叔父様、変身する

 マチルダは手短に起こった事を話した。コーデリアの顔に驚きの色はあまり現れなかった。立て続けに変なことばかり起きて、驚き尽くしてしまったのかもしれない。


 トーマス卿は部屋の隅を苛立たし気に、ぐるぐると歩き回っていた。ぶつぶつと独り言を言っている。


「あれは……あれはなんだったのだ? 始祖鳥か? 庭の恐竜……どうしてそんなものがここに……。けれどももし捕らえられたら……私のコレクションに……展示して……」


 トーマス卿はまだ、あの奇妙な生き物らを捕まえる気でいるのだ。マチルダは眩暈がした。そして心配になった。あのような生き物はまだ他にもいるのだろうか? そして屋敷の人びとは? どうしてシャーロットは戻ってこないのだ?


「……私の……私のコレクションに……私の偉大なコレクションがさらに素晴らしいものに……そして私の栄誉は……さらに……」


 トーマス卿はまだ何やら言っている。その目がどこか一点をじっと見つめている。トーマス卿の様子も、マチルダの心を落ち着かなくさせた。トーマス卿は何かに取りつかれてしまったかのようだ。


「……叔父様がバターになってしまうわ」


 突然コーデリアがぽつりと呟いた。何を急に言い出すのだろう、とマチルダは混乱した。が、すぐにコーデリアの言いたいことがわかった。物語に出てくるあるエピソードだ。男の子がトラに追いかけられる。男の子は木に登るが、トラは木の周りをぐるぐるして、結局バターになってしまう――。


 現在のトーマス卿も、同じところをぐるぐるとしているのだった。マチルダはコーデリアに優しく言った。


「あの話はトラが複数出てきたじゃありませんか。きっとたくさんいたからお互いにくっつきあって、バターになってしまったんです。けれども今はトーマス卿ただ一人。バターになることはありませんわ」


 マチルダの言う通り、トーマス卿はバターにはならなかった。バターにはならなかった。が、しかし。バターではない別のものになったのだった。




――――




 最初、自分の目がおかしいのだろうかとマチルダは思った。トーマス卿の姿がぼやけて見えるのだ。マチルダは瞬きをして、さらにトーマス卿を見つめた。やっぱりぼやけている。というより、トーマス卿の姿がどんどんと頼りなく、透明になりつつある。


 マチルダは呆然として事態を見守った。トーマス卿の身体は透けはじめ、それは次第にひどくなり、やがて、消えた。いや、消えたのではなかった。とても小さくなったのだ。小さくなり、そして、人間の姿ではなくなっていた。


「叔父様!」


 コーデリアの悲鳴が響いた。コーデリアとマチルダはどちらともなく、トーマス卿の方へ駆け寄っていた。


 そこにあったのはバター……ではなかった。小さな、ネズミのような、茶色い生き物がいたのだ。生き物は戸惑うように、鼻先を右に左に向けていた。ネズミのようではあるけれど、こんなネズミは見たことがないとマチルダは思った。丸い耳にとがった鼻、長い尻尾を持つ生き物ではあるけれど……けれどもやはり、よく見るネズミとはどこか違う。


 ネズミは、トーマス卿は、意を決したようにどこかへ走り出そうとした。コーデリアが叫んだ。


「叔父様が逃げてしまうわ!」


 マチルダはたちまち反応した。サイドテーブルのクロスを乱暴にひきはがすと、それをネズミの上に投げかけた。ネズミがもがいているうちに、素早くクロスのうちに閉じ込めてしまう。袋状にして、端を持ってぶら下げた。中ではネズミが暴れまわっていた。


「……。あの、これを……このネズ……いえ、トーマス卿をどうしましょう」


 マチルダが袋状のクロスを持ったまま尋ねた。コーデリアの顔は泣き出さんばかりだった。


「かわいそうな叔父様! こんなへんてこな姿になってしまって……」


 へんてこな姿の叔父様はクロスの中で大いに暴れている。マチルダは心配になってきた。このままだと布を食い破られてしまうのではないだろうか。


「とりあえず、小動物を入れる檻か何かがあればいいんですが。このまま持ってるわけにもいきませんし」

「昔ウサギを飼っていたときの檻があったはずだわ。でも今はどこにあるんだろう……。下男の誰かに訊けばわかると思うのだけど……」


 でもその下男が、使用人が一人もいないのだ。二人は重苦しく黙った。

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