八卦兵

仏眼と千握り

プロローグ 古の賢者からの遺志



いにしえ賢者曰けんじゃいわくく…


―この世に悪が芽生めばえる時。


強大な悪に、人々が対抗しうるすべとして、私は『八卦はっけ』を残そうと思う。


しかし、それは悪用されてはならない。


そこで、この術が人々を悪から守るために使われる日まで、卜占ぼくせんの形として残そうと思う。


いつの世も人は、己の未来を知りたいと思う心は変わらない。


よって、卜占は永劫えいごうに受け継がれるからである。


やがて世が乱れ、悪しき者が平和と秩序を壊す時、その手に私の遺志を込めた八つの石を持つ者達が現れるであろう。


その者達は石の力により魔を封じる八卦はっけじゅつを解き放ち、やがて魔を封じ込めるであろう―




 炎天下の荒野。


一つの人影が行き場を失った亡霊ぼうれいのようにゆらゆらと動く。

一枚の麻生地あさきじが、人影を頭からおおっている。

時折ときおり吹く風が、顔の辺り、ややれていたむ麻生地を躍らせる。


立ち寄った村に自分を追う敵がせまった。

追手おってを逃れるために何とか村から脱出し、数日経つ。

持っていた食料も水も切れて、昨日からは十分な食料や水分を補っていなかった。


暑い日差しにさらされながら、潤いを求める喉元のどもとを片手で抑える。

少しばかりの唾液だえきが、乾いた喉を潤しては乾く。

立っていることさえままならない。


刀を二本帯刀たいとうしているが、今やその内の一本は、さやに納められたままつえ代わりとなっており、人影を前へ前へと支えて動く。


追手がすぐ後ろに迫っているのを感じる。


―ここでち果てるわけにはいかぬ―


突き動かす、心の奥に刻まれた思い。


こころざし


大きな十字架を背負うかのように、静かに、確かに、厚い麻生地の下にある背中の肌肉きにくに食い込んでゆく。



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