第3話 ギター

 異世界トリアムはイスクール王国、その首都チイチ。そこに存在する冒険者ギルド本部。その一階に併設された酒場『秋の恵み亭』15番テーブル。

 そこには、日本で生まれ、異世界トリアムに転移してきた、強大な異能を持つ『稀人マレビト』が四人、食事を取りながら聞くともなしに吟遊詩人の弾き語りに耳を傾けていた。




 おもむろに勇が口を開く。

「お前ら…楽器ってやったことある?」

 勉がおもむろに返す。

「楽器か…家の方針でピアノなら多少弾ける」

「あぁー、『ぽい』」

「『ぽい』」

「『ぽい』な」

「なんなんだお前ら……」

 次だと言うように三人の視線が了に向く。

「…学校の授業以外で楽器なんて触ったことないな」

 続けて楽。

「同じく。で?そういう勇はどうなんだよ」

「あぁ、異世界こっちに来るちょっと前にギターを買ってちょこちょこ練習してたんだが…、そういや転移のときのでギターも壊れたのか」

 ややへこむ勇。それを見かねた了が茶化す。

「…『モテ目的』か?」

「は?」

「ギターとかバンドとかやるとモテるって言うだろ?だからそれ目的かと…」

「違うわ!いや、全く無いとは言わないけど、単純に格好かっこいいからやろうかと思ってだな…」

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人を黙って見つめる楽。勉が問う。

「『四人でギターやろーぜッ!』か?」

「四人で…!?」

「分かりやすいんだよ。お前は」

 言い争いを止めて勇と了も話に加わる。

異世界こっちにギターとか無いんじゃねーか?」

「…吟遊詩人の人の持ってる琴?みたいなものはあるみたいだが…」

 楽が瞳を輝かせながら言う。

「だからよ、探してみよーぜッ!ギターっぽい楽器!」




 困ったときのコバイ商会、その第7倉庫前である。

「広く商売の手を拡げているコバイうちでも楽器の在庫はそう多くありませんが、多少ならば!」

 そして傍らには例によってセリーナである。

「いつもすみません…」

「いえ!皆様にはいつもご贔屓にしてもらっておりますし、何より皆様のお教え下さる異世界の文化はとても金…興味深いものばかりですから!」

「今なんか言いかけませんでした!?」

 まあまあ、と半ば無視して扉を開くセリーナ。

 倉庫の中には大小様々だいしょうさまざまな木箱が並んでいて、数名のコバイ商会店員が作業をしている。

 中央には細長い大きなテーブルがあり、そこには楽器が幾つも並べられていた。

「まずはこの王国西部ではポピュラーな楽器である『ンヌィノルァ』から…!」

 セリーナがよくわからない名称とともに弦楽器を勉に手渡す。勉は流れ作業のように勇に手渡した。

 勇がつたなくかき鳴らす『ンヌィノルァ』の情けない音がぴよんぽぽろんと倉庫にこだまする…。

 少し顔を赤くした勇が誤魔化すように言った。

「…とりあえずギターの音ではないな」


 次の楽器からは大人しくセリーナに弾いてもらい、幾つかの試聴を経て。

「これだ……!」

 見た目こそ細部は違えど、音域など大枠ではアコースティックギターと呼べる楽器を見つけたのである。

「それじゃあこれ4つ…4本?下さい」

「毎度ありがとうございます!」

 セリーナに大まかな弾き方を習った後、誰でも知っているような簡単な練習曲をピアノを習っていた勉に書き起こしてもらい、その日は解散となった。


 時は経ち10日後。

 進捗発表会として『異世界ギター』を持ち四人は集まったのだが…。

 勇と勉は簡単な曲を覚え、それより難易度の高い曲に挑戦していた。

 了は簡単な曲でも苦戦していたが、努力の跡が聴いてとれた。

 しかし楽はと言うと…。

「おい言い出しっぺ」

「集まろうと言った時の『あ…』という反応で予想はできたが…」

「俺の努力とは一体…」

「あは、あはははは…」


 結局は勇と勉、意外なことに了が趣味として『異世界ギター』を定着させたが、楽のギターは3日目以降、埃を被ったままとなった。

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