第6話 秘密

「不思議な会話……ですか、そうでしょうね。今から順番に説明させていただきます。とはいえ、半分以上はこちらからの質問となってしまいますけどね。ではまず透さんは10年前にこの古都を襲った『大災害』についてどれくらい知ってますか?」

「『大災害』って……確か国籍不明の巨大人工衛星が、今現在は『国立聖都学園』があるところに落下したっていう事故ですよね。犠牲者総数、十数万人っていう大惨事だったっていうそんな悪夢のような事故。英語で言うと『The Fall』だったと」

「正解、なんですけど不正解です。本当は人工衛星なんて落ちてませんから」

「?!でもその当時のニュースとか、実際に落ちる直前の映像とか!」

「はい、それらもすべて嘘です。この事実を知っただけで、もう透さんは犯罪者さんの仲間入り♪ですね」


 そんな恐ろしいことを笑顔で言う彼女。僕にはまだそれが本当のことだという認識はない。それはあたりまえの感情だろう。今までずっと信じてきたことが『嘘でした』の一言で納得できるくらいなら人間はもっと平和に生活しているはずだ。


「ふふふっ、やっぱり信用できませんよね、こんな話。でも本当なんですよ、人工衛星は落ちてこなかったけど、その代わりに落ちてきたものがあったんです。それが『銀の月』」

「銀の……月?」

「はい、銀の月です。少し話はそれますが、透さんももちろんご存知だと思いますけど、この『古都』の街では『無線機器』のたぐい、携帯電話、ケーブル接続されていないテレビ、ラジオの使用は条例――特殊法令で禁止されてますよね?」

「当然知ってる。確か『大災害』以降、磁場がおかしくなって無線機器が誤作動・発火する恐れがあるからって理由だったと思うけど」

「はい、正解です。けどやっぱり不正解なんです。別に普通に無線機器を使うくらいならそんなことは起きませんから。ただ、今の法律上、使用がばれたらやっぱり犯罪者さんの仲間入りなんですけどね。あ、また話を変えますけどこれ、何色に見えますか?」


 そう言って唐突に彼女はさっき室長から取り上げたタバコのフィルター部分を指差して言う。僕は彼女が何を聞きたいのかわからないまでも、素直に答えることにした。


「くすんだオレンジ色…でいいのかな?」

「はい、それでは普段、夜見上げると見える月の色は何色でしょう?」

「うーん…白か、薄く黄色がかった白…かな」

「そうですよね、多分そんな感じじゃないかって思いますよね。では問題です。このタバコのフィルターがくすんだオレンジ色に見えたり、月が白く見えたりするのはどうしてでしょう?」


 僕は彼女が何を言いたくてそんなクイズにも似た質問を繰り返すのか、まったくわからない。それでも今の自分に出来ることはその質問に一つずつ答えていくことだけだった。そして、その質問の一つ一つは何とか僕の知識でも答えられる内容だった。


「……光の波長の違いかな? 確か、その『色のある部分』に光が当たるとその波長にあうところだけをプリズムで取り出したように反射するから、その『色』として目が受け取り、脳が認識する……だったと思う」

「はい、大正解です! では、無線機器とこの『色』の共通点は何でしょう?」

「周波数、波という性質を持っていること」

「そうですね。で、やっと落ちてきた『銀の月』に話が戻せるわけです。あの『大災害』と呼ばれる事件以降、月の光はこの『古都』を中心に『銀色』を放つようになっているんです。もちろん普通の人にはいつもどおりの『白い月』に見えるんですけどね。それもすべてはこの古都を取り囲んでいる『結界』のおかげなんです」

「それってつまり、『大災害』と同じ事はずっと続いていてそれを『結界』で押さえつけてるって、そういう事?」

「その通りです。そして、その月から落ちてくる銀色の波長を私たちは『』と呼んでいます」

「『マ』? それって『悪魔』とか『魔物』とかの『魔』?」


 コクン、と彼女――綾乃さんはうなずき、肯定を示した。そしてその後をさっきから黙って聞いていた平城山室長が引き継ぐ。


「大体の概要は今聞いてもらったとおりだ。そしてこの『魔』の波長は結界の合間を縫ってこの古都を少しずつ蝕んでる。お前さんがさっき言ってた『悪魔』とか『魔物』っていうのは想像のしろもんじゃない。この世界の現実だ。もちろん生まれついての悪魔なんてもんはいない。人間がその銀の波に飲み込まれたとき、悪魔になるんだ」

「そんなことって……信じられない」

「でもお前さんだってさっき言ってただろ? 波長を取り込んだ脳はその波長の意味を認識するんだって。俺たちが『魔』と呼んでいる波長はこの世界を混沌へと引きずり込むまさに悪夢のプログラムって奴なのさ。『魔』に取り込まれたモノはその能力のリミッターがはずされる。肉体も、そして精神もな。まさに化け物の誕生ってわけだ」


 僕はあまりに突拍子もないことに、何を話すことも出来なくなっていた。ただ、これが本当のことだとするなら僕たちが暮らしているこの古都、いや、世界はなんて――なんて不安定で恐ろしいところなんだろう。


 そして、もう一つの疑問が頭をよぎる。


「そんなことを知っているあなたたちはいったい何なんですか?!」

「うーん、まぁ平たく言うと『正義の味方』だな。ただし、自分たちがやってることが本当の意味で『正義』なのかどうかは俺にはわからんがね。そして、お前さんの親父――日下部幹也はそんな『魔』に汚染された人を滅ぼす『退魔師』だったってことだ。その能力は『不確定の確定』。奴の言葉を借りるなら『変えられない未来をる』だったな。そしてあいつは自分の『視た』未来の通りに死んじまって、奴の言葉通りにお前さんがやってきた。そしてお前はもう、ここに来た時点で不確定を確定する者、観測者になっちまった。もう、あいつが見た未来を変えることは出来ない。たとえお前さんが望まなくても『魔』と対決する以外、お前がお前さんとして存在できる道はなくなっちまったんだ」


 だから、室長は僕に『うらむのなら父さんを恨め』というようなことを言っていたのかとやっとわかった。父さんの能力が『不確定な未来』の確定なのだとしたら僕はもう、ここに来た時点で『魔』と相対するものとして確定してしまった存在なんだろう。複数の未来が存在するこの世界で未来を予知するというのは、つまりあらかじめ一つの未来を予知するのではなく、未来が確定してから過去を変えて、その未来予知が起こっていたことにしてしまえばいい。それが父さんの『視て』いたものだったんだと僕には理解できた。


 それならば、僕に宛てられたあの不思議な手紙にも納得がいく。僕があの手紙を見た時点で過去が作り直されるわけだから、未来予知としてこれ以上正確なことはない。僕の『視る』一秒後の世界とは別次元の能力だ。


 それでも僕は、今ここに自分がいることは自分自身の意思で来たんだと信じたい。たとえそれが父さんの予知の範疇はんちゅうであったとしても、僕は自分の意思で選択するんだ。

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