其の八

『急いでくれ、頼む』


『OK、飛ばすぜ!』


 ジョージはアクセルを踏み込み、警察車両パトカーの後を追いかけた。



 何という偶然だろうか?


 着いた先は『真涼寺』。つまりは間島博人こと、清原博人氏が住職を務めている寺だ。


 門前にはもう人だかりが出来ていて、警官が規制線を張り、2~3人の私服がトラメガで中に向かって何かを呼び掛けている

 

 俺は群衆整理をしていた制服の前で、不安そうな顔をして立っていた袈裟姿の若い僧侶に声をかけた。


 彼は最初怪訝な表情をしていたが、俺が探偵だと名乗ると、


『実は中で住職が人質になってるんです』と答えた。


『人質?』


 俺が聞き返すと、彼はますます言いにくそうな声で答えた。


 この若い僧侶、何でも近くの大きな寺の息子で、今日は寄り合いがあるというので呼ばれてきたのだが、そこに銃を持った男が乱入してきたのだという。


 ここの住職・・・・つまり清原博人こと、間島博人は女癖があまりよくないので知られており、彼が呑みに出かけた先のねんごろになったところ、そのママの情夫というのが、実は県内でも有名な”その筋さん”の

中堅幹部で、自分の女房を寝取ったということで怒りに任せ、飛び道具持参で押しかけてきたのだという。

 彼と住職の妻は命からがら逃げだしてきたそうだ。

 確かに側にはまだ若い女性が足をがくがくさせて立っていた。


 現在中にはその中堅幹部氏と住職が立て籠もって、説得に応じない。何分田舎の警察の事だ。手を出しあぐねて膠着状態が続いているという。


『ふん』


 俺はシナモンスティックを咥え、停止線の黄色いテープに手を掛けた。


 警察官おまわりが慌てて俺の前に立ちはだかろうとするが、構わず俺は押しのけて中に入って行った。


 山門の前の石段をゆっくりと上がる。


 本堂の前庭はやけに広く、枝ぶりのいい松の木が一本植わっていた。


『誰だ?!貴様ぁ!』


 縁側にいたのは12ゲージのショットガンを構え、ズボンの前に熊でも捌くようなバカでかいナイフを突っ込み、ネイビーブルーのタンクトップを着た大男が怒鳴った。

 

 怒鳴りついでに一発、空中に向けて一発発砲する。


 背中と言う背中に、賑やかしい『絵』が描かれてある。足元には袈裟姿の半白の頭髪をした、痩せた縁なし眼鏡の男が、肩から血を流してうずくまっている。


『なんてことはない。通りがかりの・・・・』


 俺がそう言いかけた途端、二発目が飛んで来た。


 だが、こっちだって馬鹿じゃない。


 向こうが引き金に手を掛けた刹那、横っ飛びに飛んで、躊躇ためらわずに二連射した。


 さっきまで俺が立っていた場所の白砂が、ぱっと宙に散る。


『ぐあっ!』一発は肩に当たり、二発目は本堂の柱に食い込んだ。


 男は肩を押さえてその場に倒れた。


 住職氏はまだ青い顔をしてうずくまり、ガタガタと震えている。


『大丈夫かね?』俺は言った。


 彼は何か言おうとしたが言葉にならない。


 衣が裂かれ、左の二の腕と、右の頬から血が流れている。

 俺はバンダナを出してボールペンをませ、傷口の少し上あたりを縛って固定した。

 頬の傷はほんのかすり傷程度だ。とりあえず絆創膏を張っておいた。

『これなら心配なかろう・・・・あんたには是が非でもで生きていてもらわなくちゃ困る。それが俺の仕事なんでね』


 境内に警官隊おまわりたちがなだれ込んできた。


 きざはしを昇り、俺はショットガンを拾い上げ、警官おまわりの一人に手渡すと、きびすを返して門から外に出た。


 案の定、俺は外に出てくると、腕章を付けた私服に呼び止められ、詰問を受ける。


 いつもの事だ。


 俺はライセンスを見せ、事の次第を簡単に説明する。


 それでも、

『なんで拳銃が必要だったんだ』としつこく聞いてくる。


ですよ。。』


 警察としては、幾ら免許持ちとはいえ、民間人である探偵が発砲して事件を解決させたのが、やはりお気に召さないらしい。

『とにかく、後で県警の方に出頭しろよ!』と何度も繰り返し毒づいていた。


 すると、門前から担架に乗せられたあの『』が運び出され、それに続いて住職氏が、警官に両肩を支えられて、腕に包帯を巻かれた姿で出てくる。


 どこから湧いて出たのか、たちまちのうちに報道陣が彼を取り囲む。


 先刻までの憔悴しきった顔はどこへやら、彼は妙に張り切った口調で、


『阿弥陀様の御前で撃ち合いなんか・・・・』とか、

『日本人が話し合いを忘れてはお終いだ』なぞとほざいている。


 俺は黙って依頼人の肩をぽんと叩いた。


 彼女はこっくりとうなずき、住職氏の方に歩み寄った。


『・・・・清原博人さん・・・・いえ、間島博人さんですわね。私、久坂少尉の娘です』


 住職氏の顔が、またしても蒼ざめ、


『え、しかし・・・・あの・・・・』


 それだけじゃない。


 その後ろに、彼は目を吊り上げた若い妻の姿を見て、顔中冷や汗だらけになり、


『私は被害者だ!早く!早く救急車を!』


 そこら中に響き渡るような声で叫んでいた。


 


 あれから1週間は過ぎた。あの後俺は静岡県警に呼び出され、始末書を書かされて、散々油をしぼられた。


 しかし結果として事件が解決したことに変わりはない。


 ライセンスの停止とまでは行かなかった。


 え?


 彼女の方はどうなったかって?


 さあ、そっちは知らない。


 彼女からは俺の銀行口座に依頼料が振り込まれ、丁寧な礼状が届き、

(父の墓前に報告しました)と、書き添えてあったのが印象的だった。


 しかしあの住職氏は、あれからまた『時の人』になり、テレビや雑誌に引っ張りだこで、非暴力や平和を訴えているそうだ。


 懲りない男だね。まったく・・・・。


 家庭争議の種を起こしておいて、平和もヘチマもないもんだ。



 俺は奴の著書を枕に、久々に事務所のソファで横になりながら、


『空の神兵』を口ずさんでいた。


                             終わり


*)この物語はフィクションです。

  登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。






 



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遠い日の復讐 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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