第7話 バーンハルト軍 金氣将軍副官 庚申

洞窟の出口から、勢いよく外に飛び出した二人は、一瞬、陽の光で目の前が白くなった。


次の瞬間、イライアスの足元近くの地面から、大きな衝撃が伝わった。


先程、洞窟を覗いた一角の魔族が、手に持った大きな木槌を地面に叩きつけたものだった。


「お前たちは、エグバートの兵士だなぁ」


背丈がイライアス達の二倍はあろうかという巨体に、金色に輝く鋼鉄の鎧を身に纏った一角の魔族は、エドワードを王子とは分からない様だった。


「ワシの名は、庚辛こうしん。金氣将軍ハクコ様の副官であるぞ」


肥えた体を仁王立ちにして、少し間の抜けたような緊張感のない形相で、庚辛がエドワードとイライアスを一つしかない目で見下す。


「王子、ここは私が足止めをします。山の祠へお急ぎ下さい」


イライアスがエドワードを背にして、庚辛の前に立ちはだかる。


戦闘態勢に入りかけていたエドワードであったが、イライアスの言葉に先を急ぐことが今の自分の使命と心に定めた。


「イライアス、すまない。ここは頼んだぞ」


エドワードはイライアスの背に向けて言い放つと、左側面に広がる新緑の森を目掛けて、一目散に走り出した。


「逃がさんぞぉ」


庚辛の目がエドワードの姿を追う。


そして、身体もゆっくりとエドワードの方へ歩みを始める。


「お前の相手は私だ」


イライアスが庚辛の左側から、太い腕を狙って切りつけた。


「この野郎っ・・・」


粗野な言葉で、庚辛がイライアスを睨み付ける。


イライアスは、剣を握りしめ、低い重心から庚辛を半身で凝視する。


「お前から始末す、するぞ」


激昂した庚辛が手に持った大きな木槌を、イライアスの頭上に振り落とす。


大きな木槌が向かって来る迫力は、イライアスの身体を、恐怖で一瞬固まらせた。


〈し、しまった。間に合わん・・・〉


イライアスは、握っていた剣で頭上からの攻撃を防ごうと思ったが、間に合わない。


庚辛の攻撃をまともに受けて傷を負わないように、半身の身体をその場から逃がそうと横に跳んだ。


二回目の地面を揺さぶる衝撃。


間一髪の間で、木槌の攻撃から難を逃れたイライアスは、起き上がり、洞窟の入口の方へと駆けだした。


「逃げるな」


庚辛がイライアスの後を、ゆっくりとした動きで追いかける。


イライアスは、城の内部へと通じる洞窟の、入口付近の壁際に追い込まれた。


「もう逃げられない」


庚辛が言って、一つ目でじろりと睨む。


〈もはやここまでか・・・〉


イライアスは目をゆっくり閉じた。


「王子、御武運をお祈り申し上げる」


握った剣を正面に構えて、微動だにしない姿で、念を込めて唱えた。


「死ね」


庚辛が呟き、三回目の攻撃をイライアスの頭上に振り落とした。


〈衝撃が来る〉


イライアスが身構えた時、何かがぶつかる激しい音が聴こえた。


しかし、来るはずの衝撃が無い。


〈痛みを感じる前に私は潰されたのか・・・〉


一瞬そう考えたが、握る剣の感触が手にある。


〈生きている〉


思い直したイライアスはゆっくり片目を開けた。


目の前には、庚辛の姿があったが、イライアスと庚辛の間に潜って、麻のローブにすっぽり身を隠した人影があった。手には見慣れない形の剣を持っていた。


〈あれは確か、刀という武器ではないだろうか〉


形を見てイライアスは、自分が昔見た武器の記憶をたどった。


麻生地のローブ姿の人物は、イライアスに向けられた木槌を、二本の刀を頭上で交差して、食い止めていた。


「ここは、私がこいつを食い止める。お主は、エドワード王子の後を追うのだ」


ローブの背中から、低い声が聴こえてきた。


「お主は一体」


イライアスが、ローブの人物に問いかけた。


「私はお主らの見方だ。信じるのだ。今は、それしか明かせぬ」


少しイライアスの方に振り返ったローブ姿の人物が低い声で叫ぶ。


その時、一陣の風がローブの顔の部分の麻布を揺らした。


少し中の顔が窺えた。


白い肌に無精髭を携えた鋭角な顎の部分と風に揺れる白銀の髪が見え隠れした。


 「かたじけない」


イライアスは、ローブ姿の人物に只ならぬ気配を感じ、言われるままに従う事を即断した。


 「王子の後を追わせていただく。この場はそなたにお任せした」


イライアスは剣を構えながら、半歩、半歩と後ずさりしながら、ローブの上から赤い闘気が滲む後ろ姿に、声をかけた。


 「行け、行くのだ」


ローブの人物はそう言い残すと、瞬時に一角の魔物の木槌を持つ右手に、刀鋩を突きたてて飛び込んだ。


 イライアスは、その隙にローブの背中から離れる様にその場から離脱した。


 一角の魔物から遠ざかる。


エドワードが飛び込んだ森は、すぐ近く。


向かって来たバーンハルト軍の兵士がイライアスに襲い掛かる。


先の闘いでかなり体力を消耗してしまっているが、まだまだ身体は動いた。


向かってきた敵を剣でいなす。


横に跳び、薙ぎ倒す。


それを繰り返す、只ひたすらに。


〈王子のもとに〉


心に強く思いながら、先に歩を進める。


 十数人のバーンハルト軍の集団が、イライアスを見つけて一斉に襲い掛かる。


〈この人数・・・無念〉

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