チョコレイト心中

悦太郎

チョコレイト心中

 最期に何か食べるなら、何を食べる?

俺の答えは、無論チョコレートだ。


 濃くて甘くてまろやかで。俺こと西崎いりざき郁夫いくおは、小さいときからチョコレートが大好きだった。小学生を卒業する辺りまでは、こどもはみんな、チョコレートが好きなものだと思っていたが、実際はそうでもないらしい。


「おい、はやく済ましちまえよ。凍え死んじまう」

横で悪態をついている志島しじま知財ちくざのクラスメイトで、俺の大切な心中相手だ。彼はチョコレートが嫌いらしく、俺が最後の晩餐として選んだチョコレートを忌ましい目付きで睨んでいる。確かに時刻は午後8時をすぎているし、屋上という場所もあってか、刺すような冷気が俺らの間をすり抜けている。だが、寒いなか食べるパリッパリのチョコレートも、また風情があっていいと俺は思う。最期の味を噛み締めるように、俺はわざとらしく音をたてながらチョコレートを頬張った。この味が、大好きだったんだよな。


「もう食い終わったか?」

痺れを切らした知財が、急かすように迫った来た。


「いや、まだ残ってる。ホワイトチョコと、メルテイキッス。これうまいんだよ、知財も食べる?」

そう冗談混じりで彼の口元に一粒のチョコレートを近づけた。跳ね返されると思っていたが、驚いた事に、彼はパクリとそれを頬張った。それが面白くって、もう一度チョコレートを口元に持っていく。すると知財は俺の手首をがっちりとつかみ、そのまま屋上の隅まで追いやった。


「チョコ、久々に食べた」


「嫌いだっていってたもんな。やっぱり美味しくない?」


「……甘い」


「お前の最期の晩餐が苦手なものになるなんてな」

苦手なチョコを食べ歪む知財の顔が面白くて、からかうように笑う。それにつられて、知財も笑いだす。冷たい屋上で、二人の笑い声だけが響き渡った。この時だけは、世界に二人しかいないみたいで、今までの嫌な思い出なんかも、どうでもよく思えるようだった。


「そういえば俺さ」


「なに?」


「童貞のままなんだよね。初チューもまだ」


「そりゃそうだろうね。俺もだし……」

いきなり何を言い出すかとおもったら。おかげで屋上がまた静かになる。チョコレートをいれてきたコンビニ袋がなびく音と、知財の呼吸くらいしか聞こえない。


「最期に、一回だけ!お願い」


「いいよ、もう死ぬんだし」

手を合わせお願いしてくる知財に、俺は断る理由がなかった。返事を聞くなり、段々と近づいてくる知財と見つめ合うのが恥ずかしくなり目を閉じる。死ぬ前にキスをするのが俺で良かったのだろうか。知財は、俺のどこを好きになったのだろうか。

一瞬に触れあった後離れていく知財に、なんだか酷く切なくなった。


「どうだった?」

俺と過ごし日常は。こんな結果になってしまった感想は。


「甘かった」

そう言って知財は俺を強く抱き締め、屋上の床面から足を離した。お揃いのリングを失くしてしまわないよう、俺はしっかりと左手を握りしめた。






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