第2話 ガチャ

 異世界トリアムはイスクール王国、その首都チイチ。そこに存在する冒険者ギルド本部。その一階に併設された酒場『秋の恵み亭』その15番テーブル。

 そこには、日本で生まれ、異世界トリアムに転移してきた、強大な異能を持つ『稀人マレビト』が四人、何の目的も無くダラダラと駄弁だべるために集まっていた。

 直近の経験から、頼み慣れて内容の分かった料理、飲み物を注文し、ダラダラとそれを口に運んだり、くだらない話をしたりしていると、やや離れたテーブルからジャラジャラと金属がぶつかる音と歓声、罵声などが聞こえてきた。

 勉がそちらをちらりと見遣り呟く。

「ギャンブルか…理解しがたいな」

「ちょっとした遊びならともかくがっつり金を賭けるのはちょっとなー」

「んー…あー、良くないこと…だよな」

 苦笑した勇と煮え切らない了が話の種にと続き、残った楽が口を開く。

「俺は分かるかもなー」

 ギョッとした三人に楽は慌てて続ける。

ちげぇーよッ!ソシャゲのガチャってあるだろ?あれで金を溶かしたり、マウント取ったりするのと似てんじゃねーかなって」

「あぁ…」

「あぁ…あー?」

「ガチャ…無料10連むりょーじゅーれんとかいうやつか?」

 納得した勇、腑に落ちない了、良く分かってない勉である。

 了が内心の疑問を口に出す。

「『金を溶かす』って、そんなに課金してたのか?」

「いやぁ俺なんて全然、全然だけどね!一月ひとつきの小遣いとバイト代を全部1キャラにつぎ込んで爆死したくらいで金額で言えば重課金者には全然…」

 謙遜なのか自慢なのか自虐なのか分からないことを饒舌に語っていた楽が急に口をつぐんだ。

「ん?どうした?」

「ガチャ…ガチャを引きたくなってきた」



 それからしばし後、『秋の恵み亭』15番テーブルに5番目の影があった。

「すみません、急に呼び出したりして…」

「いえいえ、皆様にはいつもご贔屓にしてもらっておりますし、何より皆様のお教え下さる異世界の文化はとても興味深いものばかりですから!」

 小柄で愛嬌のある顔立ちの美女、しかし王国でも大手の商会コバイの『稀人マレビト』部の長を任される才女であった。名をセリーナという。

 ガチャ欲を抑えきれなくなった楽が、相談があると四人と面識のある彼女への言伝ことづてを頼み、今はちょうど時間があるし食べ物でもつまみながら、ということで彼女が『秋の恵み亭』に足を運んだのだ。

「それで、『がちゃ』でしたか?それはどのような…?」

 楽が待ってましたと言わんばかりに身を乗り出し語り出す。ガチャの光…はあまり無いにしても闇、それにまつわる悲喜交々ひきこもごもを…。


「…と、この『ガチャ』を作る…運営する?ことをお願いしたくて」

「なるほど…!」

 彼女は最もらしく頷きながら、『賞品の当たるくじを作りましょう』という言葉を噛み殺した。それはセリーナの知る内で最もガチャに近いものであったが、ガチャはより複雑で、より回りくどく、より悪辣であった。

 恐らく楽はその返答では『なんとなく』満足しないだろうし、せっかくの異世界文化の持ち腐れである。

 客の要望を聞く事が客を満足させることに繋がるとは限らない。要望というものは『聞く』のではなく『聴か』なければならないとセリーナは考えていた。

 ここでセリーナは申し訳なさそうな顔をしていた勇、興味深げに話を聞いていた勉、呆れた顔をしながら料理をつついていた了に向き直る。

御三方おさんかたの『がちゃ』についての所見をお聞かせ願えますか?」

「俺たち?勿論、構いませんが…」

「お願いします!様々な視点から見た『がちゃ』が知りたいのです!」

 なるほど、じゃあ俺からだなと勉が名乗り出た。

無料10連むりょーじゅーれんリセットマラソンりせまらは大事らしい。以上です」

 勉は困惑した様子のセリーナへ補足する。

「俺は詳しくないんだ」

「…なるほど!」

「そういうことなら次は俺かな」

 勇は語る。無課金プレイについて。課金者との絶対的な差。絶対的でない差。PSプレイヤースキルマウント。幸運マウントについてを…。

「それでそういうときは『最初の10連で引いちゃいました~』とか言ってですね…」

「あの、楽さんがすごい表情かおしていらっしゃいますが…!」

「ふふふ、この辺にしておこうかな、最後は了か」

「ああ、俺は微課金、ちょっとだけ課金するタイプなんですが…」

 了は語る。節度のある課金と、そして悪魔の誘惑について。実質無料。人権。推しキャラ。水着ハロウィンサンタetcのバリエーション…。

「こちら側は楽しいぞぉ…」「やめろ!」

 絶対にガチャ沼に落ちたりなんかしない、くっころ!などと言って了と楽がふざけるのを目の端に捉えつつ、セリーナは情報をまとめたメモを見返していた。

「他の部との協議もしなければなりませんが……楽様に満足いただけるものをご提供できるかと!」

「おおッ!」

 アイデア料などが支払われない代わりに初期資金などはコバイ商会が負担するという契約で合意し、セリーナは意気揚々と帰っていった。


 それを見送り、やや冷静さを取り戻した勇が呟く。

「ついノリノリで話してしまったが……良かったのだろうか。俺たちはこの世界にガチャと同時に、爆死や、沼といった概念まで持ち込んでしまったわけだが」

 楽が誰とも目を合わさないようにしながら言った。

「ガ、ガチャはいい文明だから……」


 そして十日後、四人の下にガチャがされたとのしらせが届き、なんだかんだで楽だけでなく四人全員がわくわくしながら商会コバイ王都中央店へと向かったのであった。


 そして目に入る『初回10連ガチャ無料!スーパーレア1枠確定!』『ギルドカードを提示するだけで今ならガチャ10回分のガチャポイントを贈呈!』『実装記念!レジェンドレア排出率アップ!』などと書かれた色とりどりの


「おぉ~ッ!いいねいいねそれらしいじゃんッ!」

 テンションの上がった楽が店の扉を開くと、店のど真ん中、一番目立つ場所にそれはあった。


 スクリーンと、それに映像を映し出している魔道具であろう台。横にそれぞれ立てられた『剣ピックアップガチャ!』などと書かれた。5組ほどあるそれらには冒険者であろう人々が長蛇の列を作っていた。



「皆様!お待ちしておりました!」

 驚きつつ店内に入った四人の前に、それはもういい笑顔のセリーナが現れた。

「早速ガチャ、引かれますよね?どうぞこちらへ!」

 有無を言わせぬ勢いで四人を先導しつつ「『あれ』をッ!」とセリーナが何やら指示をするとスッサッバサッと瞬く間に新しくガチャ魔道具とスクリーンが設置されていた。

「恐ろしいまでの練度だ……」

 了が畏怖したかのように言葉を漏らすと同時に、四人は新しく設置されたガチャ魔道具に到達する。

「ご説明致しますね!まずはギルドカードをこの装置にかざしてください!」

 ギルドカードとは各ギルドの窓口で発行される、魔法の技術で身分の保証をしてくれる、都合のよいシロモノである。

「俺、俺やりたい!」

 勉が自らのそれを魔道具にかざすと、スクリーンに『鈴木 勉』と表示される。そしてぎゃりーん!という音と共に『初回ポイントプレゼント!』『ガチャポイント1000ポイント』の文字が追加された。

「これで勉様のユーザー登録が成されました!早速ガチャを引いてみましょう!」

「セリーナさんがチュートリアルキャラみたいになってる……」

「よぉし…!」

 了のをよそに勉は魔道具にある『ガチャ』ボタンをバシンと力強く叩く。

 きらきらきら、しゃらーん、きぃん!と小気味よい音を立てながら光が集まり、はじけるエフェクト、そしてスクリーンにガチャ結果が表示されていく。

『ノーマル・薬草』『レア・鎖帷子チェインメイル』『ノーマル・薬草』『ノーマル・携帯食料』『ノーマル・薬草』『ノーマル・薬草』『レア・鉄塊アイアンインゴット』『レア・鉄の剣アイアンソード』『スーパーレア・聖銀杖ミスリルワンド

 そして、虹色に輝くエフェクト。

『レジェンドレア・聖女様治療優待券』

「おぉ~…?当たり…なのか?」

 よく分かってない勉に、引きつった笑顔のセリーナが言う。

「お、おめでとうございます!最高レア度のレジェンドレアですよ!王国最高の治癒術師の治癒を優先的に…受けることが……」

 セリーナ、そして勉の視線が楽へと向く。その異能により、楽こそが王国最高の治癒術師であった。

 その楽はというと。

「実質聖女ちゃん握手券じゃん…超羨ましい!」

 しばしの沈黙。勉が問う。

「その、聖女ちゃんって可愛いのか?」

「すっっっっっごく」

「ふぅん……」

 勉が楽を見た。楽も勉を見た。

「どやぁ…!」

「!!!」

 勉、渾身のどや顔であった。

 いやぁガチャというのはいいものだな!などと言う勉にセリーナがにこやかな笑顔で告げる。

「勉様?スーパーレア以上のレア度の景品を出した方はそれをと同時に一言コメントを残すことができますが……!」

 セリーナの誘導に従い、『つぶやき』ボタンを押し、スーパーレアを出した他の冒険者達のコメントを眺めつつ、最上段に位置する空白に、聖女様握手券。羨ましいか?と書き込んだ。

「いやぁ!ガチャはいいな楽!ハマってしまいそうだ!」

 ニコニコでガチャ魔道具の前から退く勉。

「いやいや、俺もレジェンドレア引けばいいだけだし?悔しくなんてねぇし?」

 頬をピクピクと痙攣させながらガチャ魔道具の前に進み出る楽。

 ギルドカードをかざし、ガチャボタンを過剰なまでに優しくそっ…と押す。きらきらきら、しゃらーん、きぃん!結果は。

『ノーマル・薬草』×9『スーパーレア・最高級薬草』

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「ぜ、全部薬草って…」

「なんか……ごめんなぁ?」

「こんなことある?」

 言いながらも楽以外の三人は爆笑だった。そして唯一、沈痛な表情で楽に寄り添うセリーナ。

「気を落とさないで下さい楽様…!私たちは楽様の味方です!」

「セ、セリーナさん……」

「あちらの窓口で追加のガチャポイントを購入することができます!そして今ならなんと10000ポイントご購入ごとに1000ポイントのプレゼントを…」「セリーナさんッ!?」

 ちくしょう出るまで回せば出るんだよー!と叫びながらポイント購入窓口に走る楽。それを横目で見ながら勇と了は自分の分の無料10連を回していた。

「なんかオチが見えたな…。お、ドラゴンステーキ。美味いんだよなコレ」

「引けないんだろうなぁ……。最高級便箋?使いはするが…」




「またのお越しをお待ちしております!」

 セリーナの元気な声を背に『秋の恵み亭』への道を歩く三人と、了に引きずられる死んだ目をした楽。

 あの後、楽は手持ちの資金をほぼ全て使い切り、生活費すら削ってガチャを引こうかというところでレジェンドレアを引くことが。できたのだが…。

「『レジェンドレア・王国騎士団長特別訓練券』か……」

 王国騎士団長とは美少女…から最もかけ離れたムキムキの髭面のおっさんであり、『王国騎士団長特別訓練券』とはムキムキの髭面のおっさんと暑苦しく訓練できる券であった。

 念願のレジェンドレアを引き、喜び、その内容を理解したとき…楽の心はぽっきりと折れたのであった。

 ずるずる…ずるずる…。無抵抗に引きずられる楽、いつしかその口元には笑顔が浮かんでいた。

「ふ、ふふふ…こ、爆死これもまたガチャの醍醐味……」

 了が呆れて首を横に振る。

「処置なし、だな」

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