第5話 赤色灯無しで……と、頼むべきだったな


 あまり補習や課題が増えまくるのもイヤなので、午後の授業は普通に受けた。

 教室の雰囲気は相変わらず剣呑ではあったが、午前中に比べればすいぶん穏やか。さすがに半日騒いでブームが去った……わけではなく、おそらくは俺の隣の席で頬杖突いて授業を聞き流していた賢勇のせいだろう。


 コイツがいる場所で俺の陰口を叩くヤツは、少なくともこの教室にはいない。

 ありがたいことではあるが、それが互いの評判悪化にも繋がっているわけで、どうにも厄介な話だ。


 ちなみに俺が最後尾窓際、その右側に賢勇、さらに右方に並ぶ机は皆無という、実にわかりやすい隔離スペース。問題児二名は後ろの方でおとなしくしてなさい……という、生温かい配慮が良く伝わってくる。


 ホームルームでは担任が通り一遍な連絡事項を告げ、帰りの御挨拶。

 毎度のことながら、俺のサボりも賢勇の遅刻も完全スルー。

 この手の問題は、実害出るまで様子見放置が当たり前。むしろ実害が出てない分マシなのかもしれない。


 ……どっちにしろ、健全じゃあないよな。


 俺は帰り支度を整え、隣で寝息を立てている友人を叩き起こす。


「帰るぞ」

「ん……ああ、もう放課後か……ふあ……」


 盛大に欠伸する賢勇。動く気配はないので、まだ寝足りないのだろう。

 放置して先に帰ることにした。


 校門を出たところで、スマホに着信。メッセージやメールではなく、普通に電話だった。

 表示された相手の名前を見てゲンナリ溜め息。

 無視したいけど、そういうわけにはいかないよなあ……。


「もしもし、深空です」

『また面倒を持ち込んでくれて感謝する』


 いきなり皮肉で返してくれた男の声。相変わらずの冷淡ぶりは事務的を通り越して、もはや機械的な冷たさだ。

 町の平和は明るい挨拶から……とかいう標語を見たのは、確か昨日の警察署だったと思うが、当の警察官がその態度はイカンと思う。


『昨日、オマエが通報した案件だ。今から迎えに行く。校門で待っていろ』


 無機質に無感動に要点だけを告げてくる。

 相手に理解を得ようとかいう要素まるでなし。本当、実はロボットなんじゃねえの? ってくらい冷淡だ。


「……学校以外で合流できませんかね。それと、できれば白黒パンダカラー以外の車できてください」

『いいだろう』


 円満なコミュニケーションなんて無理なのは承知しているので、ダメ元の要請だったんだけど、あっさりと了解されて拍子抜けた。

 けど、まあ、そりゃそうか。余計な悪目立ちが新たなトラブルの素になるのは、向こうも承知だろうからな。


 ……などと思った俺が甘かった。


 待ち合わせ場所に現れた四角い車輌を睨んで、心底ウンザリと呻く。

 青緑と白の配色をしたボックスワゴン。ゴツイ車体を覆う装甲板と、窓やらドアやらに掛かった金属網が実に大仰で頼もしい。


 ……護送車で来やがった。


 確かにパトカーではない。俺が言った内容にはそっている。

 ……だが、絶対ワザとやってるだろうアンタ。

 俺がジト眼で睨みつければ、運転席の男は悪びれるどころか表情ひとつ動かさぬままに同乗を促してきた。


「乗れ。もたつけばそれだけ人目につくぞ」


 言いたいことは山ほどあるが、言われたことには同意なので、ともかく助手席側に乗り込んだ。


 ……あーあ、ファンの皆様に見つかってなきゃいいけど。


 走り出した車内で、溜め息も深く運転席の刑事を睨む。

 引き締まった長身にスーツ姿の精悍な男。確かまだ二十代だったはずだ。その若さと鋭い風貌のせいか、刑事よりも弁護士とか検察官とかインテリ系のイメージが強い。

 けど、実際にはバリバリに現場叩き上げのいわゆるデカさんだ。


 戌亥いぬい丈太郎じょうたろう


 誌訪しほう署に所属する顔見知りの刑事さんで、組織犯罪対策部の人だ。

 何で少年課でもない刑事と俺が馴染みかと言えば、主に俺個人ではなく、その人間関係に起因する。

 極道坊ちゃまの賢勇と、それから……。


「父親から何か接触は?」


 表情をピクリともさせないまま簡潔に問い質してくる戌亥刑事。


「皆無ですよ。この二年間、完全に音信不通です」


 父親の消息を訊かれるのは、この刑事に会った時の常だ。

 いつも通り素直に応じた俺に、戌亥刑事もいつも通り、返事どころか頷きもしない。

 警察関係者が俺に冷たいのは共通だが、この人の態度は輪をかけて冷淡だ。接してて気疲れするったらない。昨日は別の警察官が対応してくれたからまだ良かったが。


 言動も雰囲気も無機質無感動、運転する動作も全くブレない。

 ターミネーターとかが運転する時こんな感じだよな。マジでロボなんじゃねえのコイツ。


「昨日の不審者が目を覚ましたが、記憶が飛んでいて聴取が不可能だ」


 突然の切り出しは相変わらず簡潔で唐突で、一瞬意味をはかりかねた。


「記憶が飛んでるって、俺に絡んだことを憶えてないってことですか?」

「違う。何も憶えていない。俗に言う記憶喪失という状態だ。検査の結果、演技ではないとされた」


 あのタライの一撃で脳をやられたか?

 ある意味、元からやられてた感もあるが。


「オマエには身元引受人になってもらいたい」


 脈絡なく続いた言葉に、やはり俺は意味をはかりかねて首をひねった。

 何で加害者の身元を、被害者が引き受けにゃならんのじゃ。

 どういうことなのか異論反論を唱えるより先に、戌亥刑事はなお淡々と続ける。


「オマエが断るなら、深空玄蔵に依頼する」


 何でその二択? イヤな予感がするね。


「彼女は、深空白斗しらとの関係者だと思われる」


 予感的中。

 ああクソ、やっぱりそういうことかよ!


 の尻拭いはいつだって俺か玄蔵伯父さんのところに回される。それが世間の道理で法の摂理。わかっちゃいるけれど。


 ……本当、勘弁してくれよ。


 深空白斗。

 俺の実父であり、二年前から失踪中のロクデナシ。


 戌亥刑事はやはり淀みない所作で、ダッシュボードに置かれたビニールパックを指差した。警察が証拠品とか入れとくヤツだよなコレ。

 手に取って見れば、中には丁寧に折りたたまれた便箋と、一枚の古ぼけた写真。

 写真に写っているのは、見覚えのあるスカした中年男と、不本意ながらその男に良く似た顔立ちをした六歳前後のガキ。要するにクソ親父と昔の俺とのツーショットだ。

 いつ撮った写真だこれ?

 そして、便箋には殴り書きの短い一文。


〝息子を頼む〟


 筆跡は、ああ、確かにウチのクソ親父の字だと思う。わかるのが何かシャクだが……。


 流れ的に、あのコスプレ女がこれを持ってたってことか?


 んで、〝わたしは、貴方を守るためにやってきた〟に繋がるワケか。

 ハッキリ言って、何だそりゃ? ターミネーターなのはアンタの言動だけにしてくれよ刑事さん。


「これだけで、親父の関係者扱い?」

「一応は肉親の手掛かりだ。オマエたちにとっては重要かと判断した」

「そっちにとっても容疑者の手掛かりでしょ?」

「深空白斗は容疑者ではなく参考人だ。いずれにせよ、警察は現在進行中の事件の対応で忙しい。終わったものに関わる意味も暇もない。あの記憶喪失の女にしても同様だ。これ以上の問題を起こさないなら、どうでも良い」


 冷ややかに淡々と合理を語る刑事さん。

 ロボコップだってもう少し人情派だろうに。


「それで、どうする?」

「どっちみち俺に選択権ないですよね」


 便箋と写真を睨んでぼやく。

 玄蔵伯父さんが、これを見て断るわけがない。

 彼の性格的にも身元を引き受けるだろうし、後見人として名乗り出るのは目に見えている。

 だったら、少しでも伯父さんの負担は減らすべきだ。


 それに、身元不明で記憶喪失なままでは警察も処遇に困っているはず。なら、恩を売っておくという考え方もある。


「ちなみに、彼女の医療費等は鉄道管理会社が負担した」

「……?」

「あのタライは、以前に高架線路の水漏れ対応で仮設置していたものを、修繕後に回収し忘れたらしい。完全な過失による人災だ。多少の見舞金と補償金も出る。振り込みと書留と、どちらでの送金が希望だ?」


 わかってみれば面白くもないタライの真相。


「俺、まだ身元引き受ける件、了承してないですけど?」

「了承するつもりに見えたが?」


「…………まあ、断れないですから」


 たっぷりの諦観を込めて観念すれば、戌亥刑事は頷いて車を停止した。


「到着だ」


 会話終了を狙い澄ましたようなタイミング。

 ……まさか計算してたわけじゃないよな?


 ちょっと薄ら寒い感覚を覚えながらも、車外の光景は警察署でも病院でもなく、俺がいつも利用している、火尾木村行きのバスがくる停留所。

 わけがわからぬまま促されて下車すれば、戌亥刑事は護送車の後部……つまりは護送対象を収容する側のドアを開けた。


「下りろ」

「あ、了解した」


 応じたのは、聞き慣れないが聞き覚えのある凜々しい声音。

 護送車の後部から姿を現したのは、予想通りにあのコスプレ女騎士。

 と言っても、今は当然ながら武装解除状態。濃紺色のスウェットっぽい長袖に、同色をしたスリムパンツ風のズボン姿。鎧の下に着てたインナーかな?


 女は所在なさげに周囲を見回して、


 俺と目が合うと、なぜかほっとしたように表情を和らげた。


「あれが深空碧継だ」

「うむ、大丈夫だ。見てわかった」


 戌亥刑事の雑な紹介に、女は微笑で応じる。


 ……端から俺に押しつける前提で連れてきてたってことかい。


 睨みつける俺の視線など意にも介さず、戌亥刑事は車内から大きな白い荷袋のようなものを引きずり下ろす。丁度、剣道の防具袋みたいな大きさで、竹刀袋っぽいのも括りつけてある。たぶん、女が元々身に着けていた武装だろう。


「剣は公共の場では取り出させるなよ。模造品でも見た目は凶器だ」

「模造品?」

「ああ、鎧と盾はともかく、剣はさやと一体化した構造で抜刀できない」


 そりゃそうか。

 見た目はリアルだったけど、普通に考えて装飾品だよな。だいたい本物の刀剣持ってたらこんな簡単に釈放されないだろう。


「もちろん、鎧もさらすなよ。実質、その女は仮釈放の保護観察身分のようなものだからな。騒ぎを起こせば厳正な対応をとらねばならん」


 ロボコップの冷徹な眼差しは女ではなく、真っ直ぐに俺を睨んでいる。

 まあ、丸投げにしたい気持ちはわかるけど、こっちだってこんな面倒事は引き受けたくない。


「もういっそ逮捕しちゃってくれる方が、俺としては楽なんですが」

「素性不明、国籍不明、さらに記憶障害。それでいて現状の事件性は軽微。かかずらうのは時間と税金の浪費だな。オマエが提訴するというなら仕方ないが?」


 清々しいまでのお役所対応。

 さすがに訴えるまではしたくない。それに、この女が親父とどういう関係なのかがわからない内は、あまり無下にもできない。


 もしかしたら、コイツもクソ親父の被害者なのかもしれないし……。


 戌亥刑事は、俺の沈黙を納得と取ったのだろう。


「細かい手続きと処理は後日でかまわん。記憶障害が出るほど頭を打ったのだ。しばらくは通院して定期検査をするように。それではな」


 簡潔に迅速に言い渡すと、当然ながらこちらの返答など微塵も待たずに、護送車に乗り込んで走り去っていった。


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