歴史修学旅行の遭難者SOS

ちびまるフォイ

戻れるのなら人としてまっとうに

「最近、修学旅行の意味を誤解している生徒が多いです。

 学校で行く集団観光じゃないんです。あくまでも勉強です。

 というわけで、本年度は修学旅行は止めます」


クラス全員から「ええ~」と不満の声があがった。


「そして、その代わりに歴史修学旅行にします」


かくして全員がタイムマシンに乗ることになった。


「いいですか。これから行く時代には教科書などは持ち込まないように。

 そして現地の人に話しかけないで、先生の支持に従ってください」


普段は「いかにふざけられるか」に心血を注ぐ不真面目な生徒も

さすがに歴史問題ともなればなりを潜めて静かに従う。


全員が当時の服装に擬態してから歴史修学旅行が開始された。


「見てください。現代では過激派により取り壊された銅像も

 当時はこんなにも美しい形で残っています」


先生はしおりを見ながら歴史建造物を案内していく。

歴史修学旅行から戻ったあとで小テストが行われることから

みんな遊びムードはゼロで必死にメモを取る。


「あの田畑が見えますか? のちにあそこが主戦場となる場です。

 今は緑豊かですが、のちに火計により荒れ地となります。

 そして、あっちのほうに城が建つんですよ」


みんな教科書で見聞きしたことしかないものが

こうして自分の目で見たことで記憶の深いところに刻まれる。


「では、次は海外の歴史修学旅行へと行きましょう。

 時代は大航海時代。あらたな大地を求め異文化が入り乱れる時代。

 海外はどのような文化を形成していったのか学びましょう」


学校のタイムマシンバスが起動すると一瞬で消えてしまった。

俺がこっそり草陰で用を済ませたあとには何も残っていなかった。


「うそ……」


あたりにはしおりすら落ちていない。

みるみるお尻から顔まで青ざめていく。


「だ、大丈夫……だってこれは歴史修学旅行。

 途中で点呼とかして俺がいないことに気がつけば

 バスを引き返して戻ってきてくれるはず……」


自分を納得させるように何度も言い聞かせるが、

いくら待っても戻ってくることはなかった。


「この時代に取り残されちゃった……どうしよう……」


漫画や映画で高校生がタイムスリップするのは見たことあるが、

すでに時代は戦国時代。漫画通りにいくとは思えない。


ここで延々とバスを待つのはいいとしても、長くは持たない。

禁止されているが現時代の人と関わるしか生きる道はない。


「い、いや……しかし、俺には現代の進んだ知識や情報があるじゃないか。

 これを駆使すればきっと受け入れてもらえずはずだ」


いったん、自分の不治の病である「コミュ障」を忘れ

それなりに偉い人への近くに言って声をかけることに。


「こ、こんにちは……」


「なんだ貴様は。見ない顔だな」


「実はわたしは別の国から来た人間なんです。

 別の国の優れた知識や情報を与える代わりに

 衣食住を提供いただけないかと思いまして」


「なるほど」


「理解いただけましたか?」


「ああ、もちろんだとも。

 貴様が密偵だということがな!!」


「ひええええ!!」


「であええーー! であええーー!」


鋭い槍の穂先に追い立てられて結局人里離れた山へと逃げ込んだ。

無条件で怪しい人間の言葉を鵜呑みにしてくれる人ならいいがそうもいかない。


まして、情報がバンバン入ってくる現代と違って

昔は少ない情報でさまざまなことを判断しなければならない。


それだけに先入観や思い込みは強く、覆すことは用意じゃない。


「ど、どうしよう……」


改めて自分の追い詰められた状況を理解して絶望した。

下手に動けばそれこそ誤解されて今度こそ殺されるかもしれない。

かといって、迎えが来なければゆるやかな死が待っている。


歴史修学旅行には現代の品の持ち込みもできないので

現代の品々でなんとか救難信号を出すこともできない。


「待てよ。救難信号……、そうだ!」


思えば、この歴史修学旅行は学業としての旅行。

当時のものを見聞きして理解を深めるというはずだった。


それなら、この時代で俺が歴史的に価値のあるものを作ればいい。


そうすればこの時代のこの場所へと見に来る学業旅行者がいるはずだ。


「記録してやる。ここにあるすべてを!」


紙を手に入れると山から見えるあらゆることをブログのように書き綴った。

内容がゴミでも当時の情景がわかる詳細な資料は価値があるはずだ。



「……来ないな」



迎えは来なかった。


作り出した時代の書の価値が低いと言うよりも見つからなかった可能性が高い。

紙は雨風であっというまにだめになる。


「それじゃこっちに刻んでみよう」


山にある大きな石を運んで意味深な形に並べると、

その中央にわかりやすく石を削って書いたものを埋めた。


「これならきっと誰か見つけてくれるだろう。

 見つかりさえすればこの時代に迎えが来るはずだ」


まるでペットボトルに紙でも入れて海に流しているような気分。




「……来ないな」



迎えは来なかった。


「なんでだ! なんで迎えがこないんだ!」


よく考えてみれば石などを積んでも雨や風で移動してしまい崩れてしまう。

そうなれば中央に埋めた石版も見つかる可能性は低くなる。


さらに言ってしまえば、土砂崩れなどで石版が外に出ると

雨などで劣化して刻んだ文字すらも見えにくくなってしまう。


そのことに考えついたのは、すでに限界状態のときだった。


「もうダメだ……どうすれば現代に助けを求められるんだ……」


体が限界に至り頭にはこれまでの人生の走馬灯が見え始める。

最初は楽しかった歴史修学旅行がどうしてこんなことに。


「あ」


走馬灯が最後のチャンスを閃かせてくれた。

最初に見に行った大仏のもとへ最後の力を振り絞って向かう。


まだ保存状態のいい大仏を必死に傷つけ、

それが行われた時代がいつだったのかをしっかりと刻んでいく。


「これなら現代の俺の授業の内容が変わるから

 俺がこの時代に取り残されているって気づくはずだ!!」


体力がなくなるまで必死に傷つけると、空にまばゆい光が現れた。

次元のゲートを通じてバスが迎えにやってくる。


「ああ……やった……やっと迎えが来てくれた……」


バスからはたくさんの人がゾロゾロをやってきた。


「君が歴史修学旅行でただ一人取り残された生徒だね?」


「ああ、知っていてくれたんですか。そうです、そうなんです。

 迎えに来てくれるのをずっと待っていました。

 本当に助かりました、ありがとうございます」



「いいえ、こちらこそ。

 世にも珍しい歴史遭難者のことは現代でもしっかりと

 小テストで勉強させておきますね」



観光名所を見終わった集団はまた別の時代へと帰っていった。

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