夏のひとときに

酸味

ニーチェって知ってます?

 数多の小説を読んでいて、読んでいる内に色々と考え込み、脳内を右往左往してそれから結局良くわからない虚無感に包まれる事がありませんか?


 ボクはあります。

 とは言え、この場合に於ける”思考”とやらは例えばファンタジー小説を読む時に『魔法なんて使えるわけ無いだろ』と笑う様な無粋な類のものではありません。探偵小説を読む時の『こう言った仕掛けを行えばこの事件は成立するのでは』と言った推理と言った類のものではありません。


 ボクの中に於けるそれは『どうして人間は努力や失意や恋愛に基づいて発生した感動を求めるのだろう』と殆どの場合コレになります。人に言わせれば”それら全てがスパイスになる”だとか”人は常々感動する作品に弱い”と何気なく返答するでしょう。

 しかしながらボクはこの”思考”はそういった簡略的に直ちに結論付けるものでは決して無いと思っています。

 いえ、正確には思って”いたい”が正しいでしょうか。


 では、少しだけ例を交えてお話をしましょう。


 例えば、特に貧しくも豊かでもない平均的な家庭に生まれ、幼稚園に入園し、何事も無く成長し公立小学校に入学、それから公立中学校、公立高校、私立大学に入学して、それなりの会社に就職する。

 これらはボクが思う最も多くの人間が経験している人生の七過程です。勿論これはボクの推測でしかなく大いに間違っているかもしれません。第一、高校大学に至っては私立国公立入学しないと言った選択肢が比較的容易に取れてしまうため、予測が外れている可能性が高いです。


 しかし一番言いたい事はそれではありません。

 人生の七課程に於いて例えば近年の恋愛小説のように愛する人が病死する、病死する前に事故、故意によって殺されるとか。例えば学力の低い人間が数ヶ月で学力を向上させ一流大学へ入学するとか。十年近く会っていない旧友と偶発的に邂逅したとか。

 そういった絶望的な運命と愛と希望。

 そういった努力と願いから発生した奇跡。

 そういった偶然とは言い難い自然発生した出会い。


 それらの類が含まれた人生を送った事がある人間がこの世に、日本にどれくらい居るでしょうか。

 ボクとしては十万人も居れば多い方だと思います。

 ボクはこれまでで十五年と半年程度しか生きていませんが、その年月の中でそう言った人間と現実で出会ったことは一度もありません。

 それどころか親友が二人程転校し、会えなくなってしまって失意にまみれていた時期があったボクの方が特異な側です。



 ここでもう再びボクが悩んでいた事を書いてみましょう。


 ――どうして人間は努力や失意や恋愛に基づいて発生した感動を求めるのだろう。


 ここまで考えてみると、やはり”人生には存在しない面白い物だから”とか”存在しないからこその刺激”などという物の所為かも知れません。


 でも、一度考えてみて下さい。

 もし一般的な人生に存在することが珍しい状況等が”面白い物”だとすれば、ほぼ全ての人間の人生が”つまらない物”と反証するような物です。


 ――人生には虚無しかない。


 確かに、確かに人類という存在に意義などは無いのかもしれません。そもそもボクはニヒリズム虚無主義と言うものについてひどく共感する事は多いです。

 所詮人間は死ぬのだから、地球が崩壊すれば生物は須らく死滅するのだから、と。


 でも、ボクは”一個の人間としての虚無”と言う物は割合容易に砕き破壊し滅却できる物だと思うのです。


 例えばあなたは『人間失格』という小説を読んだことはあるでしょうか。

 若しくは『羅生門』でも良いかもしれません。ボクとしては前者の方がお薦めですが。


 では人間失格の事でお話を致しましょう。

 名前だけならば知っているという人は多いでしょう。

 先ずこの作品は作者の太宰治氏が自殺する前に最後に書いた作品です。その為読んだ方なら共感してくれると信じているのですが、話が全般的に暗いのです。

 走れメロスなどと言った作品とは全く違った性質を持っています。


 人間失格の本編に登場する主人公”葉蔵”は作品に登場した瞬間から気の狂った奴だということが分かります。またこの作品が暗いと感じる最もたる要因もまた葉蔵にあります。

 とても簡単に表しますが、葉蔵という人間は自身の事を人間だと思わずに幼少期を生き、それから美術などにハマるも高等学校を追放。その頃には金を使い女で遊ぶ事が多い、といった様相です。それから追放された後は赤化活動を行ったり、酒に溺れ、終いには薬に溺れ、最後は精神病棟に入れられる、というどうしようもないストーリーがあります。


 これだけを見てもこの人間失格という作品に、先述した”努力や失意や恋愛に基づいて発生した感動”と言う物が何処にもないことが分かるでしょう。

 また尋常な人間が共感するという部分も全くと言う訳ではありませんが極少々だと言う事は断言できるのです。

 しかも読み終わった後に感じる事は究極の虚無と言ってもいいでしょう。


 ですがこの作品はボクら令和の高校生ですら知っている程の超有名作として名を残しています。

 この作品が生まれたのは1948年の事。戦後三年で生まれ、今から七一年前。

 そんな古めかしい作品を初めて読んだ時の感想は”言葉には言い表せない何か”でした。つまりはボクの語彙では表し切れない凄まじい激情がボクの中にはあったのです。


 つまり、ボクの中ではこの時点で”努力や失意や恋愛に基づいて発生した感動”が無くとも興味深い事は複数あるということが証明されました。


 ですが人間失格の作品は明らかに共感の出来ないもので時代的に鑑みても人生には体験できないものです。


 ……そうです。一番の悩み所はそこなのです。

 冷静に考えてしまえば人間失格の葉蔵と言う人物は現代日本からして最もあり得ない人間です。葉蔵の様な人物は存在していないかも知れません。

 ですが、人間失格という作品を読んでいると全く共感はしないのになぜだか分からない強い切迫を感じて、全く分からないままに強い虚無感を得るのです。


 ”それは人間失格がそういう作品だから”。

 そう言ってしまうのが一番早いのかもしれませんが少し考えれば、文章がいくら巧妙だとしても”強い切迫”と”強い虚無”を全くの共感を得られずに考える事が本当に有るのでしょうか。

 他人事他人事。どこまでも”他人事”として傍観しているだけで、感動したり涙に塗れたり憤怒したり嫉妬したり欲情したり。そういった感情を強く感じる事が本当にあるでしょうか?


 齢十五の小僧が宣うのはおかしいかも知れませんが、ボクは無いと断言します。

 やっぱり、それは僅かにどこかで個人として共感しているところもあるのかもしれません。



 さて、長々と書かせて頂き、またここまでの見るに堪えない拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

 ここからは少しだけ短く、ボクが言いたいことを話したいと思います。



 ボクが一番言いたかったことと言うのは、途中に出てきた”ニヒリズム”あたりの話です。

 もともと、ボクは根暗で性格も悪く友人と呼べる人間が小学校には極少人数しかいませんでした。また、中学では友達は数多くできたものの、とある楽曲の歌詞『どうせ死ぬくせに辛いなんておかしいじゃないか』と言う言葉に影響され”生と死”とか”人生”と言う事について今でも考える事があります。

 まあ、そう言った部分は厨二病吐き捨て、嘲笑し、侮蔑しても構いません。


 もしかすれば”神の教え”とやらが正真正銘”神様”と言う不特定生命体によって制定され、神様が存在しているのであれば人類にとって存在意義があるでしょう。

 ……しかしながら、神がいなければどうせ滅びてしまう人類が、生物が存在している意義など有るのでしょうか。

 かなり前にも記述した通り、この点においてニヒリズムは的を得ていると思います。事実日本人で敬虔な信徒ではないボクからすれば神はいないと思っています。

 神は死んだ、って奴です。


 けれどこれも先述して、濁したっきりの一個の人間としての意義についてボクが考えたことを書き記しておきます。


 先に答えを言うと、個人としての存在意義は殆どの人が持っていて、けれどバラバラにあるものだと思います。

 もっと簡単なことを言えば目標=存在意義。だと思います。

 ……青クセェ、と思うかもしれませんが、結構これは汚い事です。


 例えを出すとボクにとっての存在意義は多くの”快楽”です。

 色々なことを楽しんで、色々なことを経験して、死んでしまう時までに楽しい人生だったと感じられる人生にする。と言うものです。

 ゲームをやるのも良し、漫画や小説を読むのも良し。好き勝手ご飯を食べるのも良し。

 そこには他人に対する配慮も関心もありません。ボクが楽しめれば良いのです。

 それに、人類は滅びます。それはきっとほぼ確定的でしょう。諸行無常と言うやつです。

 ですがそんな絶望的なそれはボクらが生きている時代には余程のことがない限りありません。

 適当に楽しんで適当に死ぬ。


 人間きっと、そんなもんです。


 こうやってボクが好き勝手文章を書いているのも、楽しいからと言う快楽のためですしね。


 そうして最後に、別にボクは目標を持たない事を悪く言うつもりはありません。生きたくないと感じる人を悪いとも思いません。

 そういった人達の決心なんて、ボクには想像もつかないから、何も言いません。


 そんな事を、風鈴の音を聞き、扇風機の風に当たり、青空を眺めながらボクは思うのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏のひとときに 酸味 @nattou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ