第6章 信ずる者は欺される

第42話 で、オマエはどうする?


 前田組はヤクザ組織だ。

 といっても暴力団ってより、いわゆる任侠ってやつだ。

 アウトローではあるが、渡世の仕切りを重視する。時代劇に出てくる侠客の親分一家のような、古くは地域を束ねる自治集団であった組織。


 とはいえ、極道は極道。


 かつての暴力団対策法成立を期に、一時は存続の危機を迎えていた。

 いや、極道組織としての前田組は、確かにその時に消滅したのだろう。

 ショバ代、みかじめ料、上納金……そういうヤクザ的なシノギを切り捨て、その上で、それまで培った人脈や世俗を仕切るノウハウを活かして、地元の一企業として生まれ変わったんだ。

 そうすることで、前田組は存続できた。

 厳密な意味での極道では無くなったわけだが、それでも、地域の顔役としての面目を保ちつつ、且つ、時代の流れに呑み込まれること無く組織として生き延びた。


 それを成すために暗躍し、尽力したのが、若き日の深空白斗……ウチのクソ親父。あの詐欺師が為したの、数少ない成功例というわけだ。


 その恩義を、義理堅い前田組は今も忘れていない。

 深空白斗の親族である俺たちに敬意を表し、常から便宜を図ってくれている。二年前に深空白斗が失踪した時も、その後も、俺の姑息な情報操作を始め、トラブルの度に親身に手助けしてくれている。


 そして、今回も────。


 前田邸の応接室にて、俺は受け取った資料ファイルにひと通り目を通し終え、ゆるりと顔を上げた。


「これが……」

「ああ、今回手に入った資料だ」


 そう言って、対面のソファーに座したスーツ姿の紳士は軽く頷いた。

 前田頼堂らいどう

 賢勇の親父であり、前田組の組長オヤジ……いや、正確には株式会社マエダの社長なんだけど、地元じゃ未だに前田組で通ってるし、みんなオヤジとか親分さんって呼んでるんだよな。


「こっちで調べた範囲じゃあ、そんなとこなわけだが……どうする?」


 静かに問うて来る頼堂さん。そのどこか気怠げに苦笑うような表情は、賢勇に良く似ている。というか、そもそも外見が似ている。いかにも賢勇が老けたらこうなりそうだなって感じだ。


 さて、どうする……と、言われてもな。


 俺は改めてファイルに視線を落とす。

 そこに記されているのは、いくつかの添付写真と、小難しい文章や専門用語の羅列……なのだが、その内容は正直ほとんどわからん。


 ……アルミニウム……白金……パラジウム……は、金属素材だ。モリブデン……ルテニウム……その辺もまあ。何となく金属だろうなあとわかるが……〝Ti-6Al-4V〟とか〝Ti-0.15Pd〟とか並べられると、もう何のこっちゃらサッパリだ。


 けど、それらが何を調べた内容なのかは、明確に書かれているので理解している。これは、あのケータイショップで暴れたヒデという男の、その振り回していた日本刀の分析結果らしい。


「碧継はアメコミとかは読むか?」


 頼堂さんの突飛な質問に、俺は少々戸惑いつつ。


「いえ、映画なら観てますけど」

「ならわかるだろ、アイア○マンスーツだよ。あれの素材と似たようなもんらしい。チタン合金を主素材とした鍛造物で、硬い素材を鋭利に加工した刃物……要するに、ヤツの持ってたのは日本刀じゃねえってことだ」


 古来の刀工技術で鍛え上げられた刃ではなく、現代科学の粋を凝らして鍛造されたもの。


「折れず曲がらずのしなやかさとは正反対に、硬さと鋭さで断ち切る。実質は、刀より鉈とか斧に近いもんみたいだな」


 実際、この素材構成であの刃渡りならば、切断力は凄まじいらしい。それこそ、レジスターや木製扉ぐらいなら力業で断ち割れるほどに。


「あの野郎は、別に剣術の達人ってわけじゃなかったってことか」


 傍らの賢勇がやれやれと呟く。

 が、頼堂さんは首を横に振った。


「いや、ヤツが刃物の扱いに精通していたのは確かだ。しかも、達人レベルで鍛え込んでいたらしい。でなきゃあ流石に一刀両断とはいかんよ。誰かに師事したのか独学かはわからんが……ともかく、問題はそこじゃあなくてな、その合金はとんでもなく稀少で高価で、チンピラ程度が手に入れられるもんじゃねえってことだ」


 どうやらそうらしい。

 スマホ片手に軽く検索してみたが、戦闘機の装甲として使うのでも高価すぎって代物のようだ。そんな特殊な品を、あのヒデはどうやって手に入れたのか?


 そして────。


 俺はファイルに並んだ写真を睨む。

 日本刀に良く似たヒデのチタン刀を撮影したそれに並んでいるのは、黒金の丸盾と騎士甲冑……アルルの装備の写真だ。

 どうやら、それらは同じ素材と製法で加工された物らしい。


 無関係…………と、そう断ずるには、いささか物が特殊に過ぎる。


 思案に黙り込んだ俺に、頼堂さんがゆるりと続ける。


「……あのヒデってチンピラだが、まだ身元が特定できないようだ」


 何だそれ?

 まさか、記憶喪失だとか言わないよな?


「所持品に身元を特定できる物が無い。彼を知る者も名乗り出ない。当人は〝クナカセ・ヒデヒサ〟と名乗っているが、そんな人物は戸籍上に存在しない」


「偽称してるってことですか?」


「かも知れん。が、いずれにせよ誌訪署の調査では、今もって身元が特定できていないのは確からしいな。そして、同じような例が、同署では二年前にも発生している」


 言い淀むように声音をひそめた頼堂さん。


 二年前、そうか……。


 クソ親父こと深空白斗が大活躍した、あのデパート籠城事件。

 当人が死亡したことに加え、世間的には深空白斗に注目が集まったせいで埋もれてしまったが、あのイカレた籠城犯の男もまた身元不明だった。


「身元不明の籠城犯……共通項はそれだけだ。が、この現代日本で、戸籍の特定できない人物というのは、それだけで希有な事例なのは確かだな」


 そもそも戸籍が無いという事例は、災害とかで役所の記録が消失した場合に起き得るものだ。何らかの事情で出生届けが出されていない場合もあり得るが、子供ならともかく、大人でその可能性はまず無いだろう。

 いずれにせよ、それらはあくまで法的な問題であり、戸籍の無い個人が認知されていないわけではない。

 現に生きて存在する個人が居る以上、それに関わる人物や記録が皆無ということはまずもって無いのだ。誰かしらの関係性、何かしらの痕跡というのはあるはずで、そこから素性をたどることが可能。


 なら、あのヒデとやらの身元も今はわからないだけで、やがては調べがつくはずだ。

 二年前の籠城犯も、調査が打ち切られただけで、調べ続けていれば判明したはずだ。


 アルルだって────。


 そう考えて、けど、そうだ。だから、そのアルルの素性を知るための手がかりが、こうして見つかったのだと改めて思い知る。


 黙り込んだ俺に、頼堂さんはしばし間を計るように、あるいは言葉を選ぶように、ゆっくりと静かな口調で補足する。


「そのファイルの情報ソースは、誌訪署から流れたものだ」


 誌訪署……か、なら、アルルがタライフォールで倒れて連行されたあの時点で、少なくとも所持品が特殊だと判明していたわけか。


 つまりは、やはり戌亥刑事は嘘をついていたというこった。


 それが面倒ごとを避けた怠慢なのか、それとも何らかの意図あってのことか、その意図は戌亥刑事個人のものか、それとも別人の、あるいは誌訪署、ひいては警察組織ぐるみのものか、現時点では何とも判断できない。


 けど────。


 アルルの所持品と、あのヒデが持っていた凶器とに関連性があると知れた以上、向こうも何らかの動きはあるだろう。

 いや、思えば、ヒデが最初の事件を起こしたらしき時、戌亥刑事はアルルの動向を確認してきた。なら、最初から疑いを持っていたんじゃあないのか……?


 アルルとヒデ……特殊な加工の武装を所持し、特殊な戦闘技能を身につけた、身元不明の人物。

 ああ、そうだ。

 俺だって思うよ。

 これで全くの無関係って考える方がオカシイ。関係性を疑うのが当然だし、妥当だし、常識的な判断だろうさ。


 けど、今のところ、戌亥刑事はもちろん、警察その他からのアプローチは何も無い。それとも、俺が気づいてないだけか?

 いや、こうして情報を得ているぐらいだ。何か警察サイドで動きがあれば、頼堂さんたちだって少なからず気づいてるだろう。


 なら、何も動きは無いってことか……?

 それとも、頼堂さんは把握した上で隠している?

 ……いや、身内まで疑い出したらキリが無い。それこそ、この資料だって正しいのかよってなっちまう。


 だから────。


 考える。

 考えてるけど、やっぱり、今は情報も手がかりも少な過ぎだ。


「……で、碧継」


 静かな声に名を呼ばれ、俺は顔を上げた。

 対面には、相変わらず気怠い笑みを浮かべた頼堂さん。


「どうする?」


 改めて繰り返された、さっきと同じ問い。


 どうする……って、だから、そんなこと言われてもな……。


「俺は──────」




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