第43話 どうするのかは明白で、どうなるのかが問題で……。


「俺は、とりあえずこのことをアルルに教えて、何か思い出せないか確認してみます。それから、あのヒデとかいうヤツと、それに二年前の事件も調べ直した方がいいんでしょうね」


 少なくとも、アルルの装備と、ヒデの刀、双方の入手経路が同じである可能性は高いだろう。なら、現状ではアルルの素性を探る重大な手がかりだ。


 正直に言えば、最近の俺は、このままアルルの記憶が戻らなくても良いと思い始めていた。素性がわからなくたって構わないと思い始めていた。

 彼女がどこの誰であれ、俺にとってはどうでも良い。

 彼女がそばに居てくれるなら、それでいいと思っていた。

 アルル自身も、無くした記憶についてこだわっているようには見えなかったから、なら、無理に追求することも無いだろうと。


 何より、あの勉強会の一件。

 取り乱したアルルの様子……あれが、彼女の過去に起因することであるのなら、それこそ、無くした記憶を軽々に掘り起こすべきではない……むしろ、思い出さない方が良いのかも知れないと、そうも思い始めていた。


 けど────。


 俺は手元の資料を睨みつけて思う。

 こういう不穏な要素を無視はできない。わからないままに放置することはできない。

 アルルは、俺を守ってくれる。

 だから俺は、アルルが守ってくれるこの生活を守ると決めた。

 なら、それを脅かすものがあるのなら、それを突き止めて、排除しなければならない。


 俺は…………ん? 何だ? こっちを見ている頼堂さんが、少し困惑したように眉根を寄せている。


 ……ああ、そうか、そうだよな。


 探るとか調べるって言ったって、俺は多少アウトローを気取ってるだけの一介の高校生だ。操作能力にも情報網にも限界があるし、引き続き頼堂さんら前田組の力に頼ることになるだろう。

 現に面倒ごとを押しつけられる頼堂さんが、渋い顔するのは当然だ。まったく申し訳も無い話だけど、だからって遠慮したところで事態が好転するわけじゃないんだ。


「俺もできる限りは頑張りますけど、すみません頼堂さん、にも、引き続き力を貸してください」


 お願いします……と、精一杯に丁寧に頭を下げた。


「やれやれだな」


 応じたのは、深い溜め息。

 ……まあ、あきれられても仕方無いよな。けど、こっちも形振り構ってはいられないんだ。

 重ねて頼み込もうとした俺に、頼堂さんは短く鼻を鳴らした。


「見くびってもらっては困るな碧継。前田組オレたちは、そもそもこの件を放置する気は無い。妙なブツが流れて、そいつでゴトを起こしている輩が居る……わかるだろ? 。これを放置してたんじゃ、面目は丸つぶれだ」


 口の端をつり上げた冷笑。

 社長の貫禄よりも、組長の威圧を込めて、頼堂さんは言い切った。


「ましてや、身内に手え出されちゃあな。おまけに二年前のアレにも関わってる可能性があるってんだから上等よ」


 身内ってのが俺のことなのは歴然だ。

 けど、それは恩人の縁者って意味なのか、それとも文字通り前田組の一員って意味なのか……。


「だからなあ、碧継、オレが気をもんでたのは、オマエが怖じ気づいてケツまくるんじゃねえかってとこだ。未来の若頭カシラが、そんな情け無えことじゃあ困るからな」


 カラカラと豪快に笑う様は、やはり社長ってより極道親分って感じで何とも頼もしいんだが……そうか、やっぱ俺は組員で勘定されてんだな。


 期待されているのはわかるが、素直に喜べない。


「だから杞憂だっつったろオヤジ。マザコンのコイツが、母ちゃん見捨てるわけねえんだ」


 傍らの賢勇が気怠げに断言する。

 こちらは端から俺の意思を察していたようで平然と。だからこそ、ほとんど口も挟まなかったのだろう。


「……あ? 母ちゃん?」

「そ、あの金髪さんは、碧継の母親役やってんだよ」

「…………どういう意味だ?」

「言葉のままさ。母親居ないコイツのために、母親代わりになって世話焼いてくれてんだ」

「…………」


 どうやら頼堂さんはそのあたりを把握して無かったらしい。

 確かに、首をかしげられるのはわかる。

 年齢の近い異性を相手に母子ごっこってのは……端から見りゃあ、健全を通り越してマニアック、まして極道から見れば幼稚に思えるんだろう。


 笑われるか?

 それとも、今度こそ情け無いとあきれられるか?


 身構えていた俺に、けど、頼堂さんはそのどちらでもない、素の無表情って感じで「……そうか……」と頷いた。


 何だろう。何か含みがあるような、思わず言葉を呑み込んだって感じの重苦しい印象だ……けど、単に珍妙な事態に絶句しただけかもな。実際、我ながら素っ頓狂な関係性だとは思う。


 微妙な空気を払拭するために、俺はわざとらしくも大きく咳払い。


「……ともかく、まずはアルルと話してみます」


 改めてそう告げれば、頼堂さんはゆるりと頷いた。


「そうだな。それがいいだろう。だが、気をつけろよ」

「……気をつける?」

「ああ、空気読んで慎重に話さねえとな。もし、これが金髪さんに関わることだとして、現に無くした記憶を想起させたりしたら……だ。そいつは心身にショックを与えかねんだろう」


 …………言われれば、記憶が戻ったショックで気絶するとか、フィクションだと良く見る演出だ。いや、現実にどうなのかはわからんけど、わからんからこそ配慮するべきだろう。

 それは確かに心配で、重要なんだけれど……けれど、もしも本当にアルルが記憶を取り戻したら、こそが問題だった。


 記憶喪失の人間が、喪失していた記憶を思い出す。

 それは忘れていたことを思い出すだけなのだから、別に人格が変わったりなんてことはないだろう。

 けれど、意識や言動に全く影響が無いとも言い切れない。

 あるいは、記憶を取り戻すことで何らかの事情を自覚したり、それによって強いシガラミを抱く可能性もあるだろう。それが元で、今まで通りに接することが難しくなることもあり得るだろう。

 結果、今の生活環境が崩れる可能性も、ゼロではないんだ。


 そう考えて、そして、改めて俺は思い知る。


 アルルの素性、所持品の謎、ヒデや二年前の事件との関連性…………それらは確かに対処すべき事案と心得ながらも、結局のところ、真に俺が危惧しているのはただ一点。


 ただ、アルルが一緒に居てくれなくなったらどうしよう……と、そのことを何より恐れているのだと────。


 本当に、やれやれだ。これではマザコン呼ばわりされても、全くもって反論しようも無い。

 まあ、元々反論してない気もするけど、とにかくだ。

 どうしようも無いならともかく、どうにかしようが有るのなら、どうにかして見せるしか無い。怖じ気づいて惑ってたって、何も解決しやしないのだと、俺は散々に思い知っている。


「アルルと、話してみます」


 内心を奮い立てるために、俺は再度繰り返したのだった。




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