第4話 コーヒー

大仏男は10分もかけずに大盛りを平らげた。

満足そうに腹をさすっているとすぐにウエイトレスが

コーヒーを運んできた。その匂いは男の鼻の中を突き抜けて

脳の奥深くにある古い記憶を呼び起こした。


高校時代、好きだった女の子の前でかっこつけるために

飲めもしないブラックコーヒーを我慢して飲んだ甘い記憶。

大学時代、初めてのアルバイトでもらった給料で飲んで

大人の気分を味わった本格喫茶店コーヒーの味。


「なぜだ?」男はつぶやいた?

「んあ?何がなぜなんだ?そのハンバーグがどうかしたか?」

大仏男がミルクたっぷりのコーヒーをチビチビすすりながら尋ねた。

「いや、なんでもない」男はハンバーグを口に駆け込んだ。

不思議だ。記憶が変だ。今まで過去を思い出すといやな記憶しか

よみがえらなくて苦しかったのに、なぜか嫌な思い出したくない

記憶よりも、幸せだった頃の記憶と感覚ばかりよみがえる。

男ははっとしてフォークを置いた。そして大仏男の目を見た。


「なあ、教えてくれ。今いるこの世界は現実か?」

「はぁ?」大仏男は目を丸めた。

「人は死に間際に過去を思い出すと言うだろ。今は死に際に見ている

幻想なのか?俺は実は死んだのか?だからお前が大仏様に見えたんだろう?

それとも異世界にでも来ちまったのか?教えてくれ!」


大仏男はコーヒーを吹き出した。

「あっははははーー!」大仏男が大笑いすると店内の客が皆

男のテーブルに注目した。男は恥ずかしくなってうつむいた。

「そうきたか。」大仏男は自分が吹き出したコーヒーを布巾で拭くと

ウエイトレスを呼んで新たなコーヒーの注文をした後ソファーの

背もたれに寄りかかり、深く腰掛けて手を頭の上に乗せてから男を見た。

「アニーは今のこの世界が死後の世界、つまり、異世界だと本気で

思っているのか?」大仏男はにやけながら言った。

「か、可能性として聞いただけだ。別に深い意味は無い。」

「じゃあよ、俺がこの世界は死後の世界だ!異世界だ!って言ったら、

アニー、お前はどうするの?」

「どうするって・・・」男はうつむいた。

「やったー異世界転生成功だー!って喜ぶのか?んで、美女や魔法使いを

探して冒険でも始めるのか?」大仏男はさらににやついた。

「ば、ばかにするな。そんなものは信じてはいない」

男はうつむきながら反論した。


「まったくしょうがないやつだな。よし、じゃあ、

本当の事を教えてやっか」大仏男はソファーに座りなおした。

「本当の事?」男が目を丸めた。

「そう、正真正銘の事実だ。でもちょっとまて、コーヒーがまた来た。」

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