第5話 インターミッション

「はじめまして、日下部幹也の息子・透です。早速ですけど……室長は父のことをご存知だったんですか?」

「ああ、知っているも何も奴と俺は同期だからな。そうか、そこから話さないといけないってわけか。最後まで面倒くさいことを押し付けてくれたもんだな、まぁ奴らしいといえばそれまでだが。とりあえず、話をはじめる前に先に謝っておく。許してもらえるとは思っちゃいないがな。幹也と董子とうこさんを救えなかったのはすべて俺の力不足だ、すまない」

「?!どういうことですか? なぜ室長が僕に謝るんです? 両親が死んだのは事故――」

「事故じゃないとしたらどうする?」


 そういう室長のめがねはズレて、僕の目と視線が絡み合う。体が萎縮して動けない。蛇に睨まれたかえるっていうのはこういうことなのか。それでも僕は意識のすべてを声を出すことだけに集中して、なんとか言葉をひねり出した。


「……事故じゃない、ってことは事件だってことですか?」

「今のお前さんに認識できる言葉で説明するのであればそういうことだな。そして犯人もわかってる、と言ったら?」

「僕を試してるんですか? さっきからあなたの言ってることがわからない」

「ふむ、そうだろうな。俺もそうじゃないかって思ってたんだ。言っていいのか、実は俺がまだ迷ってるんだ。ここから先を聞いちまったら後戻りは出来なくなっちまうぞ。お前さんがこの先『日下部』として生きていくか、それとも普通の人間として……いや、だめだな。お前さんはもうここに来た時点で選べないんだ。こっちの件はうらむんなら幹也を――お前の親父さんを恨んでくれ」


 僕はもう頭の中がぐちゃぐちゃで、何をどう組み立てればこの平城山と言う男の言葉の意味を理解できるのかわからなかった。目の前の男も、どうすれば僕に理解させることが出来るのかと、頭髪をくしゃくしゃと右手で乱す。


――コンコン。

 そんな時、後ろの扉からノックの音が聞こえた。そしてそれに続いて女性の声。


「室長、入りますよ~」

「げっ」


―――がちゃり。

 扉が開く音とともに入ってきたのは二十歳前後の、長い黒髪をポニーテールにした綺麗な女性だった。女性はお茶の入った湯のみを僕と室長の前に置いた後、僕に向かってにっこりと微笑みながら自己紹介をはじめた。


「はじめまして桜木 綾乃さくらぎ あやのと申します。あなたが日下部さんの息子さんですね? このたびはなんとお悔やみしたらいいか……」


 そう言って、悲しそうな表情で視線をそらす彼女。なんだか父さんはここでは有名人だったようだ。ここには僕の知らない父さん――日下部幹也が確かに居たんだと実感できた。


「気にしないでください。お茶いただきます」

「はい、今日のお茶は少し良いものをつかってますからおいしいはずですよ。それよりも室長?」

「はい、何でしょうか、綾乃さん」

「また資料を床に落としましたね?」

「いえ! そんなことは……ありま…………す。すいません」

「えっと、これで累積ポイントが10になりましたから一週間の禁煙ですね」

「ああっ! 俺のたばこ」


 綾乃と呼ばれた女性は平城山室長の口から吸いかけのタバコを奪い取り、胸ポケットのタバコとライターを抜き取った。


「没収です、異論はありませんね?」

「……はい」

「よろしい」


 何を見せられてるんだ? 僕は目の前で行われている、親子ほど年の離れた二人の変な漫才にすっかり自分がここに何をしに来たのか忘れそうになっていた。それを思い出させてくれたのは以外にも平城山室長だった。


「それはそうと綾乃ちゃん、他の『一般職員サラリーマン』はどうした?」

「あ、今日は水曜日なので皆さんもう帰られましたけど」

「そうか、今日はノー残業デーだったな。ちょうどいい。俺が説明するよりは綾乃ちゃんが説明したほうがわかりやすいだろう。ちょっとこの日下部の息子に全部をさらっと説明してやってくれ」

「ふふっ、そうですね。室長は説明には向いてませんものね」

「まぁな、どうしても俺が説明しようとすると相手を尋問してるみたいになっちまう」

「わかりました。じゃあ一応『結界シールド』を張って置いた方がいいですよね?」

「ああ、任せる」


 一般職員? 結界? 何のこと? 僕は目の前の二人の会話にまったくついていけずに、とりあえず成り行きを見守ることにした。


「では一応『結界』のレベル1を張っておきます。……これでこの付近には人は寄り付きたくなくなったはずです。安心してお話が出来ますね」

「どういう事ですか? さっきから不思議な会話が続いてるように思うんですけど」


 目の前の女性は僕のほうに向き直り、微笑を浮かべながら話しはじめた。


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