第39話 勝者の歴史、開始

 独特な雰囲気の、目の鋭い二十人が風のように戻ってきた。

いや、十八人だ。


 ヒカルは縮こまって、広い縁側を囲む近衛兵の傍によける。その後、大きな箱を肩に載せたもう一人が戻って来た。

 あんな大きなものを肩で運べるなんて、すげぇ。


 箱は檻だ。

 中に、動物が入っている。ネコ?

 かなり大きい。チータ?

 ジャガーより大きいかも。

 白い毛の所々に、黒い模様が美しい曲線を描いてる。

 箱の格子、酷い傷だ。脱走しようと暴れたんだ。


 今は諦めたのか、スフィンクスのようにじっと座って、薄オレンジ色の瞳が格子越しにヒカルの方向を向いている。


 てか、おれを見てる?


 十九人は父親と話をする。


 その後、父親だけ、ニニギがいる伽藍に進んだ。外扉の前に進み、片膝をついて扉に顔を近づけ報告した。


「申し上げます。この盆地を西から北、東へと続く崖になった山々の向こうのうち、北と東はそのまま台地として、高原になっております。草原で馬を増やすには最適な地かと考えられます。また、森に蔽われた山々のところどころに、水や熱い湯が湧き出しております。滝も多く。竜のごとき怒涛の滝もあれば、人間が滑ることを楽しむために作られたかのような滝も。最後に発見した滝では溶岩が流れており、そこで、我らが一人の亡骸が見つかりました。肉は、ほぼ、溶けておりましたが、骨と、鎧、剣が錆びて残されておりました」


「原住民の謀殺ではないのか」

「そこは密林で、原住民が生息可能な地域ではありません」


「密林の他の地域は」

 手下の者が命を捧げたことは、独裁者には呼吸を乱すことでないらしい。


「南に見える山に至るまでにも、草原が広がります。そこで、この島に漂流して来た者を父親とする我らの民に一人、出会いました。その者が言うには、あの山は、かつて巨大な炎を噴き、大岩を撒き散らしたことがあり、ここからも見えるあれら巨石はそのときのものとのこと。あらゆる生き物を殺す煙を噴くことは、今でも、よくあるとのこと。どこも、我々が入ってきた西の低地と全く異なります」


 ヒカルの脳裏に光が差し込んだ。


 お姉ちゃんはこの火山のどこかにいる。

 あぁ、ニニギが鏡を見つけていませんように。


「美しい獲物を捉え捕らえました」

 父親は続けた。「亡骸になった同志がしかけた罠にかかっていました。あまりに珍しいゆえ、肉として解体し食す前に、ご覧に入れようかと」

「久しぶりに肉を食したい。解体せよ。毛皮を決して傷つけぬように」

「御意」

「全ての司令官を呼べ」

 ニニギの声が扉の奥から聞こえた。「北東へ進む」


 全員に緊張が戻り、整列を始めた。

 ヒカルも慌てて、父親の隣で同じポーズをとった。するとヒカルを見ることなく「儂は」声を潜めて「ニニギ様の命により皆と反対の方角へ行く」話しかけてきた。

 ヒカルもつられて声を潜ませた。「どちらへ?」

「大陸と、この島との間にある対馬つしまという群島だ」

対馬つしま、」

 ヒカルはオウム返しにつぶやくと地図を頭に思い浮かべた。

 福岡と釜山ぷさんの間にある。ここからだと宗像むなかたの方向だ。

「もう二度とお前に会えんかもしれん」

 おれを命がけで守ってくれる人がいなくなるってことだ。「え?」しっかりしろ、おれ!


「心に刻め、儂ら間者かんじゃ の使い方の種類を最後に言え」


 うぅわ、おれたち忍者? あの二十人も?


「えぇーっと」

 この体の持ち主の記憶を再び辿ろうとした。


「間抜けのふりはうまくなったな。今後も続けろ」

「はい、第一に、」深呼吸すると記憶が開かれてきた。


「その地に住む人間を使った間者、二、敵国の高官を買収できる間者、三、敵の間者を寝返らせた間者、四、偽りの情報を流す間者、最後に、敵に潜伏して情報を持ち帰る間者、の五つです」


 忍者ってそんなにアカデミックなのぉ?


「目立つな、決して。我らは最も隠される者。そして全軍の中でニニギ様に最も近しいのは儂ら間者のみ。誰も知らぬが褒美は間者が最も多い」

「はい」素直に返事をした。褒美が一番多い、と聞いて素直に嬉しい。「褒美がもらえるなら」ヒカルはダメもとで言ってみた。「あのヤマネコが欲しいです」

「あれを喰いたいのか? ニニギ様に切れ端を頼んでやろう」


 無欲な息子だと勘違いしている。

「肉としてでなく、猟に使えるのではないかと思います」

 単にネコ好きなんて言えない。


「そうだな」父親は少し目を丸くした。

「猫好きは母親譲りだな」

「は、はい」

 単にネコ好きでいいんだぁ!

 でも下手に何か言わない方がいい。嬉しさを堪え、唇を横に引っ張った。

「ニニギ様に口添えをしておく。生きておれば、いつかは会おう。生きておらねば、お前の母上の元で落ち合おう。お前の母上は優れた間者であった。出立まで、お前は儂の代わりにニニギ様の床下に潜んでおれ。念を押す。儂らの血縁を知るのは間者とニニギ様だけだ。お前が目だと感ずかれると、殺されるぞ。さらば」


 全ての司令官がニニギの元へ駆けつけるのと同時に父親は見えなくなった。


 メ? 何それ。感ずかれると殺されるって?


 言われた通り、一番大きな高床式建物の下に向かった。


 近衛兵たちは、あの父親が去る前に送った目配せに従いヒカルを床下に通した。


 地面のちょうど真ん中あたりが、湿っているのか、苔むしている。


 なぜ、ここだけ。

 上を見ると床に穴が開いている。竹製の筒が取り付けてある。

 水抜きか? 

 その穴を通じて中の声が良く聞こえる。


 ニニギは間者のうち、二人を扉の内側に入れ声を潜めた。


「我が出立後、そなたらはこことの間を往復し、我の手足となれ。我の目を一人、ここに置いておく。その者が与える情報を密かに運べ。第二船軍の艦長が、この盆地と周辺一帯を治めることが出来なければ、暗殺せよ。コノハナサクヤヒメをここに戻し、女王としてたてる。この火の山の地を治めるには、剣を使いこなす技量だけでは足りぬらしい」


 二人の偵察隊員が外に出る音がする。


 我の目? 誰? 気を付けよう。メ? もしかして、おれ? えぇっ。


 扉が閉まる音が聞こえる。


 内側に、無理やり連れてこられた、あの通訳がいるのが分かった。

 女性の強い声がする。

「夕べ、ゆったとおり、あたしの娘を、父親として守り続けるんなら、その娘が大きくなって産む子、代々、守り続けるんなら、お前の命、長引かせてやる」

「そのみどりごは、あの勇敢な狩人との子なのだな。子々孫々、我が後見となろう」


 子々孫々をこいつが守る? 何百年も? やっぱりローマの空港で見た奴はこいつなのか?


 ヒカルに記憶がフラッシュバックする。

 呪術力が強そうな、かつての姪に気配を悟られないよう息をこらした。


「我は、己の永遠の命、欲しさに後見になるわけではない。取引である。そなたが近いうちに産む、我の、子が代々、支配者であるよう怨霊を治めて欲しい」


「火の山には娘の父親の魂がおる。それから」コノハナサクヤヒメの声がしばらく途切れる。「大陸から来たこの鏡には、これからあたしが産むお前の息子たちのチカラのミナモトがある。この鏡はあたしたち一族、始まりの地、宗像むなかたに納めなさい。あたしの息子の一人が、お前の跡を継ぐときまでにやしろ建立こんりゅうするのです」


 ええ、あんたが鏡、出しちゃう?


 気配けはいが大きくなった気がして息を止めた。


 火の山には赤ちゃんの父親の魂がいる?


 殺されて大地に広がる、空の群青ぐんじょうを跳ね返し輝く黒髪が目に浮かぶ。


 おばあちゃんは、その火の山に込められた怨念おんねんを治める家系じゃないか。

 かつての自分、いや、自分が閉じ込められていた、名も無いあの女の人に備わっていた力が怖くなる。


 パパが入院して髪が伸びたとき、窓からの光を跳ね返して、幼い心に綺麗だと思った。

 自分の髪を触ってみる。

 この体じゃないけど。「アンタの髪にも天使の輪、出来てんで、短いのに」三重弁がまたポップアップする。

 え、てか、パパの家系のご先祖様がコノハナサクヤヒメと、あの鹿?

 おれの髪は遺伝なんだ。


 息を止めすぎ、苦しくなったので細く、少しずつ深呼吸をすることにした。


 お姉ちゃんが巫女さんから聞いたことによると、敗者の島人と勝者の侵略者の子孫だから男は火守りになれない。

 お姉ちゃんが火守りを継がなければニニギの命はない? 三千年の命が尽きる?


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