 けど手芸部の作品案内は担当に入っていた。

「おはよ、颯一」

「おはよう彩音。手芸部、昨夜は大変だったみたいだね」

「そうなのよ。展示が終わった後にボヤが出て、燃えちゃった衣装が作り直しだったのよ」

 その時に起きた一部始終を話して、颯一と恋人つなぎのまま校内を歩く。

 一緒に歩いてるその姿を見る輝の目は、黄昏時たそがれどきのような鈍くてくらい光を宿していた。

「新宮さんっ!おはようございますっ!」

「おはよう、輝さんっ!」

 次々に輝の周りには女子が集まり始めた。

 その中にはもちろん手芸部員もいる。

「よければ文化祭、一緒に回りませんかっ?」

「あたしが先に新宮さんを見つけたのよっ!?」

「輝さんっ!」

「いえ、あたしとっ!」

 とってもカオスな事になってきている。

 輝を中心にした人だかりを後ろ目にして、そのまま奥へと進んだ。


『ただいまより、文化祭一日目を開始します。本日は校内向けの開催ですので、本校関係者以外の入場はご遠慮ください』

 校内放送で文化祭開始のあいさつが響き渡り、あちこちから拍手が沸き起こる。

 夏休みが終わってから準備をして、かなりの日数をかけて開催する文化祭だけに、一日で終わらせるのはもったいないという声に応えるのと、他校や社会交流を目的とする理由から、二日間の開催に変更されたのが一昨年かららしい。

 一日目から一般開放したところ、問題がいろいろ発生したため一日目は問題の洗い出しや、一般開放へ向けた心の準備という理由で二年目からは一日目が関係者限り、二日目に一般開放ということで生徒会では落ち着いた。


 校内はすっかりお祭り気分になっていて、思わず浮足立ってしまう。

 それにしても、あたしたちが作った衣装をこうして見てみると、これまでの苦労が報われたような気分になる。

「なんか不思議な感じだね」

「そうだな…俺は男子生徒向けの衣装しか作ってないけど、次々に出来上がる衣装を見てきたから、こうして着てくれてる姿を見るとやってよかったと思うよ」

 この学校では、できるだけ社会に出ても通用するようにと、各部活でできることは部活で済ませるようにしている。

 実際に出し物で金銭のやり取りは発生するけど、前もって文化祭用の金券に引き換えして、後で精算するようにしている。

 デザイン部というのもあるらしく、チケットのデザインをした上でラメ加工や箔押しのチケットを印刷屋に頼むなど、かなり本格的な準備をしている。

 手芸部で衣装の内製をするのもその一環だという。

 本当にきつかったけど、それは他の文系の部活は似たようなものだったんだろうな。運動部は校庭でやきそばやたこ焼きなど、お腹の膨れるものを出すのが通例となっている。

 もちろん、余ったチケットは開催時間の中で払い戻しできるし、後日でも年内なら払い戻しに対応している。

 チケットは基本的に使い捨てで、出し物で出店側が受け取ったチケットはその場でスタンプを押して、所有者を明らかにしている。

 出店側以外の払い戻しでスタンプが押されている場合は応じないというところまで、不正行為対策の仕組みはしっかり検討されて作り込まれている。

 とはいえチケットを使ってよいのは飲食や、射的などの景品が消費されるものに限り、観覧や体験など、物理的に提供するものがない出店は無料が原則とされる。

 その辺は出店の内容を把握する生徒会でコントロールしているらしい。

 そういえば輝は衣装の制作について生徒会へ情報提供の調整をしてたんだっけ。

 去年は人数が少なくて、衣装を内製で対応できたのはわずかだったから、今年の全出店衣装を作れたのは快挙と言える。


 颯一と一緒にあちこち見て回る。

 どこへ行っても見覚えのある衣装があって、どこか嬉しいような見飽きたような、複雑な心境だった。

 時々女子がキャイキャイしてると思ったら、やっぱり輝だった。

 手芸部は特に忙しかったから、クラスの出し物でも決める時を含めてほとんど参加できておらず、担当を持ってない人が多い。

 輝もどうやら担当を持たなかったらしい。

 そもそも衣装が必要な出し物でも、採寸すらできなかったから。


 ふと見慣れた顔が向こうからやってきた。

 茉奈…?なんでいじめの主犯埋橋と一緒にいるの?

 少し前に、茉奈の大切にしてる形見の手帳カバーに落書きされて、茉奈がブチギレて…もう口も利きたくないって言ってた茉奈が…?

 笑顔を向けて埋橋うずはしさんと楽しそうに会話してるようだった。

「茉奈…埋橋さんと仲良くなったんだっ!?」

「あっ、おはよ~彩音。うん、仲良くなったよ」

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