第14話 普通のレストラン

「今何時だ?あ~かったりい」大仏男はコップの水を一気に飲みこんだ。

「まもなく9時だ」男もコップの水を一口飲んだ。

なんか変な感じだ。股がゴワゴワしている。。。

「あ、お金入ったままだ」男はそういうとズボンの中から封筒を取り出して

大仏男に渡した。

「これまた臭そうなところに入れてたもんだな。」大仏男はメニューをペラペラめくりながら笑った。


どこにでもあるチェーンのレストラン。

客は結構入っている。大仏男がボタンを押すと、ウエイトレスはすぐに注文を

聞きに来た。

「あ~俺はこのモーニングセットね」

「はいかしこまりました」手慣れた手つきで注文を入力すると、ウエイトレスは男のほうを見た。

「あ、私も同じものをください」男がそういうと、注文を入力し忙しそうにウエイトレスは去っていった。

今回のウエイトレスも結構かわいい。ロングヘアーに薄い化粧。男が好みそうな顔つきである。


「あのウエイトレスにもほれちまったか?」

大仏男は鼻で笑うと、コップに残った氷をがりがりとほおばった。

「い、いいじゃないか」

「どこもかしこも花盛りってか~」大仏男はおしぼりをたたんで自分の目の上にのせたまま動かなくなった。

1分ほどすると、大仏男はおしぼりで顔を拭いて男のほうを見た。

「さあて、これからの戦略を立てるかな~」大仏男はおしぼりを丸めてテーブルに置いた。

「戦略か?」男はテーブルに身を乗り出した。

「んだ。」

「で、どおするんだ?」

「お前の彼女は今日一日でどうにでもなるが、問題は就職だ。さすがに明日一日で決着つけるのは難しいから、今日から準備が必要だ。ところで、お前は一度でも就職というか、働いたことはあるのか?」

「・・・大学時代、少しだけアルバイトをやったことがある。卒業後何とか内定をもらって入社したが半年でやめちまった。そのまま働いていない。」

「あ~そうかよ。理由は面倒だから聞かないでおく」

「なんだよ面倒って。聞いてくれよ。」

「やだ。朝っぱらからめんどいのはヤダ。つうか、聞かなくてもわかる」

「本当かよ!」

「マジ。」

「・・・・・・・」男はうつむいた。

大仏男は、男の未開封のおしぼりを手に取り、今度はわきを拭きだした。

「昨日の話で、お前が今のようなお前になったのは、環境のせいにしてたよな?」

「ああ」

「今は正直どう思う?」

「どうって言われても・・・。俺が情けないのが一番なんだろ?」

「どうだべな。正直いえば、お前が今のようなどうしようもない男になっちまったのは、確かに環境のせいもあるかもな。」

「んな?昨日はさんざん自分のせいだ!って言ってたべよ!どういうことだよ。」

「お前を見ていると、お前のおやじがどんな人間なのか想像がつく。まさに、そびえたつ糞どもの負の連鎖だな。」

「・・・・・」


「お前みたいなタイプが言うことはたいてい同じ。環境が悪い、親が悪い、学校が悪い、いじめる奴が悪いってな。で、他人のせいにしてなんか解決したか?解決したなら自殺を考えないべ?それとも、解決策が自殺だったのか?お前は死んだほうがいい人間なのか?自分でそう結論付けたのか?」

「・・・・・」

「もしな、親が悪いとしよう。お前が生まれたのは親が何歳の頃だ?」

「・・・・たしか、おやじが23歳でおふくろが21の頃だ」

「アラサーのお前から見て23歳の男ってどう見える?立派な成年男子か?」

「・・・・・」

「がきなんだよ。そう、未熟な人間。その未熟なおやじとくっついた母親も未熟な人間。」

「・・・・・」

「少なくとも、そんな未熟モノ同士がくっついてお前を作って、飯を食わせて、とりあえず大学まで出したわけだべ?」

「ああ・・・。」

「未熟者の時に子供を作ったわりにはよくやったほうじゃねえの?アラサーのお前は自分ひとりさえまともに面倒も見れないのに。」

「・・・・・」

「でな、まあ、ここでおやじのせいにしたとしよう。お前のおやじのところに俺がいって、なんでお前の息子はアンナ風になったの?って聞いたらなんて答えると思う?」

「・・・・わからない。」

「簡単だ。こういうはずだ。正しい育て方を教えてもらえなかったって。だから俺は悪くないって。」

「・・・・・」

「となると、おやじのおやじ、つまり、お前のジジイが犯人だな。お前から見てじじいは二人いるだろ?さっきと同じように、お前のジジイが二人とも生きていたとして、なんで子供をちゃんと育てなかった?と俺が聞いたらなんて答えると思う?」

「・・・・俺も教えてもらえなかった・・・?」

「その通り。じゃあよ、どこまでさかのぼればいいんだ?てか、こんな犯人探しに意味はあるのか?」

「・・・・・」

「この話は学校の先生も同じなんだよ。教師になるにはどうすればいいか、大卒のお前ならばわかるべ?」

「・・・ああ。知り合いが免許取ったから知ってる。」

「教師っていうのは、大学出ると普通はそのまま教師の道一筋になっちまう。お前をいじめられていた時の担任は何歳ぐらいの奴だ?」

「25歳ぐらいの女教師だ」

「アラサーのお前から見て、世間知らずの25歳の女にありとあらゆる問題を解決できる能力があると思うか?悪い意味じゃなく。」

「・・・・・」

「アラサーのお前ですらまともに自分の問題も解決できないのに、何十人もいる生徒一人一人の問題を完璧に解決できると思うか?お前はな、世の中に期待しすぎなんだよ。」

「期待しすぎ?」

「そう、変な幻想を世の中に抱いている。立派な親に立派な先生、立派な社会人に、立派な家庭。そんなのすべてお前が子供の頃に妄想した世界の話なんだよ。」

「・・・・」

「いいか、よく聞け。この世の中っていうのはな、お前が想像もできないほど、テキトーというか、いい加減な状態で回っているんだよ。」

「適当?いいかげん?」

「そう、適当でいいかげん。」

「・・・・・・」


その時、ウエイトレスがモーニングセットを運んできた。手際よくテーブルに並べると、ごゆっくりと一言残して足早に去っていった。

「このモーニングセットを見てみろ?」

「・・・?どうかしたか?」

「皿にきれいに並んでいるよな?」

「だから?」

「これがぐちゃぐちゃだったらどうする?」

「どうするって・・・・。」

「よく、見た目が8割っていうべ?この世はそんなもんなんだよ。きれいに盛り付けられれば、問題のないモノと人間は思い込む。実際はこのハンバーガーはトイレに行っても洗っていない手で作られたのかもしれないのに。ひょとすると、あのウエイトレスが運ぶ途中で床に落としたのをそのまま運んできたのかもしれんだろ?」

「・・・・まさか。」

「まさかって、お前はこのハンバーガーがやコーヒーがお前の目の前に出てくるまでの工程を見てたのか?」

「見てないけど・・・・。」

「見てないのになんでわかる?」

「・・・・・・・」

「実際にそのモノづくりの現場を見てみろ。かなりいい加減な工場で、ほどよく適当に作っているもんだ。世の中そんなもんだよ。」

「・・・・・・」

「知らぬがホトケってな。」

「・・・それはひどいじゃないか。だましているみたいで。」

「なんで?関わっている人が本当のことを語ったら、お前は何も食えなくなるぞ。何一つな。水すら飲めなくなる。」

「・・・・・・・」

「まあな、うぶなお前にはまだ早い話かもしれないから、とにかく、世の中の普通の人間なんて、かなりいい加減で、適当に仕事をしているってことだけは頭の片隅に入れておけ。そうすれば、就職なんて何も怖くない。」

「・・・・でも、やっぱりひどくない?」

「あのな、正直さが一番というかもしれないが、実際、この世に正直者ってどれくらいいるんだ?」

「・・・・」

「第一、お前は正直者か?」

「・・・・少なくとも嘘はつかない」

「それ自体嘘だろ。」

「なんでだよ。」

「まあいい、とりあえず冷める前に食え」大仏男はそういうと、ハンバーガーをむさぼりだした。

男は何か言いたげだったが、しぶしぶとポテトをつまんだ。

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