第11話 シールドバッシュはママの味


「……で? 何でオマエはいきなりひとっ風呂浴びてんだ? いや、そもそも何でここに居る?」


 俺は半眼で問い質す。

 紅姫は神之原学園の中等部三年生だ。

 今朝も言ったが火尾木村行きのバスは致命的に本数が少ない。

 俺が乗ってきたバスに紅姫は乗っていなかった……そもそも俺しか乗客が居なかったんだが……。


「んー? ちょっと今日は調子キツくて休んでたんだけどさあ……」

「風邪でも引いたのか? いや、そんなわけねえか」


 バカに風邪は効かないというのが世界のことわりだ。


「うん、風邪じゃねえけど……その……別にいいだろ。女にはいろいろあんだよ。デリバリーねえのは困るぜアオ兄」

「そうだな、宅配は村の流通の生命線だからな」

「ん? そうだけど……ん?」

「オマエは後でお勉強ってことだ。それで? 休んでたのがどうした?」

「いや、午後から体調良くなってきたからさ。家にひとりでいるのヒマだし遊びにきたんだけど……」


 ……紅姫の供述は以下の通りだ。


 月のお馬で鬱屈していたストレス発散のため、意気揚々と我が家を訪れた紅姫。しかし、いざ玄関を開け放ってみれば、台所に立つ見知らぬ金髪女と遭遇。


〝誰だ!? ウチで何してやがる!? ドロボウか!? それとも暴漢か!?〟


 すぐさまに戦闘態勢に入った脳筋娘は、問答無用で自慢のパンチやキックを繰り出したのだという。


 しかし、金髪女は欠片も動じず、手にした鍋のフタを盾のごとく身構えて、紅姫の攻撃を華麗に受け止め、受け流してきたそうだ。


 業を煮やした紅姫が渾身の跳び蹴りを繰り出したところ、振り放った鍋のフタで打ち払われた。

 某アメリカのキャプテンばりに容赦ないシールドバッシュに叩き落とされた紅姫は、金髪女の強さに感服し、和解。


 話を聞いてみれば、この金髪女は今日から碧継の母親になったそうで、ならば従妹の自分にとっても家族同然であると親睦を深めつつ。

 差し当たっては土間に叩きつけられて汚れた服を洗濯がてら、風呂に入って汗を流すことにした────以上。


 とりあえず……。


 俺の帰宅前にきて玄関の鍵をどうする気だったんだ? とか。

 ここは俺の家であってオマエの家ではないはずだろう? とか。

 乱暴な女は暴漢ではなく深空紅姫と呼ぶのだと教えたはずで、さらに問答無用で殴りかかったら本当に深空紅姫じゃねえか! ……などという諸々のツッコミはいったん横に置いといてだ。


「オマエは、この女が俺の母親だと名乗ったことに何の疑問もわかなかったのか?」

「だ、だって優しくて、スゴく〝母ちゃん〟って感じだったから……」

「…………」

「あれ? もしかして違うのか? オレ、ダマされた?」


 ショックな顔で俺を見つめてくる紅姫。

 傍らのアルルが安心させるようにその頭を撫でる。


「騙してはいない。わたしは今日からアオツグの母になったんだ」


 デカイ胸を張りつつ誇らしげに宣言するアルドリエル。


 ……俺は了解した覚えはないがな。


 などと反論しても話がややこしくなるだけだろう。

 それに何というか……積極的に否定することもないような、この状況もそれほど悪くないような、そんな気がしている。いや、自分でも良くわからんけど……。

 差し当たって、家事を引き受けてくれるのは助かるしな。


「さあ、夕食にしよう。並べるのを手伝ってくれベニヒメ」

「おう! まかせろ!」


 紅姫と一緒に人数分のスープをよそい、食パンを分けるアルル。

 正直、あの紅姫が素直に手伝いをしているのは驚きだ。まあ、アイツも俺と同じで父子家庭だからな、母属性には弱いんだろう。


 ……いや待て、その理屈だと俺も母属性に弱いことになるな。それに、そもそもの問題としてアルルは母属性なのか?


「はい、アオツグ」


 スープ皿を差し出してくる金髪さん。

 その笑顔は客観的にも主観的にも優しく穏やかなもの。

 確かにそれは〝お母さん〟って感じなのかもしれない。


 ……けど、そもそも母親を知らないんじゃあ、比較のしようがないな。


 内心で苦笑しながら、皿を受け取る。

 それから、三人で卓袱台ちゃぶだいを囲んでの夕餉ゆうげのひととき。


「おいしい! これ店で出したら金取れるんじゃねえか!?」

「頭悪い感想を吐くな紅姫」


 ちょっとショック受けたじゃないか。


「何だよ、アオ兄はおいしくないのかよ?」

「美味しいからガツガツ食ってるだろうが。おかわり」

「あ、オレもおかわり!」


 兄妹ふたりで差し出した皿を、微笑みながら受け取るアルルの姿は、やはり優しく穏やかだ。

 それは姉というよりは、確かに母に近いのかもしれない。


「いいなあアオ兄、アル姉みたいなキレイで優しい母ちゃんできて……」


 スプーンをくわえた紅姫がしみじみと呟いた。

 呼び名は姉で、認識は母なのか? まあ、コイツのことだからあんまり深く考えてないんだろうけど。


「そうだ!」


 いかにも〝閃いた!〟って感じに立ち上がった紅姫。頭の上に豆電球が点灯するかの勢いだ。


「オレがアオ兄と結婚すればいいんだ!」

「あ? 何血迷ってんだオマエ」

「だって、そしたらオレにとってもアル姉が母ちゃんになるだろ? イトコ同士なら結婚できるって前に……」


「それはダメだ!!!」


 アルルの鋭い声。

 そのらしからぬ強い否定の叫びに、俺と紅姫はギョッと向き直る。

 自らの口許を押さえて呆然としているアルル。叫んだ自分自身が一番驚いてるって様子だな。


「あ……いや、その……あれだ。ベニヒメは、アオツグの妹同然なのだろう? ならば、わざわざ結婚などしなくとも、すでにわたしの娘ということだ。そう……だよな? そうだろう? アオツグ!」


「……そうだな。俺の母親なら、紅姫にとっても母親だろうな」


 そんなにあわあわと必死そうに問われては無下にもできない。

 話を合わせてやれば、アルルはホッと吐息をこぼしつつ、紅姫におかわりの皿を渡す。


「ほ、ほら、アオツグもこう言っている。だから遠慮なくわたしを……その……〝母〟……と、呼んでくれて良いんだぞ?」


 照れ臭そうにそう促すアルルに、紅姫は満面の笑顔で頷いた。


「そっか、わかったぜアル姉!」


 わかってねえじゃん。


「アル姉がオレの母ちゃんかあ……ニシシ、何か照れるなぁ♪」


 そして、わかっていないことをわかっていない。

 さすがだ紅姫。並のバカではこうはいかない。ホンモノだけが持つ風格ってやつだな。


 対するアルルはニコニコしているが、良く見るとその笑顔は少しだけ寂しそう……かな? まあ、釈然とはしてないだろう。


 それにしても……。


 さっきはハッキリと声を荒げて否定したアルル。

 そんなに俺と紅姫が結婚するのがイヤだったのか?


 いったい何で? ……とか、今時そんな疑念を抱くのは、ハーレム物の主人公くらいのもんだろう。


 傍らのアルルをジッと見つめる。

 こちらの視線に気づいた彼女は、あからさまに挙動不審になって視線を泳がせた。


「……ぁ……どうかしたのかアオツグ? その、わたしの顔に何か……」

「いや、スープのおかわりまだかな……って」

「うぁ……! あ、すまない! すぐ用意する!」


 あたふたとスープをよそってくれるアルル。

 何だか、やけに平和な光景だった。

 和やかな団欒だんらん、絵に描いたような明るい食卓。


 ……何だか、それはひどく現実感がない気がして……。


 俺はどこか冷めた気分で、それを眺めていたのだった。


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