鳥かしら?

 トーマス卿は本気で言ってるのかしら、とマチルダはさらに不安になった。あんな大きな生き物を? 生け捕りにする? 皮膚も厚そうだし、果たして銃でなんとかなるものなのか。しかもそれを行うのは、ここにいる三人――トーマス卿とマチルダとコーデリアなのだ。たちまちのうちに踏みつけられて一生を終えてしまう、という結末になってしまうのではないか。


「……でも、あんな大きい生き物を……私は……」


 コーデリアがよろけた。マチルダが慌てて支える。コーデリアの顔色がひどく悪い。マチルダはコーデリアに言った。


「お嬢様。少し、居間のソファで休みましょう」

「え、ええ、そうね……。悪いわね、マチルダ……」


 コーデリアが寄りかかる。マチルダは身体を支えながら、コーデリアを居間へと案内した。少し離れて、トーマス卿もついてくる。「まったく女というものは。軟弱な奴め」トーマス卿が吐き捨てるように言い、マチルダは、今の言葉がコーデリアの耳に入っていなければよいが、と思った。


 居間の扉を開ける。しかしここでも――三人は固まってしまった。奇妙な生き物がいるのは庭だけではなかったのだ。それは居間にもいたのだった。




――――




 鳥だわ、とマチルダは思った。居間にいた奇妙な生き物は庭の生き物ほど大きくなかった。それはマチルダでも抱えられそうな大きさだった。そしてそれは鳥に似ていた。


 羽毛で覆われており、その羽毛は全体的に黒っぽいが、一部白いところも見えた。それは、居間に置かれたシダの鉢植えの影から、ひょっこりと現れたのだ。シダの葉が、生き物の背にかかる。


 曲線模様の描かれた、暗い赤の絨毯を踏んで、その生き物はゆっくりと歩いていく。やがて長い尻尾も露わになった。確かに鳥だけど。マチルダはその姿を見ながら思った。でも――鳥って、こんな生き物だったかしら。


 翼はあるけれど、その先には爪のついた指が見えている。生き物は戸口に佇む三人の人間に気付いた。そして警戒するかのように、かぱっと口を開けた。その口には小さな歯が並んでいた。鳥に歯はあったかしら、とマチルダが考えていると、背後でトーマス卿の大きな声がした。


「捕まえろ!」


 それは、命令をしなれた人間の声であった。そしてマチルダは命令を聞きなれた人間であった。咄嗟に、考えることもなく身体が動いて、生き物の方へと駆け寄った。生き物は慌てて逃げ出した。


 羽を広げて、少しばたつかせる。生き物は居間のテーブルに跳び乗り、そこからさらに戸棚の上へと跳んだ。マチルダとトーマス卿がそれを追いかける。追い詰められた生き物は戸棚の上から、ぱっと飛翔した。


 生き物が、屋敷の居間を、マチルダとトーマス卿の頭上を、滑空していく。そして床に降りると、開いたまま扉から出ていった。コーデリアは動けず、それを見守っているだけだった。


「追うぞ!」


 トーマス卿が言って、走り出す。マチルダもそれを追いかけた。そんなにトーマス卿に従順にならなくてもよいのでは、という思いが、ようやく胸をよぎったが、生き物の行方がマチルダも気になったのだ。


 居間を出た生き物はホールを走って横切ると、図書室の方へと向かった。そして図書室のドアへと進み……そこに吸い込まれるように消えたのだった。


 トーマス卿とマチルダは足を止めた。二人とも何も言わない。トーマス卿のあえぐような呼吸の音だけが、マチルダの耳に聞こえた。少しして、ようやく、トーマス卿は呟くように言った。


「……今のは……やつはどこへ……」


 トーマス卿は呪いから解かれたように歩き出すと、図書室へと向かった。マチルダもそれに同行す

る。トーマス卿は乱暴に図書室の扉を開けた。そこには――何もいなかった。人っ子一人、ネズミ一匹いなかった。あの奇妙な生き物もいなかった。


 トーマス卿は室内に入り、生き物を探した。マチルダも無言でそれを手伝った。けれどもやはり生き物はいなかった。煙のように消えてしまったのだ。




――――




 二人が居間に戻ると、コーデリアがソファにぐったりと座っていた。その顔はますます青く、マチルダは急いで傍に駆け寄り、一人きりにしてしまったことを後悔した。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。心配しないで。少し疲れてるだけ。それより……あの生き物はどうなったの? あなたたちが追いかけていた」

「消えてしまいました」

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