第3話 グーグルさんだって知らない事はある


 この俺、深空みそら碧継あおつぐが生まれ育ち、今も住んでいる火尾木ひおき村。

 と言っても、実際には相当昔に隣接した誌訪しほう町に合併されているので、地図上ではもう火尾木という地名は消失している。

 けど、昔から住んでいる爺さん婆さんは今でも火尾木村の名で呼んでいるし、そもそも住民は爺さん婆さんばっかりなので、その呼び方じゃないと通じない。


 ハッキリ言って田舎だ。正真正銘の村落だ。


 広がる田園風景、緑あふれる野山、ススキの揺れる河川敷。コンクリートのビルなんて影も形もありゃしない牧歌的な土地である。

 恐るべきことにコンビニすらないんだぜ。雑貨屋と駄菓子屋がコラボしたボロい商店があるだけだ。

 人口過疎地で少子高齢もはなはだしい本気のド田舎。

 近隣に学校なんてあるわけがなく、毎日の登下校はバスに揺られて山越え谷越えの遠征路。バスで片道一時間ほどのその峠道を、今は深空家の家族車で帰宅中。


 峠道には街灯もほとんどないため、ヘッドライト頼りの夜間走行は物理的にも精神的にも恐ろしい。

 そんな中を、慣れた様子でハンドルを握る玄蔵伯父さん。

 傍らの紅姫も平然と。〝実はお化けが怖いの……〟なんてことはなく、鼻歌まじりに外の暗闇を眺めてやがるのが実に小憎らしい。


 とりあえず、こういう時には素数を数えるのが良いと誰かが言っていた。なので、無心で脳裏に孤独な数字を唱え続けていたのだが……。


「にしてもアオ兄さあ。暴漢に襲われたのに、よく無傷で撃退できたな。いつもみたいに口車で丸め込んだんならわかるけど」


 首をかしげる紅姫。

 まあ、そういぶかしむのはわかる。何せ俺の腕っ節は小学生とタイマン張っても互角に渡り合うほどだからな。


「向こうが勝手に自滅したんだよ。急に上からタライが降ってきて相手に直撃したんだ」

「は? 何でタライ?」

「知らん。それに女だったから正確には暴漢じゃないぞ」

「あー、じゃあ…………あれ? 暴漢の女バージョンは何てんだ?」

「知らん。グーグルさんに訊いてみろ」

「メンドイ、アオ兄が調べろ」


 当たり前のように言い切る従妹いとこ様。


「オマエね、兄貴と強盗には逆らうなって幼稚園で習わなかったのか?」


 睨み返しながらも、結局スマホを取り出して操作する俺。

 こうして甘やかすからツケ上がるのはわかってるんだけどなあ……。

 自分にあきれつつ情報検索。


 ドレッドノート級の田舎である火尾木村だが、通信インフラは普通に整っている。今期の県知事が災害対策に注力してくれているおかげだった。

 ……まあ、それも善し悪しだがな。

 暗い笑みを浮かべながらも調べ続けたが、成果はなし。


「それっぽい単語はないな。暴力振るうのは男ってのが古来からの共通概念なのかな」


 思えば、ニュースとかでもそういう単語は見聞きした憶えがない。


「とりあえず、暴力女とか、脳筋女とか、深空紅姫って言えば、乱暴な女だと普通に通じるし、それでいいだろ?」

「ああ、まあ、そっかぁ……」


 紅姫は納得した様子で頷きながら、再び窓の外に向き直る。

 ……本当に、重ね重ねも残念な娘だ。

 そうしている内に、ようやく自宅に帰り着いた。

 時刻は午後十時前。

 夜道のせいでスピードが出せなかったため、ずいぶんと時間が掛かってしまった。玄蔵伯父さんは明日も仕事だろうに、本当に世話をかけて申し訳ない。


「今日はウチに泊まっても良いんですよ? 食事だってまだでしょう?」


 玄蔵伯父さんはそう言ってくれるが、そこまで迷惑はかけられない。


「いえ、大丈夫です。今日はすみませんでした」

「別に、キミが悪いことをしたわけじゃないでしょう。それに……」


 玄蔵伯父さんは少し怒ったように眉をつり上げる。


「そうやってかしこまられる方が心外ですよ。私たちは、家族でしょう?」

「……そうですね。あの……本当に、すみません」


 反省して再度謝罪する俺に、玄蔵伯父さんはいかにもやれやれと微苦笑する。


「…………おやすみなさい碧継君」

「じゃあなアオ兄!」


 困り顔の伯父さんと、無駄に元気な紅姫。

 夜闇の向こうに走り去る車体を見送った俺は、ゆるりと自宅の玄関をくぐった。


「ただいま……」


 帰宅の挨拶に応える声はない。……いや、あったら怖いんだけど。

 何はともあれ、まずは照明を点ける。

 普通にボロい木造家屋。

 間取りは一応は2LDKなんだけど、ダイニングキッチンは土間だし、板張りのリビングとは直結だし、天井ははりがむき出しになっている。


 これで囲炉裏いろりがあれば完全に時代劇の世界だ。むしろ囲炉裏がないのが不自然に見える古めかしさ。


 奥には木製の引き戸で仕切られた部屋と、障子戸で仕切られた部屋。

 木戸の方が俺の自室。障子戸の方はもとは両親の部屋で、俺が物心ついた時には親父の部屋で、今はただの物置部屋になっている。


 ボロくて狭い家。

 それでも、ひとりで住むには間違いなく広すぎる。


 真っ直ぐ自室に行くと、押し入れから布団を取り出して敷き、そのまま着替えもせずに寝転がった。


 ……疲れた。


 腹は減ってるけど、疲労と眠気の方が遥かに勝っていた。とにかく今日はもう寝よう。諸々のことは起きてからだ。

 ひとりなので、食事や入浴などのタイミングは自由。本当に、その辺は気楽でいい。


 けど────。


〝私たちは、家族でしょう?〟


 別れ際の玄蔵伯父さんの言葉がよみがえる。

 家族か……。


「……すみません、俺には良くわかんないです……」


 ポツリと虚空に謝罪して、俺はギュッとまぶたを閉じた。

 不意にスマホが震える。

 見れば、紅姫からメッセージが着信していた。


〝【紅】だれが深空紅姫だ (*`Д´*)〟


 不可解な文面と怒り顔の絵文字に、しばし解読モードに移行。

 ……たぶん、〝乱暴な女=深空紅姫〟とした発言に今さら気づいての抗議だろうが、言語機能に不具合でも出たか?


〝【アオ】感情が先走り過ぎて文章に昇華できていませんね。まず伝えたい趣旨を念頭に置き、それを補い飾る形で言葉を組み立てるように心掛けましょう〟


 懇切丁寧な助言文を返して、スマホを枕元に放った。

 今はとにかく眠いし、疲れた。


 ……それでも、おバカな妹分のおかげで、少しだけ安らかに眠れそうだった。


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