第5話 二杯目のコーヒー

大仏男は二杯目のコーヒーに砂糖2個を入れた後、

ミルクをたっぷりとカップに注いでいる。

「おいらは猫舌だから熱いの苦手なんよ」

大仏男がスプーンでかき混ぜてカップを口元に運ぶと

その熱さにまた目を白黒させた。


「で、真実って何だよ。」男が身を乗り出した。

大仏男はカップをテーブルに置くと男の顔を見た。

「簡単なことさ。お前は5分前に俺にまじめな顔して聞いたろ?

今いるこの世は現実か?って。なぜアニー、お前はそんなことを

俺に聞いたか自分でわかっているか?」

「・・・なぜって・・・。なんとなく」

「それだよ。自分自身の思考の元に何があるのか、なーんにも

分かっていない。まるで出口の無い罠にかかった魚のように、

狭い思考力・行動力の中でもがいている証拠なんだよ。」

「ど、どういう意味だ?」

「ん~。簡単に言えば、お前は死後の世界や異世界が存在して欲しいと

心の中で強く願っているんだよ。願っているというよりも、信じている。」

「そんなこと・・・」男はうつむいて水の入ったグラスを握り締めた。

「いや、事実だ。別に死後の世界や異世界を信じるのは自由だしお前の勝手だ。

問題はそれを信じるかどうかじゃなくて、何でそれを信じたり願ったり

するようになったかが問題なんだよ。」

「なぜ?」男は大仏男の目を見た。その目は昔、京都の古い寺で見た

大仏様の目に似ているように見えた。


「死後の世界があるかって?そんなの知るかよ。死んだことある人に

聞けば分かるんじゃないか?でも、死人に口無しだから聞けねえよな。

第一、死後の世界があるっていうやつらは、いったい何を根拠に

その世界があるっていってるか分かるか?」

「さ、さあ」男は首をかしげた。

「お釈迦様は知ってるよな?」

「もちろん。あの横になっている仏像の人だ」

「あ~まあ、確かにその人だけど、その人の教えの中で地獄の話が出てくる」

「地獄?」

「そう、まさに死後の世界だ。で、これが問題よ。もともとお釈迦様は

普通の実在した人間であり、釈迦族の王子様だったんだよ。

ある日急に家を出て修行のたびに出たらしいが。」

「実在の人間だったの?」

「んだ。2500年ぐらい前にインド北部に住んでた普通の人間。

空の上にいる神様かなんかと思ってたのかお前は。」

「神話かなんかの存在かと思っていた。」

「でな、なんの不自由も無い王子様がある日パーティーを開いてから眠り込んだ」

「お釈迦様がパーティーなんかしてたの?」

「だからなんの不自由もしない王子様だったっていったべよ。

若い女に酒、おいしい食べ物をたらふく食べて遊んで眠りこんだ。

で、夜中に目を覚ますと周りで眠っていたやつらが死体に見えて恐怖したらしい。」

「恐怖?なぜ?楽しんだんじゃなかったの?」

「お釈迦様は見えたんだよ」

「何を?」

「すべてはムジョウという真実。」

「ムジョウ・・・?情けがない、ひどい人?」

「それは無情だべ。無常とは、つねではない、の意味」


「・・・」男は考え込んだ。

「ん~ちょっと脱線したな。話を元に戻そう。で、そんなお釈迦様が

地獄がどうのこうのって言ったから、信者の中にはそのまま信じる者もいた。

だがな、お釈迦様が言う地獄って、本当に存在するのかただの概念なのか

意見が分かれるところなんだよ。」

「なぜ?」

「簡単。お釈迦様は人間で生きていた時代に色々言葉を残した。

なのに何故、死後の世界にある地獄を知っているのか。

いくら悟りし者、ブッタだからって、死んだ後のことまでは

分かるわけがない。第一、科学が進んだ現代ですら

死後の世界の存在なんて分かっていないだろ。」

「まあ、確かに」

「何を信じるかは本人の自由だけど、生きている人間が死後の世界を

心配する必要は俺はないと思うけどな。ただそうすると一つ問題がある」

「問題?」

「そう、それは倫理の問題なんだよ。例えばよ、死後の世界なんか無いから

どんな悪いことをしても問題無い!と考えるやつが増えると色々厄介な問題が

起きるだろ。ある意味、大人が子供に言うことを聞かせる為に、

夜早く寝ないとお化けが出てくるぞ!と脅すのに似ているかもな。」

「・・・」


「でな、重要なのはここからよ。もともとお釈迦様は生きることは

苦しいことだから、その苦しみを取り除く方法は何か?を追い求めて

苦しい修行を続けた。で、面白いのはここから。お釈迦様はある日突

然修行をぱったりやめて、水浴びして飯をスジャータという娘に

もらって食ったあと多分スジャータも食ったと思うが、いや、

死にかけてたからそれはねえか。それは置いておき、菩提樹の下で

目をつむったわけよ。周りの修行僧はアイツは落第者だとほざいたけど、

それを無視して瞑想してたらあら不思議!覚っちゃいました!てなかんじ。」


「修行をやめたら覚ったの?」

「その通り。断食などの苦しい修行をしても意味が無いことを悟った。

そして、覚り、つまり答えは外からは来ない。自分の中にあることを

知ったんだよ。多分な。というのも、お釈迦様は生きていたころに

覚りの内容を具体的に自分で紙に書いて残したわけじゃないから、

覚りの内容は予想になっちまうけどな。今存在する全てのお釈迦様の

教えっていうのは、例えば、俺が話したことを聞いたお前が、

俺の教えって言って伝えているようなもんだ。」


「・・・答えは自分の中にあるのか?」

「そう、すべての答えは自分の中にあり、自分の頭で理解する事が

覚ることであると覚った。多分。つまり、覚りと聞くと大層な

感じがするが実際はいたってシンプルなもので、その気になれば誰だって

お前だって覚れるってわけ。でも覚りし者ブッタが増えると葬式坊主が

生活できなくなるから彼らは俺の意見には反対だと思うけどな。」


「葬式坊主?」

「葬式で坊主が唱える、ありがたいって言われるお経の意味が

お前は分かるか?わからないだろ?それじゃ、チンカラホイみたいな

呪文と一緒だろ。死人に呪文唱えてニックネームつけるだけで

何十万ももらえる。なんか、話してたら俺も坊主になりたくなってきたな。

つうか、死んだ人間にお経聞かせても意味がないって一休さんも

言ってるんだけどな。第一、お経って、生きている人間がどうやったら

苦しみから解放されるかを記したお釈迦様の名言集みたいなんだから、

死んだ人間に聞かせても意味ねえだろ。それも日本人が理解できない

中国語なのか日本語なのかもわからんような呪文みたいな言葉でよ。」

「・・・・」


「まあ、どうでもいい。それよりもお前の答えを探すことが大切だから

話を元に戻そう。なぜアニーお前は異世界にあこがれるんだ?正直に話してみろ。」

「なぜって・・・・」男はまたうつむいた。

「自分のあそこを見ても答えは出ないだろ。正直に話してみろよ」

大仏男は口にくわえた爪楊枝を歯で上下に揺らしている。

「・・・・」男はうつむいたまま動かない。

「はあ~。まったくしょうがないな。俺はエスパーじゃないから

お前の心までは読めんぞ。何故なのか答えは自分で知っているけど

答えるのが嫌なのか?それとも本当に分からないのか?どっちだ?

それだけ答えてくれ。」

「・・・・・」男は何も言わない。


「やっぱりお前の名前は・何をやってもだめ男に変えるか」

大仏男がつぶやくと男は歯を食いしばって大仏男をにらんだ。

「なに!ふざけた名前をつけるのはいい加減にしろよ!第一、

何でよく知らないお前にそんな個人的なことを答えなきゃいけないんだ!」

男は声を荒げていった。

「あらやだ、なにこの人。じゃあこれで話はやめるか?俺はかまわんぞ。

それでお前はどうする?コンビニで新しいロープ買ってまた森の中に行くのか?」

「・・・」男は歯を食いしばったままうつむいた。

「あのなあ、何で俺らはここにいる?お前が助けてくれって言ったからだべよ。

お前は助けてくれた人間にそういう態度とっていいの?」

「・・・・・」

「最初にいったべ。お前は自分が何故そんな考えや行動を取ろうとするのか

わかっていないって。」

大仏男が爪楊枝を机に置くと男は大仏男をにらんだ。

「・・・どっちなんだ?お前は何でも知っているような態度をとるくせして、

エスパーじゃないから俺の心が読めないとか、何を考えているか自分で

分かっていないとか言って、結局お前が言っていること自体

矛盾しているじゃないか!」男は声を荒げていった。

「ふっ」大仏男はかすかに笑った。


「ああ、確かにそうだな。だがな、正直に言えば実はお前が何を

考えているかなんて全部俺は分かっているんだよ。」大仏男は新しい

爪楊枝を口にくわえた。

「う、嘘だ」

「嘘じゃない。お前が俺の問いに答えない理由は俺は分かっている。

お前もうすうす分かっているはずだ。」大仏男は水を軽く飲み話を続けた。

「何故自分はこんな人間で、最後に自殺を選ばなければならなかったのかも

お前は気づいているはず。」

「・・・・」

「お前は2時間前まで何してた?最後の決断の自殺さえ失敗して、

クソまみれになって横たわっていた分際で未だにそのクソみたいな

小さなプライドを大切にしてなんになる?いい加減あきらめてその無様な

自分を受け入れろよ。お前は何をやってもだめ。どうせ仕事もしていない

ニートなんだろ?女にももてず、社会や他人を意味も無く恨み、

ネットでわーわー騒ぐしか能が無いクソ雑魚なんだよ、おまえは。

お前みたいなゴミが今まで生きてこれたことが奇跡なんだから、

その事実を受け入れられないならば、俺は止めないから外の木に

ロープたらしてさっさと死ねよ。お前なんか石の下にいるダンゴ虫

みたいなもんだから、死んでもこの世界は何も困らないぞ。

所で、お前が死んで悲しんでくれる人間は何人いるんだ?

どうせかーちゃんぐらいしかいねーだろよ。」


「・・・・」男の体は震えている。頬を一粒の涙がこぼれ落ちた。

「お前はどこまでひどい人間なんだ?」男はかすかな声を搾り出した。

「俺がひどい人間?どこが?お前は今まで一度でも死を考え苦しんでいる人を

助けたことがあるのか?

それも山奥でクソまみれになっている30代の男なんかを。というか、

大人になってから困っている他人を一人でも進んで助けたことあんのか?

ねえだろ?つまり、お前は少なくても俺よりはろくでもねえ人間だってことだよ。」

「・・・・」男の体の震えはまだとまらない。

「まあよく考えろ。」大仏男はさめたコーヒーを一気に飲み込むと

追加のコーヒーを頼んだ。

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