第2話 うちの妹はいろいろと残念だ


 謎のコスプレ女は救急車で運ばれて、俺はパトカーに乗って最寄りの警察署にて事情聴取。


 正直、相手のことなんか知らないし、絡まれた理由もわからない。

 とにかく事実を説明するのみで聴取は終了。

 対応してくれた警察官は深い溜め息を吐いた。


「あまり面倒を起こすなよ……」


 被害者であるはずのこちらが注意されるという厳しい扱い。世間ではこれを自業自得とか因果応報とか、そんな風に言うらしい。


『俺が自分から何かしたことってありましたっけ? いつも周囲が勝手に騒いで、巻き込まれているだけですよ? こっちは被害者。そもそも治安を守り、犯罪行為に対応するのが警察の仕事でしょう。それを〝面倒〟とか、職務怠慢では?』


 ……などという不穏なだけの本音は脳内だけで納めつつ、俺はニッコリと愛想笑い。


「申し訳ありませんでした。本当、お勤めご苦労様です」


 後半は余計だった……つい嫌味を込めてしまうのは悪いクセだな。

 幸い、眼前の警察官は気にしてない様子。というより、今さらこの程度は気にしてられないって感じかな? まあどっちでもいい。


 警察署を出た時には、もうすっかり暗くなっていた。

 スマホの時刻表示を見れば、午後八時を過ぎている。

 ああ、マズいなあ、次のバスまで二時間近くある。さすがに徒歩で峠越えは疲れるし、時間が掛かり過ぎる。


 何より、暗い夜の山道を歩くのは絶対に避けたい。


 苦悩して、けど、幸いにそれは杞憂で済みそうだ。

 ……そうだよな、当然、警察から保護者に連絡いってるよな。

 署の駐車場に入ってきた乗用車。その見慣れた白いワンボックスの助手席から顔を出したのは、同じく見慣れた姿。


「よお、迎えにきたぜアオにい


 いかにも小生意気そうな笑みで呼びかけてきたのは深空みそら紅姫べにひめ。生物学上は女だが、言動の通り淑やかさとは無縁な小娘だ。

 性格は良く言えば無邪気、端的に言えばガサツ。クセっ毛な上にザンバラな剛毛をポニーテールにくくった髪型は何か武士っぽいし、その上すぐにフィジカルに頼る脳筋さんだ。

 それでも、黙っていれば一応は美少女と呼んでも語弊はない容姿なのだけど。


「いやあ、イキナシ警察から連絡きたからビビったぜえ。アオ兄、ツイにやっちまったかあって。ケンカはありえねえから、チカンか万引きかの二択で、親父と賭けしてたんだ」


 ニシシシと、小悪党な笑みを浮かべる小娘。ホント、女じゃなかったらブン殴ってやりたいところだ。


「……こんなことを言っていますがね。電話がきた時には、この子は血相変えて大騒ぎしていたんですよ。軽口はいつもの天邪鬼あまのじゃくなので、ゆるしてあげてください」


 穏やかなフォローは運転席の男性。

 深空玄蔵げんぞう

 紅姫の父親であり、俺の伯父であり、現在の保護者だ。


 うん、まあ、玄蔵伯父さんに言われるまでもなく、その辺は承知しているし、


「な! チゲーぞ! ぜんぜん心配とかしてねえからな!」


 真っ赤になって必死に否定してくる紅姫を見れば猿でもわかる。

 やかましい妹分をあしらいつつ、俺は二列目の座席に乗り込んだ。

 すぐに車が走り出す……と、助手席から不満顔を覗かせてくる紅姫。


「心配してねえからな!」

「……なら、何で遠路はるばる迎えに着いてきてるんだ?」

「だから……! それは賭けをしてたから……」

「賭けなんてしてませんよ。そもそも事情は連絡がきた時に警察から聞いてますし」

「伯父さんはああ言ってるぞ? それとも伯父さんが嘘ついてるとでも言うのか? 俺を痴漢や盗人呼ばわりした上に、父親を嘘つき扱いか? 悪い子だなオマエは」

「うぁ……え……と……」

「いいから前向いてちゃんと座れ。危ねえし、警察に見つかったら運転してる伯父さんが捕まるんだぞ」


 走行中の車内ではシートベルトを締めて、正しく座りましょう。

 俺が指摘すれば、紅姫はジト眼で睨み返してくる。

 そして何を思ったのか、テレビから這い出してくる女幽霊のごとく、ムリヤリに座席の隙間を乗り越えて、こちら側に移動してきた。


「な! おい、何やってんだ! 本気で危ないだろうが!」


 叱りつける俺の隣にデンと座した紅姫は、シートベルトを締め、ことさらに姿勢を正してこちらを睨みつけてくる。


「いきなり警察から連絡きたら心配して当たり前だろ! ああ、心配したよ! ビビったよ! オラ! これで文句ねえだろ!」


 真っ赤な顔で〝どうだ!〟と薄い胸を張る。


「…………」


 コイツのこういうところは面倒ではあるが、悪い気はしない。計算でやってるなら問題だが、脳筋のコイツは全部が素だ。

 総じて、可愛い妹分であるのは確かだった。


「はいはい、心配かけて申し訳ありませんでした」


 俺はやれやれと、紅姫の頭を撫でてやる。

 それでもう機嫌は直ったようで、紅姫はニシシシとくすぐったそうに笑った。

 ガサツな手入れのザンバラ髪の感触は、それでも女の子の髪。ちゃんとすればもっと綺麗になるだろうに。


「オマエさあ、もうちょい髪とか大切にしろよ」

「ああ? やだよ、メンドイ」


 心底イヤそうなしかめっ面。寸前の可愛い笑顔はどこいったよ。

 本当、色々と残念な娘だった。


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