戒ー懐古

私は直ぐにその背中を見つけることが出来たのでした。頭一つ分だけ背の高い大きな背中は数年前より変わることはなく、どこで見ようとも見つけることの出来ることを改めて確信するのでありました。幼い時分によく背負われていた背中の温もりを、その背中を失った日の生温い安堵を思い出して、けれどもそれすら過去のことにしてしまう思慕がその背中にはあったのでした。

私は自分の胸が苦しいのを感じると、息が浅くなっていることに気付いたのでした。

時の歯車というものは残酷なようで、錆びついたりなどはしないのでありました。

平生は履かないレースアップサンダルで小走りに近付いて私は掴みかけていたささやかな温もりを失うかもしれないということを意識したのでありました。数年前の私の居場所には見知らぬ人がいたのです。肩より伸びた榛の交じった黒髪、華奢な身体、俯き加減に笑う仕草。今の彼はそういう女性像を好むのだということを知れた反面、私は自分の愚かさを憎むのでした。数年前から変わらぬはずがない。なぜそのようなことに気づけなかったのかと。

私はこれより後の時をこの背中より離れて歩かねばならないことを改めて悟ると想ひ出の色の褪せていくのが孤悲なのだと気付くのでした。

そうして私は静かに背中に近付くと硝子で作られた蕾に充ちた静寂にそうするように柔らかな接吻をするのでありました。

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